15章 銀河連邦からの依頼 06
さてここからは案内がないので勇者の勘だけが頼りだ。
と言ってもダンジョンというわけではないので重要そうな場所は施設の構造から分かる。
調査隊を引き連れながらの捜索となるので、彼らには『回復』をかけ、『アロープロテクト』をかけた上で兵士が持っていた武器を渡した。もちろん訓練を受けた人間なので足手まといになるということはない。
俺と新良を先頭に通路をガンガン進んでいき、重要そうな区画へと入っていく。警備ロボと兵士が増えてくるが、勇者の障害になることはない。銃を撃つふりをして魔法を連射しすべてを瞬時に排除する。
「アルマーダ独立判事、彼はいったい……」
リーダーのゴリラ獣人氏が新良に話しかける。
「彼はトップシークレットだ。詮索してはならない」
「『アンタッチャブルエンティティ』……存在していたのですか」
何を言っているのかよく分からないが、多分完全に勘違いなんだよなあ。新良さんには後できちんと誤解を解いておいてもらいたい。
そうこうしてるうちに最奥部だ。目の前にさっきよりさらに厳重そうな扉が立ちはだかっている。
『気配感知』によるとこの扉の向こうで『深淵獣』を含めた相当数の兵士が待ち構えている。さすがに調査隊の面々では対抗するのは難しいだろう。
「新良、皆をその辺の部屋で待機させておいてくれ。この先はちょっとハードだ。さすがに守り切れない」
「分かりました」
新良が獣人リーダーに指示をして、近くの部屋にたてこもるように指示を出す。武器は途中で大量に手に入っているし、少しくらいなら身を守れるだろう。もっとももう周辺に兵士はいないのだが。
戻ってきた新良に俺は欺瞞魔法をかける。
「まず俺が乗り込む。ある程度静かになってから新良は入って来てくれ。人質を取るような感じになっていたら臨機応変に裏で対処して欲しい」
「分かりました、お気をつけて」
新良を下がらせ、俺は『掘削』を発動。
穴が開いた分厚いドアをくぐって中に入る。
そこは学校の体育館ほどの広さがある部屋だった。あちこちに変な機械が並び、『深淵獣』が入った檻なども見える。それら機材を盾にして兵士たちがこちらに銃口を向け、一方で『ヘルシザース』4体が中央で俺を威嚇している。
問題はその奥に、手術ベッドの未来版みたいなものに3人の男女が括りつけられているのが見えることだ。しかも脇には白衣を着た半魚人みたいな人間が立っていて彼らに銃を突き付けている。お約束の人質シーンだ。
「動クナヨ、連邦ノ化物メ」
「化物とは心外だな。これでも勇者なんだが」
「黙レ。コノ研究所ヲメチャクチャニシヤガッテ。俺ガボスカラドレダケ罰ヲ受ケルカ貴様ニ分カルカ?」
「安心しろ、ボスもあの世にまでは手が伸ばせないさ」
「クダラン冗談ダガ、一ツ言ッテオク。ボスノ手ガ届カナイ場所ナドナイ。オ前ナドボスノ前デハ塵芥ニヒトシイ」
「へえ、一度会ってみたいものだな」
「オ前ナドボスニ会ウ資格モナイ。サテ、オ前ニハ死ヌ前ニヒトツクライハ役ニ立ッテモラオウカ。ナニ、データ収集ヲ手伝ッテモラウダケダ」
半魚人が顎で指示をすると、兵士たちの中から2人の男が出てきて俺の前に立った。どちらも無表情の筋肉質なトカゲ人間だ。以前戦った『違法者』の同類だろうか。
そいつらはどこからか注射器のようなものを取り出すと、無造作に自分の胸にあてた。プシュッと音がしたので恐らく何らかの薬品を投与したのだろう。
数秒で全身を震わせ始め、さらに数秒後に全身が一回り大きく膨らんだ。驚くことに頭部が盛り上がり二本の角になり、首が伸びると同時にのっぺりしたトカゲ顔が、彫の深い顔……ちょうどドラゴンの顔のように変化する。
「コレガ我ラノ新シイ力、『ドラゴニュート』ダ。貴様ラガ『イリーガル・ワン』ト呼ブ者ノ上位個体ダ。サア戦エ。戦ッテデータヲ残セ」
『ドラゴニュート』、つまり竜人か。『あっちの世界』で竜人と言えば極めて強い力を持った種族だったが、目の前のコイツらも同等以上の力はありそうだ。しかもかなりの魔力をまとっている。こんなのが量産されたら連邦もちょっと困るんじゃないだろうか。
2体の『ドラゴニュート』は、『高速移動』に近い動きで同時に俺の懐に飛び込んできた。試しに防御してみると袖がズタズタに引き裂かれた。鉤爪による攻撃だが、鉄ですら容易に引き裂けそうな威力がある。
俺も一撃ずつお返しをして下がらせるが、思ったよりダメージが通らない。各種耐性も高そうだ。
一体の『ドラゴニュート』が口を開くと、そこから青白い火の玉が発生して飛んでくる。ブレスまで再現するとは芸が細かいな。
俺が火の玉を拳で叩き落とすと、その隙にもう一体が殴りかかってきた。俺は食らったふりをして下がりつつ『タネガシマ』を撃ってみる。魔法弾が命中はしたが表面の鱗が少し弾け飛んだだけ。魔法耐性も高いようだ。
俺はしばらく『いい戦い』を演じて時を待った。白衣の半魚人は楽しそうにこちらを見ていて何も気づいた様子はない。
そしてその時は来た。半魚人の手から銃がいきなり引き抜かれた。同時に至近距離で光線が閃くと、半魚人の身体は力を失って崩れ落ちる。言うまでもなく欺瞞魔法に隠れた新良がこっそりと接近し半魚人を制圧したのだ。
「先生、こちらはクリアです」
「了解」
俺は『空間魔法』から『魔剣ディアブラ』を取り出し、迫る二体の『ドラゴニュート』の首を飛ばした。そのまま不可視の斬撃を放って、周囲の兵士や『ヘルシザース』をすべて両断する。
見ると新良は手術台の3人の拘束を解いている。全員眠らされているようだ。俺は近づいていって、3人に『回復』『解毒』『気付け』の魔法をかけてやる。
「……う……ん。ここは……、……っ!?」
いち早く気が付いた一人が手術台から身を翻し、俺たちに向かって構えを取った。まんま狐の顔をした獣人だが、その体つきから女性だと分かる。
「ネイザリン、私だから」
新良がヘルメットを取ると、ネイザリンと呼ばれた女獣人は目を見開き、そのままアームドスーツ姿の新良に抱き着いた。
「リリオネイト! 助けに来てくれたの!?」
「そう、ネイザリンたちが危険な状況にあると聞いて助けに来た。つかまっていた他の隊員も無事」
「本当!? よかった……。ありがとうリリオ、もうダメかと思った……」
「もう大丈夫。この施設はほぼ制圧したから」
うん、友人同士の感動の再会というのはいいものだ。勇者というのはこういうもののために戦ってるんだと実感できるからな。
手術台にいた他の2人の男性も状況を察し、その場から離れ兵士たちの武器を拾ったりしている。
「ネイザリン、そろそろ次の行動を起こさないと。調査隊としてはこの施設はどうするのがいい?」
「それは隊長に聞かないと。ところでこちらの男性は? 捜査局では見たことがない人だけど……」
ネイザリン嬢が俺に目を向ける。狐の顔なので表情が分からないが、多分怪訝な顔をしているのだろう。
「その人はトップシークレット。この施設を制圧するのに力を貸してくれた。それ以上は知ってはいけない」
「『アンタッチャブルエンティティ』……。分かった、誰も見なかったことにする」
その『アンタッチャブルなんとか』ってのはなんなんだろう。まあそれで片が付くなら別になんでもいいと言えばいいのだが。どうせ銀河連邦に俺が来ることなんて二度とないだろうしな。