15章 銀河連邦からの依頼 02
さて放課後、いつもの『総合武術同好会』の指導だが、全員が『魔力発生器官』を身につけたことで俺のやることは減ってきた。
魔力を身体から放射する訓練と、体表で硬質化する訓練は基本自分一人で反復練習するだけだ。なので俺はその傍らで1人ずつ立ち合いの相手をしてやることにする。
三留間さんだけは参加できないが、それについては少し寂しそうな顔をしているので、何か武術をかじらせてあげてもいいかもしれないな。
それはともかく朝言われたように青奥寺の相手をしたのだが……やけに気迫がこもっていて少しばかり気圧されてしまった。ちょっと殺気までほとばしっていた気もするし、双党がニヤニヤ笑っていたので何か青奥寺を怒らせることをしてしまったのかもしれない。勇者にとって女子の心はダンジョンよりも複雑怪奇な存在である。
「はぁ、はぁ……ありがとうございました」
青奥寺が礼をして下がると、そこに雨乃嬢が近づいていって「美園ちゃん、今日は剣が荒れてたから反省ね。先生に殺気を向けちゃダメでしょ」なんて師匠っぽいことを言っている。
ただそんなアドバイスをしながら俺の方をチラチラ見てるのはなんなんだろうか。青奥寺が本当に誤解を解いてくれたのか心配になる。
その様子を見ていたからか、次の相手である絢斗が含み笑いを向けてくる。
「相羽先生は色々と大変そうですね。どうやら先週末もひと暴れしたらしいじゃないですか。ウチの東風原所長もさすがに議員のところに乗り込むのは想定外だって驚いてましたよ」
「その情報を知ってるほうが驚きなんだけどな」
「そこは蛇の道は蛇って奴ですね。こちらも久世議員についてはマークしてますから」
「まあそりゃそうか。しかし最近そっちはなにか大きな動きはあるのか?」
「実は最近奴らの動きが沈静化してるんですよ。だから週末の件は少しビックリしたってわけです」
「へえ……なんかロクでもないことを始めてるのかね」
「その辺りはこちらで探りますよ。ところで最近何もないせいでちょっと身体がなまってるんですよね。なにか暴れられるシチュエーションとかご存知ありませんか?」
物騒なことを言いつつ、中性的な顔にいたずらっ子のような表情を浮かべる絢斗。う~ん、この子のことも少しは知っておいた方がいいのかもしれないな。そもそも中等部に在籍する年齢であの戦闘能力は明かにおかしいからなあ。
「今のところはないな。っていうか、勝手に戦ったりできるのか?」
「そうですね。調整という名目で許可は出ると思いますよ」
「調整、ね……」
ちょっと意味深な言葉なんだよな。絢斗の能力を目の前にした時に新良もなにかに気付いたような雰囲気だったし。しかしまさかなあ。
「まあなにかあったらな。でも期待はしないでくれ、俺も積極的にトラブルに首をつっこみたいわけじゃないんだ」
「あははっ、先生が本当にそんな人だったら、ここにいる皆こうして揃ってなかったんじゃないですか」
絢斗の笑顔に屈託はないが、言ってることはなかなかに鋭いのかもしれない。ホントに色々ありすぎなんだよなこの子たち。
そんな感じで話をしながら絢斗と立ち会おうとすると、新良が魔力トレーニングを中止して急に俺のところに来た。腕輪を気にしているのでなにか連絡でも入ったのだろうか。
「すみません先生、ちょっと緊急の用件が入ったようなので今日は帰宅します」
「ああ分かった、気をつけてな。何かあったら遠慮するなよ?」
「ありがとうございます、もしなにかあればお願いすると思います。それでは」
新良は頭を下げると、速やかに支度をして道場を出て行った。そういえば彼女がこういう行動を取るのは初めてかもしれない。例の宇宙艦隊がやってくるにはまだ早いだろうし、本当に緊急の何かがあったのだろう。
「言ってるそばからこれですからね。相羽先生って自分がどう周りに影響を与えているかかなり無頓着ですよね」
「勇者が助けすぎると楽しようとする奴がいるのはよく分かってるさ。ただ新良がそうでないというのも分かってるからな」
「そういう意味じゃないんですけどね。まあその方が相羽先生らしいか」
う~ん、まだ知り合って日の浅い絢斗に妙な訳知り顔をされるのはなぜだろうか。勇者の力が社会に及ぼす影響なら、『あっちの世界』で嫌と言うほど思い知らされているんだが。それとも俺の知らない所でやはりなにかあるのだろうか。青奥寺もまだ強い眼力でこっちを睨んでるしなあ。
その日の夜、やはり新良から連絡があった。
『フォルトゥナ』に転送された俺は、居住スペースで新良と向かい合った。
いつも飄々としてめったに表情を動かさない新良だが、今はどことなく焦っているように見える。こういうのはたいてい家族かそれに類する大切な人間が危機に陥っているパターンだと相場が決まっている。勇者時代にそんな場面には何度も遭遇した。
「誰か親しい人間がピンチなのか?」
単刀直入に聞くと、新良は光のない目を見開いた後、「どうして分かるのですか?」 と口にした。
「慣れてるからな。で、どういう状況だ?」
「はい、こちらをご覧ください」
新良が脇の端末を操作すると、画面に惑星と思しき画像が表示される。表面がほぼ白と青……つまり雲と海の惑星だ。
「惑星ファーマクーンです」
「ああ、これが……」
惑星ファーマクーンは、宇宙犯罪組織『フィーマクード』が秘密基地を作っているのではないかと疑われている惑星である。人体を改造するための薬品『イヴォルヴ』の生産拠点があると思われる星で、銀河連邦捜査局の調査が入ることになっていたはずだ。
「数日前、先生からいただいた情報を元に銀河連邦の捜査局が調査に入りました。武装調査船一隻で最大の大陸……と言っても日本の北海道程度しかありませんが、そちらに降下しました」
「ふむ」
「調査開始後数日で北部にある宇宙港跡地の地下に人工的な空洞を発見、立ち入り調査に入りました。調査員は16名、無論それなりに武装をしていましたが、突入後30分ほどで消息を断ちました」
「ありがちだな」
「最後の通信は『怪物多数。至急応援を要請する』でした。直前まで調査船に送られてきた空洞内部データによると、調査部隊は『怪物』から逃れるために部屋に立てこもったようです。しかしそのせいで通信が不可能になりました」
「調査船にもクルーは残っていたんだろう?」
「はい、しかしそちらはあくまで操船クルーなので対応はできません。すぐに救援部隊を送ろうとしたのですが、実は非公式ギリギリの調査だったので表立って送れないという事態に陥ってしまったのです」
「そりゃまた面倒な……。いや、捜査局も結構強引な調査をしたってことか」
「そうですね、局長も思い切ったようです」
「その中に新良の知り合いがいるのか?」
「そうです。同じ星の出身で、訓練校時代に仲の良かった友人が調査員として加わっています」
「なるほどな……。で、俺に助けに行って欲しいというわけか」
「すみません、お願いできる筋合いではないことは承知していますが、それ以外に手段が思い浮かばなくて……」
「局長には話は通せるんだろうな。新良の立場が危うくなるならさすがに聞けないぞ」
そう言うと、新良はまた目を見開いて俺を見た。
「聞いていただけるのですか?」
「友人は大切だろうし、新良と同期というなら若い人間なんだろう?」
「ええ、年齢もほぼ同じです」
つまり地球ならまだ高校生くらいということだろう。青少年の命がかかっているとあってはさすがに教員としても放ってはおけないな。他の星だろうがそこは関係ない……まあかなり強引な理屈だが。
「さすがにその話を聞いたら放っておくわけにもいかないな。ただ問題はファーマクーン往復にどれくらいかかるかってことだが……」
「往復だけなら2日で可能です。プラスして解決する時間を見積もってください」
ええ、往復2日って……。一体どれだけ遠いのか多分聞いても理解できないくらいなんだろうけど、国内旅行なみの感覚だな。
「分かった、すぐに熊上先生に話をして明日から3日間休みをもらおうか」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
というわけで、俺はすぐに熊上先生に電話をし、俺と新良が三日間休むことを伝えた。後で校長に報告する案件になりますと言ったらすぐに理解してくれた。本来なら担任が生徒と三日間外出とか即通報案件なんだが……持つべきものは理解のある上司と先輩ということか。勇者時代にはそこはあまり恵まれてなかったからなあ。