13章 処刑台の勇者 01
結局カーミラはそのまま見逃して帰してやった。
正直斬られても文句は言えない身の上の彼女だが、議員秘書という表の顔があって、しかも俺と一緒だったところを見られている以上、行方不明になってもらうわけにもいかないからだ。
もちろん勇者的に美女をどうこうするのもちょっと……というのもなくはない。話を聞くとそこまで悪っていうわけでもなさそうだし。ちなみに勇者の命は狙われるのが普通のことなのでそこはノーカンである。……うむ、我ながら麻痺してるな。
と昨日のことを思い出しながら、放課後『総合武術同好会』の相手をしていると、師匠・雨乃嬢との立ち合い稽古を終えたばかりの青奥寺が俺のところへやって来た。
「先生、今日はどこか集中力がないように見えますが、なにかあったのですか?」
「ん? そんな風に見えたか?」
「はい。授業中も少し気がそぞろになっていたように見えました」
「うわぁ、さすが正妻は見ているところが違うねっ」
双党がからかうと、青奥寺は「正妻ってなに!?」と鋭い眼光を飛ばした。双党は素早くバックステップで間合を取って「そのままの意味だよ~」とニヤニヤ笑う。
ちょっと離れたところで雨乃嬢が「寝取りの気配……」とか言っていて、三留間さんが「寝取り……?」と首をかしげている。雨乃嬢はあとで説教しとこう。
「ちょっと色々と込み入った情報が耳に入ってなあ。どうしたものかとすこし悩んでるっていうのはあるな」
「先生が悩むほどのことっていうのは、例えば璃々緒とかかがり関係の話ですか?」
「主に双党の方に関係する話だな。それに加えて俺が昔召喚された世界の話が入ってくる、みたいな感じだ」
「それはかなり大切なお話の気もするんですが……」
「先生、それは私たちに教えてもらわないとダメな奴じゃないですか。悩んでないで話してくださいよぅ」
双党が小動物ムーブで俺を近距離から見上げてくる。こやつ、情報をタダで得ようとしているな。
「話してもいいが……また双党にはなにかしてもらわないといけなくなるな」
「ええ~。じゃあ先生の愛人ってことでどうですか? 正妻の座は美園に譲るので」
「さっきからかがりは何を言ってるの?」
「別に~?」
青奥寺の冷たい視線を双党はニヤケ顔で受け流す。
女子っぽい、というには多少アダルトなやりとりをしている2人を横目に、絢斗が口を挟んできた。
「かがりに関係があるなら、ボクにも関係があるということですよね? それなら是非とも話を聞かせていただきたいんですが」
「まあそうだな。話さないこともないが場所がちょっとなあ」
「でしたら『フォルトゥナ』をお使いください。私も聞いていた方がいい情報だと思いますので」
新良の提案を受けて、再度宇宙船会議が行われることが決定した。確かに一度情報を整理することは必要だろうし、そのために彼女らに話を聞いてもらうのもいいかもしれない。勇者も一人で戦ってきたわけじゃないからな。
夜9時に『フォルトゥナ』に転送されると、3人娘と絢斗と、そして雨乃嬢までがそこにいた。
青奥寺の保護者として来てますと胸を張られたが、確かに生徒だけより雨乃嬢がいたほうが言い訳はできそうな気がする。誰に言い訳をするわけでもないのだが。
新良が全員に飲み物をだしてくれるのを待って俺は話を始めた。
「さて、先日学校に妙な二人組が来たのは青奥寺と新良と双党は覚えてるな」
「はい、強い魔力を持っていた2人ですね。確か議員さんとその秘書だという話でしたが」
「先生が勇者をやっていた世界の人で、『クリムゾントワイライト』の幹部っぽいって言ってた人ですよねっ」
青奥寺と双党の言葉に頷いてやる。
「そうだ。その秘書が昨日の夜俺に接触してきた」
俺は昨日の夜あった一件をそのまま話した。
陸上競技場で深淵獣と戦ったこと、カーミラが魔法を使ったこと、精神魔法を反射して秘密を聞いたこと、そしてカーミラは見逃したこと。
『深淵獣 特Ⅰ型』の話には、特に青奥寺と雨乃嬢はつばをのみこんだようだ。
また議員の久世氏がクリムゾントワイライトの日本支部長という話には、双党と絢斗が真剣な顔で頷いていた。
「俺が一番気にしているのは、その久世議員と秘書……クゼーロとカーミラが、やはり俺が召喚された世界の人間だったってことだ。しかも言い方からすると他の支部の長も異世界人のようだ。つまり『クリムゾントワイライト』という組織は向こうの世界の人間が作った組織だってことだな」
「その異世界人たちは……『クリムゾントワイライト』はやはりこちらの世界を裏から支配することを考えているんですか?」
と絢斗が目つきを厳しくして聞く。
「そこは分からなかった。クゼーロはエージェントを作ることにこだわっているらしいが、支部ごとに多少意識の違いがあって、世界の支配を考えていてもおかしくはないそうだ」
「世界の支配というのはどのような形を考えているのでしょう? 政治中枢に手の者を送り込み、富を独占するとかその程度のものでしょうか? それともまた別の思惑があるのでしょうか?」
新良の疑問は結構重要なところを突いている。そもそも世界の支配なんて、ここまで高度に発達した現代社会で簡単にできるものではない。都市伝説的に語られる伝統的な裏の組織だって、やることといったらせいぜい富の独占とかその程度のものでしかないのだ。じゃあ『クリムゾントワイライト』もそうなのかと言われると……そこは俺も自信がない。
「どうだろうな。普通に考えれば富を得たいということなんだろうが、なにしろ魔王がいて魔法があっての世界だからな。本気で絵に描いたような世界征服を狙っていてもおかしくはない」
「え~、それってメチャクチャ迷惑じゃないですかあ。異星人に狙われたり、異世界人に狙われたり、地球はどうなっちゃうんですか」
双党が拗ねたように言うが、俺に向ける目はちょっと期待がこもってるような気がする。ま~たこの娘は楽しようとしてるな。
「さあな。宇宙人については新良と約束したから俺がやるが、『クリムゾントワイライト』の方は双党たちに頑張ってもらうしかないな。そのためには早く魔力を使えるようにならないとな」
「ぶぅ~。でもそう言いながらいざとなったら助けてくれるから先生のこと好きですよ~」
「ちょっ、かがり、そういうことは気軽に言わないの!」
「美園反応よすぎだから。これくらい冗談で言えないと先生には近づけないよ?」
「かがりちゃん、美園ちゃんに変なことを教えないでね?」
雨乃嬢に目が笑ってない笑顔を向けられて、「分かりました~」と言いながら首をすくめる双党。
そんなやり取りを無視して、新良が俺の方を向く。
「ところで先生、そのカーミラという女性が口にした『勇者教団』という方は気にならないのですか?」
「もちろんそっちの方が俺としては気になってるよ。まさか自分が信仰の対象になってるとは思わなかったしな」
「その教団は勇者の力を借りて何をするつもりなのでしょう?」
「『現行の体制を打破する』と言っていたから向こうの世界でクーデターでも起こすつもりなのかと思ったんだが、話を詳しく聞いたらどうも違うみたいなんだよな」
「どういう話だったのですか?」
「向こうの世界で魔王が復活しつつあるんだそうだ。しかも今の政府がその魔王復活を支援しているらしい。どうも魔王を復活させることで魔力汚染を解消するとかなんとか言われてるらしくて……もちろん表向きには魔王とは言われてなくて、救世主という話になってるみたいだけどな」