14章 釣り師 01
「へくしっ!」
「あら相羽先生、もしかして花粉症?」
不覚にも飛び出てしまった鼻水をティッシュで拭っていると、山城先生が心配そうな表情で俺の顔を覗き込んだ。いつもの謎距離感がかなり困るが、どうも俺がリーララを泊めていると知ってからさらに近くなった気がするんだよな。本気で清音ちゃんも泊めて欲しいとかそんな話にはならないといいんだが。
「いえ、花粉症はまだ兆候も現れてないので助かってます。山城先生も大丈夫なんですよね?」
「ええ、私もおかげさまでまだ悩まされたりはしてないわねえ。私の友人とかは症状が強くてだいぶ辛そうなのよね」
「自分の同級にもいましたが、目の玉を取り出して洗いたい、なんて言ってましたね。そういえばウチの生徒はあまりいないような気がしますね」
「それは中等部の三留間さんがいるからなのよ。人が苦しんでいると見ていられない性質みないなのよねあの子」
「あ~、それで体調がずっと悪かったんですね」
「相羽先生がいなかったら彼女自身大変だったでしょうね。相羽先生がこの学校に来てくれて本当に良かったわ。私も助かってるしねえ」
そう言っていたずらっぽく微笑む山城先生。やっぱりカーミラといい勝負しそうだなあ。持っててよかった魅了耐性。
「しかし力を使うにしてもどこまでにするのか、っていうのは悩むところでしょうね。親御さんの考えもあるでしょうし」
「そうね。話によるとそのあたりかなり自由にさせてるみたいだけど……まあ校長先生がバックアップしてるみたいだからきっと大丈夫でしょう」
「ああ、なるほど……」
三留間さんが持つ『癒しの力』は広く知られてしまえばあちこちからひっぱりだこになる、かなり扱いに困る能力だ。
そのあたり校長が裏から手を回して守らせているならとりあえずは安心だろうが、正直どこかのバカが誘拐に来てもおかしくはない。
……まあもしそんなことがあれば勇者の鉄槌が下るだけだ。
さて放課後の『総合武術同好会』の魔力トレーニングだが、遂に双党にも『魔力発生器官』が発現した。同時に雨乃嬢も発現したのだが、やはり元々鍛えている人間は発現しやすいのかもしれない。
そんなわけで魔力講座のステップを一段階上げることにした。
「さて、全員が魔力を自前で出せるようになったので次に身につけるべきことを教えよう。まずは俺が今からやることを見ていてくれ。もちろん見るのは魔力の動きだ」
青奥寺、新良、双党の3人娘プラス三留間さん、絢斗、雨乃嬢を前に、俺は立った状態で両腕を広げた。
魔力をへその下から発生させ、それをまずは下半身に流す。ついで胸から肩、肩から腕、腕から手へと流すと、6人の口からそれぞれ「なるほど」とか「ああやるんだ」といった声が漏れる。
「魔力はそれだけでは大した力を持たないが、意識的に流れを作ることで様々な力に転化することができる。俺が使う魔法がそのいい例だが……」
手の先に流した魔力を魔法陣によって炎に転化、手の先から一瞬吹き出させる。
「残念ながら魔法を使うのには特殊な儀式が必要で、その儀式はこっちの世界ではできないので皆が使うことはできない。その代わり……」
次は魔力をひじのあたりにいったん集め、それを突きと同時に腕先に流して外に放出する。魔力の圧を受けて、6人の髪が風を受けたように後ろにたなびく。当然全身に何らかの力が当たったのも感じたはずだ。
「今のように指向性を持たせて放出するだけで物理的な力にすることができる。さらに……」
次は右足先に魔力を溜め、蹴りと同時に魔力を一瞬硬質化させる。皆には魔力が刃のような形を取ったのが見えたはずだ。
「こういう形で打撃の威力を高めることもできる。もちろん魔力は武器にも込めることができるから、武器を使う際にも有効だ」
三留間さん以外の5人の目が輝くのがわかる。戦う女子たちだからな、この能力こそ彼女たちがすぐに必要となるものだろう。
「というわけで、これから魔力を意識して操作するトレーニングを行う。ただし操作するにはある程度の魔力量が必要だから魔力を増やすトレーニングは常に行うこと」
「はい!」
お、いつもより返事に力があるな。これなら魔力操作もすぐに身につけてくれそうだ。正直これを極めるだけでこっちの世界の人間としては最強戦士レベルになれるからな。と考えると、今この道場はかなり恐ろしい空間になっているのかもしれない。
一通りトーレニングが終わると、珍しく雨乃嬢が俺のところにやってきた。というか青奥寺に腕を掴まれて半分連行されている感じだが。
「先生、師匠の話を聞いてあげてください」
「それは構わないが……」
雨乃嬢は下を向いてかなり話しづらそうにしてるんだよな。これ無理に聞いてしまっていいんだろうか。
「ほら師匠、お願いしないと。それとも私から話す?」
「うぅ……。分かったから美園ちゃん。自分でお願いするから大丈夫」
雨乃嬢は、自らを奮い立たせるように頷いてから顔を上げた。
「相羽先生、ええとですね……実は私、明後日に合コンに出ることになってしまいまして……」
「はあ」
『合コン』とはまた懐かしい言葉だ。できれば二度と聞きたくなかった言葉……というのは今はどうでもいいな。
「あ、別に私自身はまったくその気はなかったんです。友人がどうしてもというので断り切れなかったんですが……」
「なるほど?」
「実は私、お酒にとても弱くてですね。飲むとすぐに酔ってダメになるんです」
「ふむふむ」
「で、その合コンの時に酔わされて、『お持ち帰り』されるんじゃないかと密かに恐れてまして……」
「お持ち帰り……? ああ……」
「いえもちろん過去にそんな経験は一切ありませんよ。でも今度集まる男性陣が結構手慣れてるらしくてですね……」
「なるほど、それはちょっと不安になりますね。青納寺さんは俺から見ても魅力がある女性ですから」
「ま゛っ」
ん? なんか雨乃嬢が奇声を上げてフリーズしてしまった。青奥寺を見ると俺を睨みつつもなんか複雑そうな顔をしている。
「先生、師匠はそういうことを言われ慣れていないので気をつけてください」
「いやさすがにこれくらいは言われ慣れてるだろ」
「先生には分からないかもしれませんが、師匠はこれでも普段は隙のない女って言われてるんです。だから男性もあまり近寄って来ないそうです」
「ん~……、まあそういうこともあるか」
確かに青奥寺も雨乃嬢も裏で戦っている雰囲気がどことなくあって、よほど鈍感でないかぎり声をかけるのはためらわれるかもしれない。でも学生時代の男なんて脳味噌が下半身と直結してるからなあ。
「ええと、事情は分かりましたが俺はどうすればいいんでしょうか?」
雨乃嬢はなんとかフリーズがら再起動して、顔を赤くしながら向き直った。
「先生には、私が『お持ち帰り』されそうになったら救出をお願いしたいんです。こんなことをお願いできる方が先生しかいないので……すみません」
「先生何とかお願いできませんか? 師匠がお酒に弱いのはよく知っているので私も心配なんです」
どうも雨乃嬢は色々弱点が多そうなキャラだな。まあ自分の弱点を知ってそれをカバーしようとするのは正しい行為ではある。
「そうだなあ……、お姫様の救出は勇者のお約束だからやらないこともありません。ただ後でこちらのお願いを聞いてもらうこともあるかもしれませんがそれでもよければ」
「お姫様……お願い……。もしかしていとこ丼――」
「今のは何でもありませんから! 先生、師匠をよろしくお願いします」
青奥寺が食い気味にまとめて、結局俺はそのミッションを受けることになった。