高熱でした。
窓を閉め切った寝室で目覚めた。大量の寝汗を吸った布団から浮かび上がった夢の泉の使者がまるで自分の体だとは思えない、幼少のころよりも自我のない時間がつづく。自我を芽生えさせようという意思すらも焼き尽くされる、夏のよくある朝をまだ寝て過ごしている。目は少ししか開かなかった。
右手の付け根あたりに、知らない幼虫が寄生してそこだけが妙に涼しかった。その幼虫は腕の血管と結合しているのが感覚的にわかって、まるで離れそうもなかった。涼しさの代わりに何を吸っているのかは知らない。普通に考えれば血液だと思う。幼虫は芋虫なんかよりも体が大きく、尻尾から頭にかけて膨らんでいるシルエット。ブルーベリー色を基調にサーモグラフィーで使われるような赤色や黄色の斑点がまばらに散っている。おそらくダンゴムシなどと同じ甲殻類らしい。まだ硬化しきっていない殻が、パーツの境界線だけで浮かび上がってその形がうかがえた。
気持ち悪いと思いつつ、幼虫への恐れが強すぎたせいで観察を続けるしかなかった。甲殻のカラフルな模様は、わずかに移動をつづけていた。紫色の渦ができると流された黄色に赤が重なり、また別の箇所では新しい色の斑点が生まれては消えている。何色かの絵具を落とした水面を眺めているようで、必ずしも綺麗ではないが汚い瞬間ばかりでもなかった。この奇妙な幼虫に自然の美しさを見出したのはこのときだった。
背中の斑点が移ろう様子に目を奪われていて、僕はこの幼虫の体が膨らんでいることにしばらく気づかなかった。それに気が付いたのは、感覚的に、腕の血管が切れたのがわかったときで、さっきまであった片腕だけの涼しさも同時に途切れた。幼虫は僕への寄生をやめ、膨らみきった体で僕の上半身を押さえつけると僕の頭が結合してそのまま飲み込まれているのが途中までとても涼しかった。
もう一度目が覚めると、僕は夢から覚めていた。目の前の天井がなくなっていた。空が突き抜けて、空いっぱいに膨らんだ太陽が僕のことをみていた。眩しいだけで色はよくわからなかった。強烈な引力で僕は空に引き寄せられた。ベッドの重力圏から離れていく。夏から逃げ去っている。上昇するにつれ厚い入道雲を通過し、その間視界が真っ白に埋まると僕は夢の泉の使者になって汗だくのベッドの上、再度浮かび上がっていた。