13章 処刑台の勇者 04
翌日曜日の午後、俺たちは九神家に集まっていた。
応接間にいるのは、お嬢様の九神と中太刀氏、そしてメイドの宇佐さん。俺と青奥寺と新良と双党だ。新良は昨日ラムダ転送で助けてくれたので当然の人選だが、双党がちゃっかり参加しているのがらしいと言えばらしい。まあ双党もガッツリ関係者ではあるし、恐らく今日の話は聞いておいた方がいいだろう。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。それから昨日は窮地を救っていただきありがとうございました。お礼は後ほどさせていただきますが、今日のところは昨日のいきさつをお話するだけにとどめさせていただきますのでご了承くださいな」
そう前置きをして、九神は昨日の経緯を話し始めた。
「皆さんは九神家が『深淵の雫』を扱っている家だというのはすでにご存知だと思いますが、最近その『雫』が秘密裏に生産されて、いずこかへ流されているという情報を得ましたの。相羽先生にも情報をいただき、色々調べた結果怪しい人物を特定することはできたのですが、彼がどこで『雫』を生産しているのか、そしてその『雫』がどこへ運ばれているのかがまったく分からなかったのです」
『怪しい人物』というのは恐らくあの権之内氏だろう。彼がクリムゾントワイライトとつながっているのは確定的だが、確かに九神家としてはつながる現場を押さえたいはずだ。権之内氏はその辺に物的証拠を残すほど甘い人間ではないだろうしな。
「ただ唯一掴んだのが、その人物が最近になって船舶を購入し、頻繁に船でクルージングをするようになったという情報でした。昨日も船に乗るという話を聞き、ヘリを飛ばして監視をしていたのですが、急にヘリが不調になり、あの無人島に不時着したというわけですの」
「ふぇ~、船を追うのにヘリを飛ばすとか、世海さんはやることが違うね」
双党が目を丸くして見せると九神はやんわりと笑ってみせた。確かに同じ探偵ごっこでも庶民とはスケールが違うな。
「でも世海、今の話を聞いてるとなんだか出来過ぎな気がするんだけど。昨日の状況って明らかにあらかじめ用意されていた感じだったでしょう。世海の乗ったヘリが急に不調になってあの島に下りたっていうのも明らかに不自然だし」
「ええ美園、その通りよ。昨日の一見は明らかに仕組まれていた気がするわ。船に乗るという情報を掴まされたあたりから向こうの思惑にはまってしまったのだと思うわ」
「狙いは世海の命なの?」
「そうですわね。ヘリの墜落については中太刀のおかげで防げたのですが、それは最初から織り込み済みで罠にかけられた感じがいたしますわ」
「ずいぶんと用意周到というか、回りくどいやり方をする奴だな。わざわざ島におびき寄せて『深淵獣』をけしかける……なにかこだわりがあるのかね」
俺がなんとはなしにそう言うと、九神はピクリと反応をした。何かに気付いたような、そんな表情だ。しかし九神はそれを振り払うように言葉を続けた。
「ところで相羽先生、昨日の深淵獣は操られているようだったとおっしゃっていましたが、その件についてもう少し詳しく教えていただけませんか?」
「ああ、そうだな……詳しくは話せないんだが、クリムゾントワイライトがある筋から深淵獣を操る技術を手に入れた可能性があるんだ」
「そのような技術が……。その入手元はお話いただけないのですね?」
「ああ。ただまあその入手元はもう地球上には存在しない。だから探るだけ無駄だ。問題は奴らがその技術を手に入れたという事実だろう」
俺が言うと、九神はそれ以上の追及は諦めたようだ。
「分かりました。どちらにしろもし本当にそのような技術を持っているならば、これはかなり由々しき事態ですわ。青奥寺家としても無視はできないのではなくて?」
「そうね。ただそれについては少し前から知っていたから今驚くものでないけど」
ちょっとだけ鼻が高そうな青奥寺。九神を前にすると意地を張るあたりまだまだ可愛いものだ。
「ならば対応はできると思っていいのかしら。しかし九神家としてももう少し対深淵獣用の準備が必要になりそうですわね」
九神が眼鏡美人メイドの宇佐さんをチラリと見るが、宇佐さんは目を伏せて頷くのみである。
そのやりとりを見て、青奥寺が少しだけ心配そうな目を九神に向ける。
「ところで状況は分かったけど、世海はこの後どうするつもりなの? まだその怪しい人物を追いかけるわけ?」
「そうですわね……『雫』の流出阻止は九神家としては最優先事項ですのでやらなければならないのですけれど、やはり短絡的にはいかないようですわ。地道にやり直すことにいたします」
「そうね、私も先生もいつでも助けに行けるわけじゃないし。何かするなら最初から呼んでもらった方が助かるかもね」
なるほど、九神と青奥寺が手を組むのは確かに正道かもしれないな。そうやって協同して戦った先にどうしても無理な壁があるなら、その時が本当に勇者の出る幕となるはずだ。まあ命がかかる時はいつでも呼んでもらいたいものだが。
「相羽様、少しお話が」
話し合いが終わって九神の家の玄関口を出ようとしたとき、俺はメイドの宇佐さんに呼び止められた。うむ、メイド服の眼鏡美人は近くで見るとかなり破壊力が大き……まあそれはいいか。後頭部に鋭い視線が突き刺さっているしな。
「なんでしょう?」
「すみません、人前では難しいお話なのでこちらへ」
宇佐さんの後についていくと、使用人の控室のようなところへ案内された。
美人のメイドさんと二人きりで個室へ……なんていうと人によっては勘違いしてしまうようなシチュエーションだが、さすがに勇者的にそれはない。そもそも宇佐さんとはほとんどつながりがないし。
「申し訳ありませんお忙しいところを。どうしてもお願いしたいことがございまして、お呼び止めいたしました」
「それは大丈夫ですが……お話とは?」
「実はさきほどお嬢様が言われた対深淵獣用の準備のことでご相談が……」
「あ~なるほど」
さっきのやり取りってそういう意味だったのか。しかし九神が直接来ないのはなにか意味があるんだろうか。
「具体的にはなにをご所望ですか?」
「実は相羽様が武器を強くできるというお話を耳にしまして、わたくしの愛用の武器を強くしていただけないかと思いまして」
「その話はどちらから?」
「宇佐家は青納寺家と多少のつながりがございまして」
ああ、そういえば青奥寺には口止めしてたが、雨乃嬢にはしてなかったな。俺の失態、と言うほどでもないか。雨乃嬢もそこまで口が軽いわけではないだろう。宇佐さんが信用できるから話した……と信じたい。
「昨日の戦いぶりを拝見しましたが、宇佐さんは九神さんのボディーガードを兼ねている感じなんでしょうか?」
「はい、宇佐家は昔から九神家の守護を任されている家なのです。ただ相手が深淵獣となるといささか分が悪く、専門の青奥寺家には敵うものではありません」
なるほど、そういう話は庶民としては興味深い。忠義の家、なんていうのが現代に残っているというだけで驚きの世界である。
「わたくしはなんとしてでもお嬢様をお守りしなければならないのです。もちろん礼の方はいたします。いただいたものに対して十分かどうかは分かりませんが、できる限りのことはさせていただきますのでどうかお願いできないでしょうか」
宇佐さんの顔は真剣で、そこに打算があるようには見えなかった。勇者的にこういう人には弱いんだよなあ。美人だから、というのも否定をする気はないが。
「武器はどちらでしょうか?」
「こちらになります」
そう言って宇佐さんは長いスカートを大胆に捲り上げた。伝説のガーターベルトなるものが一瞬見えたような気がするが、それより大切なのは太ももの外側のケースから引き抜かれた二本の武骨な棒だろう。昨日使っていた武器に違いない。
「宇佐家に伝わっている片手棍で『阿吽』と申します。こちらをどうかお願いいたします」
宇佐さんは『阿吽』を俺の方に差し出しながら頭を下げた。
ああなんか九神の狙いが分かった気がする。これは俺の気質を多少なりとも掴んでの対応なんだろう。まったく抜け目のないお嬢様だ。
「その武器はそのまま両手に持っていてください」
俺は『空間魔法』から『魔力刃+1』を二つ取り出すと、二本の鉄棒にそれぞれ力を与えてやった。
宇佐さんはその一連の動作を不思議そうに眺めていたが、自分の武器に力が宿ったことに気付いたのかその顔をほころばせ、そして心底ホッとしたような表情になった。
「ありがとうございます相羽様、この御恩は一生忘れません!」
「いやまあ、お礼さえ適当にしていただければその後は忘れてもらって構いませんので」
そう言って俺は部屋を後にした。
玄関にはまだ青奥寺たちが待っていたのだが……そういえばいよいよ処刑台に上がる時が来たか。さっきの宇佐さんとのやりとりで容疑が増えなければいいんだが。