15章 銀河連邦からの依頼 03
さて結局そのまままさかの宇宙旅行となってしまった。
と言っても盛り上がったのは地球を離れるときにモニターに青い星が見えた時だけで、『ラムダジャンプ』なるいわゆるワープ的な航行に入ったあとはなにもすることがなかった。自動航行で12時間ほど『ラムダ航行』すると惑星ファーマクーンの衛星軌道上近くに出るらしい。
宇宙服を着せてもらったりして暇をつぶしていると、新良の腕輪が鳴った。どうやら『ラムダ航行』中にも通信はつながるようだ。
「局長からの通信です。操縦室へ行きましょう」
というわけで操縦室であの毛むくじゃらのトップエリート局長と対面する。
「まさかこれほど早くミスターアイバと再会することになるとは思わなかったよ」
「自分もですよ。しかし話を信じて調査をしていただいたようでありがとうございます」
「ふふっ、そこで礼を言われるのはこちらの感覚では理解できないのだが、そちらの星ではそういう考え方があるのだろうな。面白い思考だ」
「あ~、それはこちらの星でもかなり特殊な考え方かもしれませんので忘れてください。ところで今回は災難でしたね」
「アルマーダ独立判事から一通りのことは聞いていると思うが、ある意味ミスターアイバの情報通りだったということだと判断している。ただ色々横槍が入ってな。こちらの思った通りの調査団が送れなかったことが痛かった」
「フィーマクードの息のかかった人間が邪魔したというところですか?」
「恐らくな。おかげで政府に潜り込んでいるフィーマクード関係者のあぶり出しができたのは僥倖だったが、奴らも尻尾をつかませてでもファーマクーンを守ろうとしたのだろう。そのことを甘く見過ぎていたことは否めない」
「人間できる範囲でしかやれませんから、そこは仕方ないと思いますよ。やった結果がどうであれ、肝要なのは持てるカードを最後まで切ること……っと、そちらにもカードゲームはありますよね?」
「無論あるとも。そう、今回はアルマーダ独立判事の進言を受けて君という切り札を切らせてもらおうと思ったのだ。もっとも、元々セットには入っていないカードなのだがね」
そう言って局長は目を細める。俺も笑いを返すと、距離も立場もかけ離れた相手なのに気が通じた気がしてしまうのは不思議である。正直女子生徒は身近にいても永遠に理解できそうにないんだが。
「ただ――」
ひとしきり笑うと、局長は多少言いにくそうに話を続けた。
「今回も、何があろうとこちらは関知できないのだ。無論アルマーダ独立判事に関しても同様だ。何が起きたとしてもアルマーダ独立判事は地球にいたことになり、ミスターアイバという人間は存在しない扱いとなる」
「その辺りは理解していますよ。むしろその方が遠慮なくできますし、こちらとしても好都合です。この件で新良……アルマーダ独立判事が役を解かれることがないならそれで結構です」
「ふむ……。私としては、正直君がどうして独立判事の依頼を受けてくれたのか理解が難しいのだ。無論礼はするつもりではあるが、君がそれで動く人間とは思えない。単純な好意で行っているのか、それとも君なりになにか信念でもあるのかね?」
「そんな大層なものはありませんが、教員として生徒が友人を救ってくれと言ってきたら断れないでしょう。自分にその力があるならなおさらです」
「なるほど。こちらにも教員と呼ばれる者はいるが、教育制度自体が完全にシステム化されてしまっているのでね。そのような情緒が入る隙はないのだが、地球にはまだそういった感覚があるということか」
「そう考えていただいて結構です。ああところでまだこれは独立判事にも聞いてなかったのですが、もし現地に何らかの施設があったとして、そこで派手な事故が起きたとしたら正式に調査は入りますよね?」
俺の言葉にエリート局長は少しだけ目を見開き、次いで牙をむきだした。いやこれ多分ニヤッと笑ったんだろう。
「明確に異変があれば、誰が横槍を入れようが正式な調査はせねばならないだろうな。もし異変が確実に起こるのであれば……その調査の準備はしっかりとこちらでやらせてもらおう」
『ラムダ航行』開始後ほぼ12時間で、機動支援ユニット『フォルトゥナ』は惑星ファーマクーンが見える宙域へと到着した。
ファーマクーン衛星軌道上には銀河連邦の監視プラットフォームが滞留しているらしいが、『フォルトゥナ』はそれを避け、各種欺瞞システムを作動させつつ大気圏に突入、見渡す限り一面が海の青という星へと降下した。
ファーマクーンの空を飛行すること一時間、モニターに大陸……と言っても広さは北海道ほど……が見えてきた。陸には山も川もあり、もちろん草木も普通に生えている。幹線道路も張り巡らされており、ところどころに人工建造物が集まって街をなしている。確かにもともとは入植された土地のようだ。
などと新良の説明を交えて簡単に言ったが、正直宇宙旅行して別の星に行くのがこんなに簡単にできていいのかという感じである。魔法が使える元勇者ではあるが、さすがにこれには「科学技術の進歩ってすごい」という子どもみたいな感想しか出てこない。
「陸上に捜査局の武装調査船を確認しました。本船は調査船から距離を置いて着陸します。そこから地下空洞入り口までは徒歩になります」
「了解。地上は普通に呼吸はできるのか?」
「はい。居住可能化済みの惑星ですので。ただし生物汚染が進んでいるという前提ですので防護服は必須です。私はアームドスーツがありますが、先生は宇宙服を……」
「呼吸さえできれば問題ない。あらゆる菌もウイルスも毒物も耐性があるから大丈夫」
「はあ……?」
「ああでも地球に戻る時は消毒は必須だな。魔法でも対応できるが、『フォルトゥナ』にその設備は?」
「あります。私が地球に下りる時も使用しましたので」
「なら問題ないな」
そんな話をしている間に『フォルトゥナ』は静かに着陸、船内に微かな震動が伝わる。
「問題は『深淵獣』が出てきてこの船を襲うかもしれないってところだな。防御装置とかはあるよな?」
「防衛システムは作動させます。対応できなければ衛星軌道上まで退避させます」
「オッケー、じゃあすぐに行こうか」
しかし異世界には行ったことのある身だが、まさか別の惑星に足を踏み入れることになるとは思わなかった。本来なら感動の一瞬なんだろうが、なんの感慨も湧かないのは不思議である。
長い戦いの中で精神が摩滅してしまったから……というより単に飛行機で12時間くらいの感覚しかなかったからだな。技術の進歩は感動を奪うのだ、ということにしておこう。




