深夜、幼女を拾う 4
「どうしよう。わからない、何にもわかんないよ!」
驚いた蛍太郎は立ち上がり、2、3歩後ろに下がる。
周囲の人通りは少ないとは言え、まったくないわけではない。こんな夜中に、泣いている少女とそれを見降ろしている男。第三者からすれば、どちらが悪いと見るだろうか。
悪者になるのは、当然蛍太郎の方だろう。
やっぱり話しかけない方が良かっただろうか。面倒なことに巻き込まれてしまった。
でも、こんな時間に独りでいる子どもを見過ごすことはできない。見て見ぬふりをして通り過ぎる方がよっぽど悪だ。
「まずは警察に届けて……」
交番は駅の反対側にある。線路を越えればすぐに訪ねることができる。こういう時は警察に任せるのが一番確実だ。
「一緒に行こう」
彼女の手を引いて、立ち上がらせようとする。
しかし少女は首を横に振った。
「行きたくない」
「どうして? ずっとこんな所に座っていちゃ駄目だよ」
「でも嫌なの!」
初めて声を張り上げた。消えそうな声が一転、威嚇をする猫のような様子になる。
「アタシ、どうしよう。どうもしたくない……」
涙の量が増え、ボロボロと落ちていく。
困惑する蛍太郎。
そんな2人に、声をかける人がいた。
「ちょっとよろしいでしょうか」
警官だ。今の今まで警察に行こうと言っていた蛍太郎。向こうから来てくれたなら、手間が省けたというものである。
だが全力で拒否した少女を見た以上、このまま引き渡す気にもなれない。
この状況、どう見ても蛍太郎が悪者だ。下手を打てば捕まりかねない。それに少女も、こんな時間に出歩いていてよい年齢ではない。補導されるのは目に見えている。
最良の言い訳は――。
蛍太郎はふと、家族のことを思い出した。
「ごめんなさい! 俺が悪いんです、帰りが遅くなるのに、一報入れなかったから。妹は心配して来てくれただけなんです」
警官に頭を下げる。こんな即興の作り話が通用するかは、わからない。でも無理やりな設定ではないはずだ。
「妹さん? 泣いてるようだけど」
高圧的な尋問。テレビの特集なんかで取り調べの様子を見たことがあるが、本当にこんな調子だとは。実際に自分が受けるとなると、怖くてたまらない。
「あー……。なんか怒ったり拗ねたりしちゃったみたいで。昨日、一緒にゲームをする約束をしていたので」
そろそろ厳しいだろうか。
「それは本当かい?」
今度は少女の方に質問が行った。
しまったと蛍太郎は心の中で絶叫する。少女に話を振ることまでは想定していなかった。どうしようか。
だが杞憂だった。少女が小さく首肯する。話を合わせてくれた。
「すみません。今後こんな時間に出歩かないように、きちんと言い聞かせます! ご迷惑をおかけしました!」
すかさず頭を下げる蛍太郎。この調子なら押し切れそうだ。
警官はやや訝しんでいたようだが、「気を付けて帰るんだよ」と言って立ち去った。
よかった。なんとか乗り切れた。
しかしここから先はノープランだ。警察にこんな話をして、連れて帰らないわけにもいかない。置いていけば補導されるだろうし、蛍太郎の家にも来て調査するかもしれない。そうすれば彼女が妹でないことはバレてしまう。
置いて帰るという選択肢はない。
「とりあえず、ウチに来るだけ来るか?」
「いいの?」
すかさず反応があった。少女はさっきまでとは打って変わって、明るい表情になっている。
大丈夫だろうか? 絶対にわけありの子だ。どんなことになるかわからない。
でも、見捨てることだけはどうしてもできない。
「いいよ。ついておいで」
少女は別人のような明るい顔になり、元気よく立ち上がる。
「ありがとう。オジサン優しいね」
「誰がオジサンだ。俺はまだ学生だ」
蛍太郎が歩き出すと、少女もそれに続く。
警察はダメで、見ず知らずの男の家はいいという、基準がさっぱりだ。
初夏とは言え、夜はだいぶ冷える。まずはお風呂に入れてあげよう。そんなことを考えた。