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クール聖女とアンラッキーギャル  作者: キノハタ


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エピローグ 二 違えた道のその先で

 「―――でも、いいんですか。私、お金も身元も、まったくないのに……」


 そもそも私は今、夏休み明けに学校に通えるかも怪しい身だ。


 だけど、あやかのお父さんはゆっくりと首を横に振った。


 「ああ……それはね、今朝丁度解決したというか、……実は、僕もこの書類が来たからここに住みなよって言うことにしたんだ」


 そう言って、あやかのお父さんに見せられたのは封筒に入ったたくさんの書類と一通の通帳。


 なんだろう、これ、わからないまま書類を捲る。私の名前と見たことのある名前、いくつか書類があるけれど、大体は何かを変更する届のよう。そして推薦状と書かれた一通の書状。


 『阿瀬川---を、明星みやびの後見人として推薦致します』


 最初はなんだかわけがわかんなくって、でもその書類を見て、ようやく正体に気が付いた。


 「これって……」


 「君の後見人に僕のことを指名する書類だね……。他のも、それにまつわる手続きが一通り入ってる。学校とか、戸籍とか。後は僕と君が署名をすれば、晴れて君はうちの子どもということになる」


 …………誰がこんなことを?


 でも、思い当る顔は一つしかない。


 書類上の私の後見人、シスター。


 でも、そんなの、ありえない、あの人はもう私のことを見えてすら―――。


 ハッとなって、通帳の方を見た。


 記載されているのは『寄付金』とだけ短く書かれた、お金の羅列。10年前からずっと少しずつ貯めてあって、今では凄い額になってる。口座の名義人は私の名前。


 「不思議な書類だ。昨日の今日で送られてきてるはずなのに、それ自体は何年も前に準備してあったみたいだ。通帳の方も、君が余裕をもって大学に通えるくらいの額が貯めてある。まるでこうなることをずっと前から予想して、その準備だけは終わらせてあったみたいな」


 どういう……ことなんだろう。


 「…………実はいい人だったってこと?」


 隣にいたあやかの不可解そうな言葉に、私は黙って首を横に振った。


 「ううん、それはない……かな。あの人がたくさん酷いことをしてきたのは事実だし」


 ただ、その結論では、この書類と通帳の説明がつかない。


 …………いいや、そこまで含めてのあの人だったのだろうか。


 「君とその人の関係を、僕はよく知らないから上手くは言えないけれど」


 ふっと顔を上げると、あやかのお父さんは優しく笑ってゆっくりとコーヒーを啜っていた。


 「人間はそう簡単にはわからないものだよ。特に近しい関係であれば尚のこと。君のことを愛していたかどうかと、君のことを傷つけたかどうかは、全く別の話なんだ」


 その言葉に、私は少し押し黙って。でも、ゆっくりと頷いた。


 『  』という言葉がなくなって、あの人は私が見えなくなった。


 それはやっぱりあの人が私のことをほとんど『  』としか認識してこなかったことの証左に他ならない。


 でも、それと愛していたかはきっと別の話なんだ。


 私はきっと確かにあの人に愛されていたんだろう。それが私の望む形ではなかったけれど。


 こうして見えなくなっても、その行く末を案じられるくらいには。


 あの人の中に、『  』じゃない私の存在も微かに残っていたのかもしれない。


 ふと隣を見ると、あやかもどこか真剣な顔をして何か考え込んでいた。もしかしたら、お母さんのことを考えているのかもしれない。


 あやかとお母さんも、お互いを幸せを願っていたはずなのにすれ違ってしまったんだから。


 書類と通帳をじっとみながら、改めて口を開く。


 「シスターは……立派な人でした。私のこともずっと想ってくれていた。でも、私の幸せとあの人の想い描く幸せは、……全く別の形でした。だから私は、あの人の所にはいられなかった……」


 そんな私の言葉に、あやかのお父さんはゆっくり頷いた。


 「それを君が自分の想いで選べたんなら、それが一番だと僕は想うよ。たとえどれだけ愛していても、たとえどれだけ愛されていても、時に道は違えてしまうものだから」


 私とあやかはその言葉をじっと噛みしめるように聞いていた。


 そう、だから。


 私達の幸せは、誰かが描いてくれた幸せとは形が違って。


 だから、私たちは私たちの幸せを、自分自身で選ぶことにして。


 それが正しい道かはわからないけど。


 それでも、それが私たちの選んだ道だった。


 だから誰かと道を違えた。


 「そのお金は、ありがたく使わせてもらったらいいと想うよ。多分、それは君が十年間、頑張ってきた正当な報酬だろうから。寄付金というくらいだし、誰かからの感謝の証だ。一応、成人するまで管理は僕になるけれど、使いたいときはいつでも言ってくれて構わない。幸いうちもそこまで切羽詰まっていないし、学費以外で触ることもあまりないかな」


 これでよかったのか、この道が本当に正しかったのかはわからない。きっと、私の人生が終わるころになって、ようやく答えがわかるようなことの気はする。


 でも、これはあの時の私が最善を想って、自分の意思で選んだ道だから。


 きっと懸命に生きて、見つけ出した道だから。


 きっと今は少しだけ、納得して歩いていける気がしてる。


 まだ、あまり自信はないけれど。


 そうやって思い悩む私に、お父さんは軽く微笑むと口を開いた。少し調子を崩して、些細な話題を振るように。


 「お小遣いは……そうだね、あやかと同じでいいかな? 今、月いくらだっけ?」


 「八千えーん、なのだ」


 「…………うそ、四倍もある」


 思わずちょっと口を間抜けに開いてしまう。


 え、さすがにちょっと多すぎない?


 ボーっとしている間に、なんだかとんでもない額が提示されている。


 だって、八千円もあったら、色々出来過ぎてしまう。カフェに行ったり、カラオケに行ったり、遊びに行っても、今までずっと我慢してたこともできてしまう……。


 ほんとにいいの……?


 「ていうか、お父さん、そもそもみやびの服がないよ」


 「色々入用だよねえ、ちょっと落ち着いたら買い物に出よっか」


 なんて呆けている間に、阿瀬川親子の間でとんとん拍子で話は進んでく。慌てて遠慮しようとしたけれど、それを見こしたあやかにニヤリと笑われて、指で口に封をされてしまった。


 「こういう時はちゃんと甘えるもんだよ、みやび」


 「そういえば、あやかの水着は警察に届いてたよ、スマホと一緒に」


 「まじで!? やったぜ、あ、そうだ。ついでだしみやびの水着も買っちゃお―よ」


 「あやか、そんなに、お金使ったら八千円じゃ足りないんじゃ……」


 「生活に必要な準備くらい出すさ、家族なんだからね。お小遣いはあくまで君のしたいことをするためのお金だよ」


 「そうだね。ところで、お父さん、水着は生活に必要だと想うんだよね」


 「…………新入居サービスで大目に見ましょう」


 「ひゃっふう!! やったね、みやび! 新品水着だ!!」


 「え…………う、うん、やったー……?」


 訳分からないまま、私は今までじゃ考えられなかったくらいのやってもいいことを、渡されて正直ただ困っていた。


 ほんとにいいのかな? でも、あやかはこんなに喜んでるしいいのかな。いいんだよね?


 そうやって考えているうちに、期待に胸の奥がドキドキと震えるの感じてた。







 ※





 というわけで、みやびの服を一杯買いました。


 夏服に秋服、可愛い系からクール系まで、しっかりしたのから部屋着とパジャマまで。


 日用品も一杯買いました。


 筆記具に、ノートにあれやこれや。まあでも、実は後でみやびが生活に使ってた制服や教科書類なんかは郵送されてくるそうです。ただそれはそれとして、我が家の一員になるのだから、色々と必要なものはある。お箸に食器、タオルに、お布団。ちなみにしばらく私と一緒の部屋で過ごすことになりそうだったりします。


 後はお父さんを一旦ベンチに座らせてから、みやびの下着とかも一杯買いました。


 可愛いのから、クールなのから、お部屋用のゆるゆるのやつまで。えっちなのはちらっと視界に映ったけど、さすがにお父さんも同伴なので気が引けました。


 あとは生理用品とか化粧品とか、私と共有でもいいけれど、折角なのでみやび用のも一杯買って。


 最後に水着を買いました。黒色だけどどことなく可愛らしいパレオ。


 みやびの髪は毛先にほんの少しの白色を残して、すっかり真っ黒になってしまったから、逆によく似合うと想ったのです。試着室から出てきたみやびは思い通りのぶらっくびゅーてぃー、肌が色白だから余計に似合う。我ながらいい審美眼だと、ご満悦になった私は、一杯写真をとってるいちゃんとえるちゃんに送っておきました。


 そんなこんなで大量の買い物を終えて、私たちは家に帰りつきました。


 三人で両手いっぱいに抱えるくらいの荷物をもって部屋に転がり込んで。そうやってとりあえず一息ついた頃に、お父さんに電話がかかってた。


 「ごめん、さすがにそろそろ仕事に顔出さないと、夕食は先食べてて。じゃ、二人とも今日はゆっくりね」


 そう言うと、お父さんは大慌てで仕事に向かってしまいました。


 そういえば、私が行方不明になってから、ずっと仕事をお休みしていたみたいだし。


 そりゃあ仕方ないねとみやびと二人で手を振って、お父さんを見送った。


 やれやれ色々とご迷惑をおかけしましたな、まあお陰様でみやびの新生活も安泰だ。


 それにしてもさすがに疲れた。そう想って、ソファでぐてっとしていたら私の頭上にふっと影が差していた。


 そのままその影はぐてんと私の胸に落ちてきて、みやびの髪がふわっと私の身体の上に垂れてくる。少しの汗のしょっぱさと、ほんのりとした甘さが混じったいい匂いが私の鼻をくすぐってきた。


 「どしたん、みやび」


 私が笑いながらそう聞いてみると、胸にうずまった顔は、ぐりぐりと押し付けられてくる。それがくすぐったくて思わず少し笑っちゃう。


 「つっかれた……、なんか今日、情報量多かった……」


 「だねー、ほんっと色々あったよね。まあ、でもひと段落はついたんじゃない?」


 でも、とりあえず見えてることは丸く治まった。教会のこと、お金のこと、学校のこと、きっと悩むことは山ほどあるけれど少しずつ道筋が見えてきた。


 未来はまだまだ全然わかりはしないけど、多分、歩ていけるでしょっていう根拠のない自信だけは何故かあるのが、私の良いところなんだけど。


 「…………あと、何やらなくちゃいけなかったっけ」


 「んー、夏休みを楽しむくらいかな」


 「…………それやらなくちゃいけないこと?」


 「最重要任務と言っても過言じゃないでしょ」


 そう言ったらみやびは、私の胸に顔をうずめたままくすくす笑った。それが少しだけくすぐったい。


 「でも、今日は疲れたかもー」


 「ちがいなーい」


 こうやって二人寝ころんでる間にもう、ちょっと寝落ちしそうだし。瞼が重くて意識があやふやで、お互いの体温が随分と熱く感じられる。


 ああ、ほんとは服を開けたり、タンスを準備したり色々やることはある気がするけど。でも今はお預けかな。


 だってよくよく考えたら、私達、めちゃくちゃ非日常だった昨日から、まだ一日しか経ってない。疲れもそりゃ残ってるか。


 まあ、沢山食べたし、欲しい物も買ったし、ちょっと寝るくらい。いいかもね。


 ソファで二人折り重なったまま、微睡む意識の中で子どもみたいに私の胸にうずくまるみやびの頭を撫でながら、ゆっくりと眼を閉じたんだ。


 たくさん、たくさん、苦しいことも、辛いことも、我慢したことも、もう終わってしまったわけだし。


 ちょっとくらい休んだって、別にいいよね。


 みやびもたくさん、たくさん、頑張ったんだから、その後の人生はきっとそれを帳消しにするくらい幸せなものであって欲しい。


 もちろん、たまたま出会った不幸に、理由なんてものは必ずしもありはしないから。


 不幸の分だけ幸運がある、なんていうのは都合のいい妄想だと想うけどさ。


 それでも、頑張った分だけ、楽しい時間があるといいな。


 みやびが頑張った十年、いやもしかしたらもっと長いそんな時間。


 それだけの時間、叶えられなくて、届かなった願いややりたいことは一体幾つあったんだろう。


 そんな時間を、少しでも、これから上書きできるかな。


 君がやりたいことを、やりたいようにやってみて。


 君が欲しいと想ったものを、ちゃんと欲しいと言えるようになって。


 君が感じたかった幸せを、少しでも、欠片でも、君の手にのせてあげられたら。


 きっと、素敵だろうなって、そう想った。


 そしたら、私がもらった沢山の想いも、沢山の優しさも、少しくらい返せたりするのかな。


 これからのことは、わからないけど。


 ちょっとでも、そうあればいいなって想ってた。


 「おやすみ、あやか」


 「おやすみ、みやび」


 ソファの上で、エアコンの冷たい風を感じながら、二人身体を重ねたままそう呟いてゆっくりと意識を手放していく。


 痛みと、辛さを乗り越えてきた君のこれからの人生が、少しでも穏やかで優しいものになればいいと。


 願う神様もは―――私にはいないけれど。


 遠くの向こうの『誰か』に向けて、小さくそう祈っていた。


 どうか、みやびのこれからが幸せに満ちたものでありますように。


 そしてその隣に、私の居場所があったなら。


 そしたら私も幸せなのかなって。


 そんなことを考えながら。


 





 眼を閉じて、意識が離れる、瞬間に。







 ふっと唇に柔らかい感触を感じたんだ。






 ちょっと湿って、指とは違くて、なのに少し暖かくて。





 君と何かを交わした感触を。





 落ちる意識の中で感じてた。




 


 「おやすみ、あやか」







 君のそんな声を聴きながら、私はそっと眠りに落ちた。







 甘く微睡んだ夢の中に。





 二人でひっそり堕ちていた。

















 ※



 「がまん、がまん…………」


 唇が少し濡れた感触をなぞりながら、眠る君に抱き着きついたまま、一人そう呟いた。


 「まだ、がまん……」


 火照った息を、微睡む君に悟られないように苦労しながら。


 青い空がただ広がるリビングの一室で、エアコンの音だけがただ静かに響いていた。

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