内部会議
「とういうことで、今回のプロジェクトはあなたが中心になって行ってもらうことになりました」
メガネをぐっと押し上げて、彼女はそういった。
肩までのストレートな髪に、細い黒ぶち眼鏡のインテリ風の女性。
その醸し出す雰囲気のせいか、社内では「秘書さん」と呼ばれていた。実際は秘書ではなく…社員の統括をする立場であったけれど。
「…えっ」
その秘書(仮称)の言葉に、少女は思わず耳を疑った。
これまで一度としてそんなことを言われた経験がなかった。否、それよりも、こうして秘書に話しかけられること自体が少女には珍事だったのだ。
「わ、わたしにそんな大役…無理です、できません」
少女は慌てて首を振った。
「もう決まったことです」
しかし秘書は、とりつく島もない程にそっけなく言う。
「どうしてですか、私の他にも…その、優秀な方はいらっしゃいます。向いてる方も」
青ざめて少女は必死にまくしたてた。
秘書はひとつ溜息をつく。
「そうですね…否定はしません。例えば彼」
ちらりと彼女は部屋の一角に視線を向ける。
その視線に気付いたのか、声が上がった。
「ん?なんだよ、俺に用かよ?」
そう言ってふらふらと少女の脇に現れたのは、今風の若い男。
秘書は彼を挑むように見据えると、よどみなく語り出した。
「フットワークが軽く、決断も迅速。それなりに経験を積めばカリスマと呼ばれる類のひとになりうる人材です。ですがその判断はともすれば独りよがりになりがちです。私の見解では、彼のような人物は軸としては不適切と判断します」
「てめぇ、喧嘩売ってんのか」
「このように、感情が高ぶりやすいのもマイナスです」
いきりたつ青年を軽く流して、秘書は少女に向き直った。
青年にはひらひらと手をふり、犬でも追い払うような仕草をする。それに青年は何か文句を呟いていたが、彼女が取り合わないと見ると、ぶつぶつ言いながらどこかへ去っていった。
「彼のようなひともプロジェクトには必要ですが…あくまでも一意見としての存在意義です」
「で、でも…そう、彼女は?彼女なら大人だし…」
少女が振り向く。視線の先には、ソファに腰掛けた女性がいた。
長い髪の、OL風の女性。
「彼女は…」
秘書が何か言いかけたところで、OLは大きく欠伸をする。
「ふわぁ、眠い眠い」
そのままごろりとソファに寝っ転がった。
「ねぇ、悪いけど、話なら後にしてくれない?ほんと疲れてるのよ。眠くてたまらない…」
眠たげな声でそういうと、後は返事も待たず瞼を閉じてしまった。
「彼女は向いていません」
その様子を眺めながら、秘書は言う。
「彼女はあなたが言うところの大人ですが、あまりに怠惰です。事あるごとに『面倒くさい』と言うひとが、プロジェクトの中心になれますか?」
彼女の言うことはもっともだった。それは少女にもよくわかったが…少女はなおも食い下がる。
「でも…でも、わたしの他にも…」
「確かに、あなたの他にもひとはいます。あなたより優秀で柔軟な発想をもつ人材も、未知の可能性を秘めた人材も」
秘書はそういって再び眼鏡の位置を直す。
「けれど彼らはまだ経験不足です…上層部は『相応の経験者』を求めてきました。私の持ち得るデータではあなたしか思い浮かびません」
「わたし…」
そんなに、優秀ではないのに。
声にしなかった言葉は、相手に通じたらしかった。彼女は大きく頷いて話を続けた。
「私があなたを選んだ理由…それは、あなたはバランスが取れているからです」
「バランス?」
「ええ、プロジェクトにはいくつかの要素が必要です。細かい作業も奇抜な発想も、時には運すらも必要になります。ですが、それは確固たる軸があってこそ輝くもの。軸になる人物として上層部が今回求めてきたのが、バランス性でした。
あなたは良くも悪くも平凡です。目を引くような何かはありませんが、すべてにおいて常識的な目を持っています。あなたの欠点と言えば、病的なまでに慎重で臆病な…俗に言うヘタレなところですが、そのあたりは他のプロジェクトメンバーが補ってくれるでしょう」
その言葉に、少女は複雑そうな表情を浮かべる。
一見褒めているようだが、貶されている気になるのは何故だろう…。
「あなたなら、全体を見渡す観察力と確かな常識で、妥当な結論が導きだせるでしょう」
秘書はそう締めくくる。
「妥当な結論、ですか…」
釈然としない面持ちのまま、少女は呟く。
「わたしに…できるかどうか…」
「できる、ではありません。やる、のです」
秘書がぴしゃりと言った。
キーボードを打つ手をふと止めた。
画面をスクロールして見直して、首を捻る。
いまいちぱっとしない。
いいアイデアはないものかしら。
でも、あまり奇抜なものは向かないし。
既に何度と繰り返した問答を頭の中でぐねぐね捏ねる。
脳内で繰り返される会議。
相変わらず斬新な発想は出てこない。
けれどぽつんと浮かんだ考えがある。
陳腐といえば陳腐。
もっとと叫ぶ欲もあるが…自分の容量と色々な状況を鑑みて…これならうまく軌道に乗るような気がした。
「んー…うん、いいかも」
口にしてみるといい考えのようにも思えて。
「よし、じゃあ今回の主人公はヘタレにしよう。勇者がヘタレ!」
頷いて、キーボードに指を走らせた。
「冒頭は台詞で…そうだ敵に罵らせてみよう、このヘタレ!って」
そんなこんなで、「ネコと勇者と魔物の事情」の連載が始まったのだった・・・。
…そんなつもりではありませんでしたが、宣伝のようですね…。
自分の性格について考えていて、ふと「あのキャラが考えそうなことを考えてる…」と思ってしまったことがありまして。
その時、「登場人物のキャラクターは、自分の性格の一部」というような話をきいたことを思い出しました。
過剰なまでにヘタレに作った主人公でしたが、私の性格の中にも確かに存在しているんだなぁと思うと、何やら面白く感じられます。
きっと脳内ではこんな会議が繰り広げられているに違いない、そうだったら楽しいな、という気持ちで書きました。
ついでに連載の方にも興味を持って頂けると嬉しいです←宣伝(笑)