12章 再接触 04
まあ分かってはいたことだが、車はどこかの店に入るようなこともなく、郊外にひたすら向かっていた。
ミス上羅の話に受け応えをしつつ15分ほど、車は運動公園らしき場所の駐車場に入っていった。
もちろん敷地は真っ暗で、いても夜間の警備員くらいだろうという感じだ。もっともその警備員もミス上羅の術で眠ってたりするんだろう。
「着きましたわぁ。こちらへどうぞ相羽先生」
車を降りてやはりお尻の後をついていく。夜目も効く勇者だが、もちろんガン見したりはしない。だって脳内の青奥寺が怖い……教員として生徒に顔向けできない行為を慎むのは当然である。
ミス上羅が案内したのはどうやら陸上競技場のようだった。なるほど周囲が観客席になっていて、ここなら何をしても外からは見られない。おあつらえ向きの場所ではある。
「ふふ、ワタクシこういう場所でするのが好きなんですよ。相羽先生はこういう趣向はお好きかしらぁ」
「そうですね、なにをするのかによりますね。ちなみに相手は上羅さんがしてくださるんでしょうか?」
そう聞くと、競技場の真ん中でミス上羅は「うふふふっ」と妖艶に、そして多少の侮蔑を込めた笑いを漏らした。
「残念ながら先生はワタシの好みからは少し外れていましてぇ。相手は別の者がいたします」
「そうですか。ちなみに上羅さんはどのような男性が好みでしょうか?」
「そうですわねぇ……」
人差し指を唇にあてて考えるフリをしてから、ミス上羅はニコッと笑った。
「伝説の勇者みたいに強い男性、でしょうかねぇ。まあ見た目がいいのが大前提ですけれど」
いきなり『勇者』なんて単語が出てくることにちょっと驚く。といってもただの比喩であって、さすがに俺のことを指しているわけではないよな。
「強さは自信があるんですけどそれは残念です。ところで俺の相手はどこにいるんでしょうか?」
「ここですわぁ」
ミス上羅が片手を天に掲げると、10メートルほど上空に黒い穴が開く。
なるほど『空間魔法』か。やはり彼女らが『あの世界』から来た人間というのは間違いなさそうだ。ただ魔道具なしで発動しているのが不思議だな。リーララの話じゃ生身での魔法行使は一般的ではないはずなんだが。
俺が見ていると、その『空間魔法』の穴から以前にも感じたことのある魔力が流れ出てきた。ヘドロみたいな魔力、『不法魔導廃棄物』とやらの感触だ。
穴から落ちてきたのはやはり不定形のスライムみたいな物体だった。どちゃっという音と共に競技場の地面に着地する。『次元環』に浮いていた奴よりははるかに小さいが、どうも密度はかなり高いように感じられる。
「うふふふっ。これは悪い魔力が濃縮してできた『魔導廃棄物』。その中でもちょっと特別なものなのよぉ。本当は別の連中相手に使うつもりだったみたいだけど、相羽先生にあてることにしたみたいなのぉ」
「それはこの間の久世議員が、ということですか?」
「そういうことになるかしらねぇ。ワタシはただの使い走りだから、恨むならそっちを恨んでねぇ」
よく分からないが色々邪魔をしてた俺をここで始末するとかそんな感じなんだろうか。街中でいきなりしかけてこないだけまだマシという感じだな。
そんなことを思っていると、目の前の不定形物体『魔導廃棄物』がぶるぶると震え、次第にある形に変化していった。驚くことに人型に変化するようだ。頭にはねじくれた角、背中に蝙蝠みたいな羽、全身は青い肌で筋肉質。『あっちの世界』で魔王の上位眷属だった『グレーターデーモン』にそっくりだ。
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深淵獣 特Ⅰ型
上位の悪魔を模した深淵獣。
飛行できることに加え氷の魔法を得意とし、格闘戦にも長ける。
非常に好戦的、かつ戦闘好きで、強者を優先的に狙う特徴がある。
特性
打撃耐性 斬撃耐性 刺突耐性 魔法耐性
スキル
氷魔法 双剣術
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なるほどやはり『グレーターデーモン』相当の深淵獣らしい。身にまとう魔力も同等にありそうだし、こっちの世界で見た中で最強のモンスターかもしれないな。
「またとんでもないモンスターが生まれたわねぇ。後で処分するのが大変そう。面倒くさいわぁ。相羽先生、できるだけコイツを弱らせてから負けてくださいねぇ」
そう言うとミス上羅は『機動』の魔法を発動し観客席まで飛んで行った。本人の言い方からすれば俺がやられるのを見届けるつもりなんだろう。
グルルル、と『グレーターデーモンもどき』が唸り、血走った目を俺に向けた。見た目は似てるがやはり中身は獣のようだ。本来なら知性のあるモンスターである。
『もどき』は一瞬羽ばたくと空に浮き上がり、両腕を前につき出して魔法を行使した。
俺に迫るのは無数の氷刃。俺はそれをすべて『高速移動』で回避する。
魔法がかすりもしないのに焦れたのか、『もどき』は氷の剣を2本作り出し、それを両手に持って『高速移動』で滑空してきた。
俺は『空間魔法』からミスリルの剣を取り出して、『もどき』の空中からの斬撃を受け止める。なかなかの剣技だが技量は青奥寺や雨乃嬢の方が上だろうか。ただ膂力が桁違いではあるが。
何十合か剣を交わすが、やはり本物の『グレーターデーモン』ほどの強さはない。ちらとミス上羅を見るとベンチに座ってニヤニヤしているので俺が劣勢だと思っているようだ。もしかしたら彼女は搦め手専門なのかも知れないな。
まあこれ以上手の内を晒す必要もないので、俺は『もどき』の両の剣を斬り飛ばし、ついでに首を刎ねて戦いを終わらせた。
首を失った『もどき』は地面に崩れ落ちると不定形に戻り、そのまま『深淵の雫』を残して消滅した。『雫』は甲型深淵獣のそれより大きいので、『特Ⅰ型』というのは『甲』以上のランクを示すようだ。
『雫』を拾って『空間魔法』に放り込んでいると、ミス上羅が観客席から飛んできた。
「あらぁ、ワタシが思っていたより先生ってお強いんですねぇ。まさかアレを倒すとは思いませんでしたわぁ」
「ええまあ、あのレベルは100体いても相手になりませんから。それより状況的に逃げなくていいんですか?」
俺は親切心から言ったのだが、侮蔑のこもった含み笑いで流されてしまった。
「うふふふっ、怖いわぁ。そうねえ、どうしようかしらぁ」
「逃げないならお話を少しお聞かせ願いたいんですけどね」
「確かにお互いのことを知る必要はあるかもしれないわねぇ。でも最初にお話するのは先生の方でお願いしようかしらぁ」
そう言うとミス上羅は俺に顔を近づけ……いい香りがするんだよなあ……自らの顔の前に魔法陣を展開した。
なるほど催眠、というより精神乗っ取りに近い魔法だな。精神系の魔法はかなり高度なので、それを扱えるということは彼女は高位の魔導師なのだろう。
まあしかし各種耐性スキル完備な上に精神力ステータスが上限突破している勇者に精神魔法など効くはずもない。逆に反射するレベルなのだが……ああ、ミス上羅の瞳から光がなくなってますね。新良みたい、とか言ったら独立判事さんに裁かれそうだ。
「あ~、上羅さん? 俺の声が聞こえてますか?」
「……はい、聞こえてます」
しゃべり方が普通になって違和感半端ないな。まあいいや、折角だから聞きたいことを聞いておこう。
「ええと、上羅さんの本名はなんでしょう? 久世さんの名前もお願いします」
「……私の名前はカーミラ。久世はクゼーロ、です」
「そのまんまか。で、君たちは何者なの?」
「……こことは違う世界から来た異邦人、です」
「なるほど。ではクリムゾントワイライトとの関係は?」
「……クゼーロはクリムゾントワイライトの日本支部の長。私は直接は関係なく、別組織から出向している人間、です」
「クリムゾントワイライトは何をしようとしているんだ?」
「……それは私も詳しくは知りません。ただクゼーロに関しては『エージェント』という強力な兵を作ることに固執しています」
「こちらの世界を支配しようとか、そういうのではないのか?」
「……クリムゾントワイライトは支部ごとに目的意識が多少違うようです。支部によっては支配を目的にしているところもあるでしょう」
「へえ……。今回俺を始末しようとしたのもクゼーロの案か?」
「……はい。いくつかの作戦を邪魔されたので対処したのだと思います」
「なるほど。ちなみにカーミラは俺に魔法をかけてどうするつもりだったんだ?」
「……あの深淵獣に勝てるなら、配下にしてもいいと思いました」
「なんだそりゃ。クゼーロの命令はいいのか?」
「……私はあくまで別の組織の人間なのです」
「ああそうか、そうだったな。ところでその組織ってのは?」
「……『勇者教団』です。古の勇者を復活させ、現行体制を打倒することを目的とした組織、です」