14章 釣り師 02
翌々日の夜、俺はとあるお洒落なレストランの一席に座っていた。
少し離れた大テーブルにはまだ学生と思しき男女が8人、相向かいで歓談をしている。
無論その中にはアクティブ系美人女子大生の雨乃嬢がいて、若干ひきつった笑みを顔に貼りつかせて攻勢をかけてくる男子学生の相手をしていた。俺が見ても女性陣は全員ハイレベルなのだが、雨乃嬢はその中でも飛び抜けて目立つ。男たちのターゲットになるのは仕方ないだろう。
事前の話によるとこのレストランで2時間ほどお話をして、盛り上がった者同士で散っていくみたいな流れらしい。キラキラした彼らを見ていると、アルバイトに精を出していた自分のグレーな学生時代を思い出してちょっと涙が出てくる。
しかしこのいかにもカップル御用達みたいなレストランで1人飯を食っているとそれだけで精神が削られていく。だって周りには恋人とか夫婦っぽい男女しかいないし。折角だから誰か協力をお願いすれば……なんて相手もいないしなあ。
そんな悲しきモノローグに浸っていると、レストランに新たに入ってくる客がいた。俺を含めた何人かがそちらを見たようだが、彼らが息を飲む音が勇者イヤーに届いてくる。
それもそのはず、客席の方にしゃなりしゃなりと歩いてくる女は、妖艶を絵に描いたような……というより妖艶そのものみたいな人間だったからだ。
「相席よろしいかしらぁ、ミスター相羽?」
男たちの注目を集めながら俺の席の前まで来ると、タイトドレス姿のその女……カーミラはそんなセリフを口にした。
「何しに来たんだよ」
「ちょっと耳寄りな情報があるのよぉ。先生のお仲間にもかかわることだから、聞いておいた方がいいと思うわぁ」
腰をクネクネさせながら微笑む姿を見ると、そこだけピンクのスポットライトが差してるんじゃないかと錯覚する。合コン中の男子学生さんが全員こっちを見て目を丸くしてるんだが……邪魔してすまないねえ。
「分かった、座ってくれ。ああ普通に座れよ。尻とか振るんじゃないぞ」
「乙女になんてことを言うのかしらねぇ。女子校の先生がそれはマズいんじゃないのぉ」
「女子校の先生だから風紀の乱れには敏感なんだよ」
言っててかなり自分のことを棚に上げている自覚はあるのがちょっとだけ痛い。
「あはっ、そういう言い方もできるかもねぇ。でもワタシが来てちょうどよかったんじゃないのぉ? このお店で男1人は浮きまくりだしぃ」
「……まあな。ただ相手がお前だと別の意味で浮くけどな」
「こっちの浮き方のほうがまだマシでしょう?」
「さあ、どうかな……」
チラと見ると、雨乃嬢までこちらに顔を向けてポカンとしていた。なにか言葉を口にしたようなのだが、唇の動きからして「逆寝取り……?」と言っているような……。なんだ『逆寝取り』って。
「それで情報っていうのはなんだ? 議員さんがまたなにか始めるのか?」
「ええ、そういうことになるわねぇ。実は先生を排除するために部下を動かしたみたいなの。ガイゼルっていう、ちょっとクセのある男をねぇ」
「どんな奴なんだ?」
「本人は『釣り師』なんて言ってるけど、要は攻撃対象の大切な人をさらってきて餌にするって男よぉ。その餌そのものにも手を出すゲスなんだけど、本人も結構強くてねぇ」
「そんなロクでもない奴を使ってるってことは議員さんもお里が知れるな。しかしまあ分かった。俺の身の回りの奴にも気を張っとけってことだな」
「うふふっ、そうなるかしらぁ。先生の回りには可愛い子が多いみたいだから、ちょっと大変かもしれないけど」
「そこはなんとかするさ。しかしそんな情報、俺に流していいのか?」
そう聞くと、カーミラは俺にうっとりするような視線を向けてきた。なんだ、新しい魅了魔法か?
「一度見逃してもらってるからこれくらいはねぇ。先生には貸し借りなしにしておきたいし」
「律儀なんだな……と言いたいところだが、別になにか目的がありそうだな。まあいいか、ありがたく拝聴しておくよ」
「うふふっ、信じてくれて嬉しいわぁ」
本当に嬉しそうにそう言うと、カーミラは運ばれてきた料理を食べた。その動作にも淫靡さが漂うのはなんとかならないんだろうか。
その姿を見て俺の脳裏にとある考えが閃いた。と言ってもカーミラが伝えてくれた情報とは何の関係もないアイデアだ。
実は雨乃嬢を『お持ち帰り』から救う頼みは受けたものの、そのためにどう声をかけたものか悩んでいたのだ。よく考えたらいきなり正体不明の男が現れて女子大生を連れていったら通報案件である。しかし男女の大人のカップルが身内ですと声をかければ信用度は跳ね上がるだろう。少なくとも即通報はされないで済むはずだ。
「なあカーミラ、貸しを返すついでに頼みがあるんだが……」
俺が事情を話すと、カーミラはさも面白そうに笑ったあと承諾をしてくれた。なんか悪い奴じゃないっぽいなこいつ。とか言ったら青奥寺たちにまた「美人に弱い」とか糾弾されるんだろうなあ。
雨乃嬢と青奥寺の危惧通り、合コンの終わりごろには雨乃嬢は明らかに酔いつぶれていた。時々見ていた限りではそんなに飲んでいた感じでもなかったのだが、酒に弱いのは本当らしい。
見ていたら男子学生の間で誰が雨乃嬢を送るかみたいな話になってて、まあちょっと怪しい雰囲気にもなっていたので依頼通り救出をした。
カーミラを雨乃嬢の従姉妹に仕立て上げ「私たちが送っていくから大丈夫よぉ」と言わせたら誰も文句を言う人間はいなかった。カーミラを間近で見て呆けていた男子もいたので後で従姉妹を紹介しろとか言われるかもしれないが……それは諦めていただきたい。
一応カーミラの車に乗せるフリをして駐車場まで行き、そこでカーミラとは別れた。
あとは隠蔽魔法を併用しての空の旅である。青奥寺家の近くで着地し、物陰で隠蔽魔法を解く。しかし雨乃嬢は完全に酔っていて下ろして立たせることができない。仕方なく『解毒』魔法をかけてやると多少回復して歩くくらいはできるようになった。
「……あれ? ここは……? あ、相羽先生……?」
「足元に気を付けてくださいね。ここは青奥寺家のすぐそばです。約束通り合コンでお持ち帰りされる前に救出しましたので」
雨乃嬢はしばらくぼうっとして要領を得ない感じであったが、次第に意識がはっきりしたのか「はっ!?」とか言って俺に向き直った。
「あ、ありがとうございます。逆寝取られはなかったんですね」
「そんなものは最初から存在してませんから。それより歩けますか?」
「はい、だいぶ酔いがさめたようで大丈夫そうです」
「一応家の前までは一緒に行きましょ……」
そこまで言ったとき、俺の首筋あたりが微妙にムズがゆくなった。誰かに見られているという感触。
どうもかなり遠くから何者かが俺たちを監視しているようだ。先ほどのカーミラの情報が嘘でないなら、その『何者か』がガイゼルとかいう奴なのは明らかだろう。ガイゼルは『餌』を使って標的を釣り上げるという話だったので、まずはその『餌』を物色しているといったところだろうか。
「ふむ……。青納寺さん、餌になるつもりはありませんか?」
「はい?」
「今回のお礼ということで、少し俺と付き合うフリをしてもらえませんかね?」
「ひゅっ!?」
「実はちょっと誰かに狙われているようなんですよ。そいつがどうも人質になりそうな人間を探してるみたいなんで、青納寺さんにその人質役をやってもらえるとありがたいんです。多分恋人のフリをすれば狙われると思うので」
「こいびと……?」
「ああ、もちろん身の安全は保証します。そうですね、とりあえず護りの指輪をつけておいてください」
俺は『空間魔法』から銀に輝く指輪を取り出して渡……そうとしたらなぜか雨乃嬢が放心状態になっているので指にはめておく。もちろん左の薬指にハメるなんてお約束はなしだ。
「あと位置特定のために灯火のネックレスもお渡ししておきます。申し訳ありませんが事が終わるまでは身から離さないようにお願いします」
やはり放心状態のままなのでネックレスもつけてしまう。ポニーテールだからつけ易くて助かるな。
「酔い覚ましにちょっとその辺りを一緒に歩きましょうか。すみません、腕を拝借」
とりあえず腕を組んでいるような形にして雨乃嬢を引っ張っていく。うむ、これでどこから見てもお似合い……ではないかもしれないがカップルに見えるだろう。
しかし歩きながら「ぷひゅ~」とか言っているんだが大丈夫なんだろうかこの娘。『解毒』したからアルコールはそんなに残ってはいないはずなんだが。
まあいずれにしても、これでガイゼルとやらが『餌』に食いついてくれればこちらの対応も楽になる。カーミラがどういう目的で情報を知らせてくれたのかは分からないが、そこは感謝しておいてもいいだろうな。