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1章 元勇者、教師になる 07

 翌日、青奥寺は何事もなかったかのように登校してきた。


 まあ俺も何事もなかったかのように出勤しているわけだが。


 朝のホームルームが終わると、青奥寺は俺のところに来て「昨夜はありがとうございました」と礼を言ってきた。


 「あ~、どういたしまして、かな。急にどうしたの?」


 「いえ、あの後お礼を言ってないことに気付きまして……」


 少しバツの悪そうな顔をする黒髪少女。このあたりはいかにも模範的な優等生って感じなんだよな。


 「教師が生徒を助けるのは当たり前だし、そこまでかしこまらなくてもいいけど、でもお礼を言うことは必要か」


 教師としてどうもこのあたりの対応はまだ苦手だな。何を言っていいのか正解が分からない。


 「はい。それと、もしかしたら家の方から後で連絡があるかもしれません。私の師も興味を持ったらしくて」


 「ん~、分かった。連絡があったらちゃんと対応するよ」


 俺がそう答えると、青奥寺はちょっとホッとしたような顔で席に戻って行った。


 昨夜は互いのことは基本的に口外しないという緩い約束をして別れていた。


 彼女の方は家族とか『師匠』とやらには相談するだろうとは思っていたが、やっぱり興味を持たれてしまうよな。


 問題は、「担任代理が『勇者』を自称する変態だと娘を預けられない」とかいうクレームとかだと困るということだが……むしろその方がありがたいか?


 ちなみに俺の方は誰かに言っても自分がおかしい奴あつかいされるだけだし、そもそも守秘義務があるので一切口外するつもりはない。


 問題は学年副主任の山城先生に報告するかどうかなのだが……。




「相羽先生、今日はぼんやりしていることが多いわね。疲れているんじゃない?」


 放課後、教科の指導を受けているときにそんなことを山城先生に言われてしまった。


「え、ええ。少し悩んでいることがありまして」


「あら、生徒のこと?」


 しなを作りながらこちらに向き直る美人副主任。やっぱり無駄に色っぽいよね山城先生。


「そうですね。ちょっと理解できない場面にでくわしたんですが、どうしたものかと」


「ふふ、女子はときどきそういうことをするかもしれないわね。それは1組の生徒のことなのかしら?」


「ええ、青奥寺なんですが……」


 そう言うと、山城先生の目がすうっと細まり、表情が一瞬だけ失われたように見えた。


 ああ、やっぱり知ってるんですね。しかもその反応からするとかなり重い扱いっぽい。まあそりゃそうか。


「青奥寺さんがなにをしてたの?」


「この間の夜なんですが、日本刀のようなもので何かと戦ってたんですよね。それで終わったところで話しかけてみたら、そういうことをしている家系だとかなんとか言われまして。どうしたらいいんですかね」


「……それは穏やかじゃないわねえ。校長先生にすぐにお話をした方がよさそう。ちょっと一緒に来てくれる?」


 山城先生はそう言うとすっと席を立った。


 これって当然校長も知ってるってことだよな。いったいなに言われるんだか。いきなり記憶を消されたりとか……ないよな?




 校長室に行くと、校長と山城先生の2人と面談するような形で応接セットに座らされた。


 正面に女優系美人、左に妖艶系美人という強力な布陣は、戦いに明け暮れた元勇者にはかなりキツいものがある。


 俺が小さくなっていると、校長先生がやや硬い顔で口を開いた。


「相羽先生、貴方が見たというものをもう一度説明していただけますか?」


「あ、はい。数日前、夜買い物に出かけたら、青奥寺らしい人物を見かけたんです。夜だったのでさすがに見逃せないと思って後をついていったら、いきなり現れた変な動物といきなり戦い出したんです。俺がどうしていいかわからずにいたら、戦いが終わってしまって。そこで青奥寺と話をしたんですが、自分は化物を退治する家系の者だと言われまして……」


「なるほど、青奥寺さんに直接聞いたというわけですね。そのことを他の人には?」


「もちろん言っていません。生徒のプライバシーにも関わることですし」


 さすがにこれプライバシーってレベルの話じゃないよな? と思ったが、校長が「それは正しい判断ですね」と言ってくれたので正解だったとしよう。


「それでですね、こういう場合は教員としてどう対応すべきなんでしょうか?」


 少し安心した俺はすかさず質問をした。事実関係の確認はあまり突っ込まれると困るからだ。ストーカーしてたしな。


「まずは相羽先生が御覧になったことについては今後も一切他言無用でお願いします。もっとも話をしたところで、信じてくれる者などいないでしょうけど」


 そこでフフッと笑う校長。ミステリアス美女も似合うなあ。


「それと知っておいて欲しいのですが、青奥寺さんが化物を狩る家系の生まれであること、そして実際に化物を狩っていることは、本学の一部の教員も知っている事項になります。つまり彼女は本学公認で狩りを行っているということです。ですので、相羽先生が彼女に対して特に指導をする必要はありません」


「はあ……」


「納得はいかないかもしれませんが、この世界には一般の人間が知らないことが多くあるのだと思ってください。もちろん私もすべてを知っている人間ではありません。相羽先生には今後も2年1組の臨時担任として頑張っていただきたいと思います。よろしいですね?」


 なるほど、そこまで深く立ち入らせないで済ませてくれるというわけか。


 まあその方が俺にとってもありがたいんだろうな、多分。


「……分かりました。自分も仕事を失いたくはありませんので、今まで通り職務に専念します」


 もし青奥寺のことを話したら守秘義務違反で厳罰に処す……みたいなことは言われなかったが、自分がそれを理解しているとは伝えておく。


 校長はそこも理解してくれたのかニコッと笑った。山城先生は横でふうと安堵の溜息をもらしている。


「結構です。青奥寺さんも普通の生徒と同じように接してあげてください。ああそう、山城先生から相羽先生は初任者とは思えないほど落ち着いていると聞いていますよ。期待していますからね」


「ありがとうございます。期待に応えられるよう頑張ります」


 というわけで、とりあえず青奥寺への対応についてはなにもしなくていいようだ。


 もっとも昨日のピンチを見る限り、なにもしないのもマズい気がしないではないんだが……。

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