14章 釣り師 04
反応は明蘭学園から少し離れた大学の敷地内にあった。私立明蘭女子大――言うまでもなく明蘭学園からつながる大学である。ウチの生徒の多くはエレベーター式でここに入学するらしい。
すでに時間帯は夜だが、大学敷地内は街灯がともっていてまばらに人の姿もある。もちろんほとんどが女性だ。
反応はとある研究棟の一室のようだ。俺は隠蔽をしたままその部屋の外側に近づき中の様子を探る。中には4人の人間がいる。一人は気持ち悪い魔力持ち、これがガイゼルとやらだろう。その前に弱い魔力持ちがいて、これが雨乃嬢なのは間違いない。問題は他の2人が倒れてるらしいことだ。しかも生命力が消えかかっている感じだ。クソ、そういう手合いだったのか。
俺はガラスを蹴り破って中に突入する。青奥寺を床に立たせ、まずはガイゼルらしき人影を蹴り飛ばす。
そいつが「グエッ」とか呻いて廊下の方に吹き飛ぶ隙に状況を把握する。
部屋は教授の研究室のようだ。雨乃嬢が椅子にくくりつけられぐったりしているが、とりあえず衣服等に乱れはない。
問題はその奥で倒れている女性2人だ。どちらも血だまりの中で横になっている。俺は駆け寄って『回復』魔法を全開でかけてやる。かなり血を流してしまったようだが……反応からするとギリギリで間に合ったようだ。
しかしゲスとは聞いていたがまさか無差別に暴れる奴とは思わなかった。わざわざ標的を「釣る」とか自称するくらいだからもう少しマシな仕事をするのだと思っていたが。
「先生、師匠の意識が戻りません!」
「大丈夫、眠らされているだけだ」
『気付け』の魔法をかけると雨乃嬢は「ううん……」と言いながら目を覚ました。
「あれ、美園ちゃん……ってだめ、ここは危ないから!」
「師匠大丈夫です。先生が一緒ですから」
「えっ!? あっ、相羽先生、どうしてここに!?」
「それは後で。済みませんが後ろの2人の様子を見ていてください。回復はしたので大丈夫だとは思いますが、目を覚ました時に錯乱するかもしれませんので」
死を意識するほどの暴力を受けたのだからその恐怖は相当なものであったはずだ。『平静』の魔法は起きていないと効かないので、起きる瞬間のケアはどうしても必要になる。
雨乃嬢は「はいっ」と言って2人の方に駆け寄っていった。
さてこれで残るは……
「これからお楽しみってところで邪魔ァするとは少しふざけ過ぎじゃないかねェ」
苛立ち込めた声でそう言いながら、ガイゼルとやらが入り口から入ってくる。
パッと見は中肉中背、猫背がキツい年齢不詳の男である。黄色く濁った眼に突き出た鷲鼻、明らかに常人とは思えない異相ぶりで、着ている黒いつなぎのような服はどことなくファンタジー感がある。恐らく『あっちの世界』のデザインだろう。
「しかもなかなか見ないべっぴんだってのに、つまんねえ仕掛けしやがってよォ。まさかそんなのでこっちをハメたつもりかァ?」
ガイゼルは目を剝きながらニヤリと笑った。その両手にナイフがするりと現れる。いびつな装飾が施されているところを見ると『呪具』……呪いの道具なのかもしれない。
「お前は何者だ?」
と、一応知らないフリをして聞いておく。カーミラが怪しまれても大変だろうからな。
「はァ? そんなのどうだっていいじゃねえか。どうせ死ぬんだからよォ!」
そう言うやいなやガイゼルの姿が霞んだ。『高速移動』スキル持ちか。しかし最初に狙うのが青奥寺とは、マジでゲスな男のようだ。
「ちィッ、やっぱりてめえもスキル持ちかよォッ!」
俺が反応してミスリルの剣でナイフを防ぐと、ガイゼルは瞬時に飛びずさって魔法を放ってきた。
3つ同時発動で『ロックブラスト』か。石つぶてで面攻撃とは考えたな。
俺は『アロープロテクト』の魔法を面展開してすべてを防ぐ。石つぶてが空中で一瞬停止し床にガラガラと落ちる。
「なんだその魔法はァ! お前こそ何モンだァ!?」
叫びながら両手のナイフを振り回して攻撃してくる。ゲスなクセに確かに腕は悪くない。カーミラと同じ、魔王軍四天王副官レベルの実力はあるだろう。そういえば同じポジションでゲスい奴は魔王軍にもいたな。
俺は縦横無尽に振るわれるナイフを剣でさばきながら、しかしこの男をどうするか少し悩んでいた。
正直首を飛ばすのは簡単で、ここが『あっちの世界』ならためらわずにやっているだろう。しかしここは日本である。正直宇宙人とかエージェントとか、日本に『存在しないことになっている』連中なら問題はない。しかしもしコイツがこっちの世界に何らかの身分を持っているとするとそうはいかない。勇者も現代日本の厳重な社会システムからは逃れられないのだ。
「どうしたァ、守るだけかよォ!」
ガイゼルは再度バックステップ、再び魔法を発動。魔法陣を見るに二重属性魔法……『ファイアストーム』って全員巻き込む気か!
俺は咄嗟に『魔剣ディアブラ』を取り出してガイゼルの魔力を吸い上げさせる。魔力を奪われたことに気付いたガイゼルはさらに後ろに飛びのき、黄色く濁った眼を見開いた。
「なんだそいつァ……。てめえもヤバいの持ってんじゃねえかよォ」
憎々しげに言いながらガイゼルは懐に手を伸ばす。次の瞬間にはその手に怪しげなビンが握られている。嫌な感じだ、多分中身は毒だな。ゲス行為のオンパレードとは恐れ入る。
「だがコイツはどうかなァ!」
そのビンを床に叩きつけようと手をふりあげる。
――『感覚高速化』『高速移動』
俺は瞬時にその腕をとり、骨ごとひねり潰してビンを奪い取る。
ガイゼルはまだ何が起きたかまだ理解していない顔だ。俺はその鷲鼻に右の拳を叩きこむ。後ろの壁に叩きつけられたガイゼルは、そのまま気を失って崩れ落ちた。
色々考えたが、俺は結局都内のとあるホテルにお邪魔することにした。
肩に気絶ゲス男のガイゼルを担いで、その高級ホテルのふかふか絨毯敷きの廊下を歩いていく。
もちろん『光学迷彩』スキルでホテルマンにも他の客にも見つかることはない。
目的の部屋はVIPルームで、普通の客ではアクセスできない場所にあったが、まあそこは勇者のテクニックでなんとかする。
その部屋のドアの前には黒いスーツにサングラスのボディーガードが立っていた。一見人間だが、『アナライズ』すると人造兵士であることが分かる。
俺はそいつらを『睡眠』魔法で眠らせると、ドアのロックをピンポイント魔法で破壊して部屋の中に入った。
そこはとんでもなく豪華な部屋だった。
アホみたいに広い空間に、シンプルだがいかにもいいお値段がしそうなベッドやソファやテーブルやらが余裕を持って配置されている。
そしてその部屋の真ん中にいるのは、人化した獅子のような偉丈夫……議員の久世氏であった。
ナイトガウンを着てブランデーグラスを片手にするその姿はいかにも映画の黒幕そのもので笑ってしまうが、彼がまとう魔力が一気に吹き上がる様はさすがの迫力がある。
「ふむ、姿が見えないがそれはスキルかね?」
久世氏は眉一つ動かさず、『光学迷彩』で見えないはずの俺を見据えてそう言った。
「ええ、そうです。故あって姿をお見せできないことをお詫び申し上げます」
「なるほど、まさか君がこんな形で現れるとは思っていなかった。して私に何用かな?」
「部下を引き取っていただきたくて参りました」
俺はガイゼルを放り投げた。『光学迷彩』スキルの範囲外に出たガイゼルの姿が急に空中に現れベッドに着地する。
ピクリとも動かないガイゼルを見て久世氏は眉を潜めて見せた。
「見覚えのない男だな。私の部下ではないようだ」
「俺のところに部下を寄越すのは構いません。いくらでも受けて立ちますよ。ただこの手のゲス野郎だけは勘弁してくれませんかね。周りに被害が及ぶようなら、さすがにこっちから仕掛けなくてはならなくなりますので」
「何か勘違いをしているようだが……」
「やりあうならルールの中でやり合いましょうってことです。そっちがルールを無視するならこっちも無視せざるを得なくなるので」
俺はそう言って魔法陣を想起。『トライデントサラマンダ』を発動。炎の三重槍が久世氏に刺さる前に強制キャンセル。
「……ほう、大した魔法だ。今のが私に当たっていたらどうなっていたのかね」
「その薄い防御魔法を簡単に引き裂いて、このビルごと吹き飛ばしてますよ」
「なるほど……君は思ったより格が高い人間のようだな。この世界によもや君のような人間がいるとは思わなかったが、まさか本当に勇者だなどというのではあるまいね?」
「誰も信じてはくれないんですけどね」
俺が答えると、久世氏は目を細めて愉しそうに笑った。
「くくくっ、分かった、これからはもう少しマシな部下を送ろう。ただし一人とは限らないが……それでどうだね?」
「ああ、数が多い分には構いません。いくらでもお好きなだけ送ってください。お話は以上です。失礼します」
とりあえずこれで釘は刺せただろう。久世氏はまだ俺の実力を「自分の少し下、でもマトモにやりあったらただじゃ済まない」くらいに感じているだろうが、それくらいのパワーバランスにしておけばこちらの『提案』には乗りやすいはずだ。本当はキレイさっぱり潰したいところなんだが……こっちの世界は面倒臭いな。