11章 謎の男来校 04
さすがに久世氏とはそれ以上の接触はなく、俺は時間割通りに5時間目の授業を行っていた。
板書をしながらふと外を見ると、久世氏と妖艶秘書が玄関から出ていくのが見えた。
ようやくお帰りかと思っていると、久世氏が自然な動きでこちらを振り返った。2階の教室にいる俺と目があった瞬間威嚇するようにニイッと笑い、そのまま駐車場の方に去って行く。
いちいち怪しい行動を取らなくてもいいだろうに……と思ったが、その笑顔の意味はすぐに分かった。
久世氏が乗った高級車と入れ替わりに一台のバンが学校の敷地に入ってきたのだが、その中に3人の『敵』の気配があったのだ。そのバンは校庭の手前まで走っていくと急停止し、中から身なりの汚い男たちが下りてくる。遠目に見ても分かるくらい『マトモ』ではない連中だ。歩き方がふらついているので薬物かなにかをやっている感じだろうか。見ると手にバールのようなものを持っている。
彼らが歩いていく先には、ちょうど体育をやっている初等部の生徒がいる。教えている先生も女性のようだ。これはもしかしなくてもヤバい状況だ。
「済まん、ちょっと問題が起きたようだ。皆は教室で待機。もし何かあったら隣の先生の指示を仰いでくれ。何があっても絶対に騒がないこと」
俺がそう言うと生徒は驚いたような顔をしたが、これ以上指示をしている暇はなかった。俺はそのまま教室を出て、早足で階段を下りて玄関を出る。
校庭では不審者の侵入に気付いた生徒たちが先生の指示で逃げるところだった。3人の男はバールを振り上げながら走り出す。
「くそ、『ロックボルト』」
さすがに『高速移動』を見せるわけにはいかないので、仕方なく極小の石を膝裏あたりにブチ当ててやる。
3人はもんどりうって倒れ込むが、まるで痛みを感じていないように立ち上がろうとした。だがその時間で十分だ。俺は全力でそいつらのところまで走って行き、1人を後ろから蹴り飛ばした。残りの2人も投げ飛ばし、武器を奪い取って遠くに投げ捨てる。
「何だお前たちは」
形式的に聞いてみるが、答えの代わりに彼らの口から漏れたのは獣のようなうめき声だった。視点も定まっていないし、完全にイカれてる感じだ。もしくは意識を奪われているか。
それなりのダメージを負ったはずだが、3人はなおも立ち上がろうとする。骨の2~3本でも折れば動けなくなるだろうが、さすがに教員がそれをしたらマズいだろう。仕方ないのでもう一発ずつ軽く殴りつつ、『拘束』魔法で両足を縛って動けなくする。これでノックアウトしたみたいに見えるはずだ。
校庭の異変に気付いたのか、ようやく他の先生たちが玄関から出てきた。同期の松波君の姿もある。
「相羽先生、大丈夫ですか?」
ちょっと離れたところから声をかけて来たのは山城先生の娘さんの清音ちゃんだった。隣には褐色魔法娘のリーララもいる。なんだ、こいつがいるなら俺が出るまでもなかったか。
「ああ、俺は大丈夫だよ清音ちゃん」
「ふ~ん、おじさん先生カッコいいところ見せちゃって、やっぱり初等部の子を狙ってるでしょ」
「んなわけないだろ」
リーララの冤罪かぶせ発言を流しつつ、俺は校門のほうに目をむけた。
一台の黒塗りのセダンがゆっくりと発進して去っていく。それは少し前に出て行ったはずの、久世氏が乗った高級車に違いなかった。
その後警察が呼ばれ、不審者3人は確保された。俺は現場検証やら事情聴取にガッツリ付き合わされ、解放されたのは夜の7時過ぎだった。
男たちがどうしてあのような状態であったかは今のところ不明で、動機などを聞ける状態でもないらしい。まあ聞ける状態になったとしても大した話などは出てこないだろう。もしかしたら学校に侵入した記憶すらないかもしれない。恐らく彼らは意識がない状態で何らかの術をかけられていたはずだからだ。かけたのは久世氏……というよりあの妖艶秘書だろう。そっちの方がなんとなくらしい気がする。
警察署からアパートに戻るとなぜかリーララがいた。いやなぜってこともないか、ほぼ週一で泊まりに来てるしなコイツ。
「おじさん先生お疲れ様。今日は大変だったね~」
リーララがいきなりマトモな挨拶を始めたので俺は目が点になってしまった。
「なにその顔? わたしなんか変なこと言った?」
「いや、変なこと言ってないからこんな顔になってんの」
「はあ!? わたしだって普通に話すときあるでしょ。まったくこれだから初等部狙いのヘンタイ先生は」
「狙ってねえから。それより学校はどうなった? やっぱり明日は休みか?」
「初等部は休みだって。中等部以上は分からないけど」
「そうか。まあどうせ教員は出勤だから関係ないけどな。しかし他の子たちは怖がってたよな。ショックを受けた子もいたろ?」
「そうだね、何人かはビックリしちゃったみたい。まあでも大丈夫でしょ。一応『平静』の魔法はかけといたし」
お、こいつそういうのには気が利くのか。ちょっとは見直してやってもいいかもな。
「なにその顔、また何か言いたいワケ?」
「いや、お前結構いいヤツなんだなと思ってた」
「はぁ?」
と言いつつ満更でもなさそうなリーララ。これでもうちょっとドヤ顔成分が少なければ可愛いんだがなあ。
「それよりおじさん、今日学校にもっとヘンな人たちが来てなかった? キモい魔力垂れ流しの人」
なるほど、さすがにコイツも気付いたか。まああっちもわざと魔力出してこっちの反応うかがってた感じだったしな。
「ああ来てたな。なんか議員とその秘書らしい」
「え、なにそれ? どんな人たちなの?」
「全然分からん……ということもないんだが、多分お前には関わらない人間だと思う」
「そういういい方されると逆に気になるでしょ。っていうかあんな魔力持ってる人間がこっちの人間なわけないし。わたしに関係ないはずないから」
「あん? いやそれは……なるほど確かに……」
言われてみれば確かにそうだ。こっちの世界でも魔力が身につくことは三留間さんや青奥寺が証明してくれたが、だからと言ってあそこまでの魔力を身につけた人間がいるというのは不自然だ。
リーララという存在がいる以上、久世氏らも『あっちの世界』から来た人間と考えた方が自然かもしれない。
「もしかしてこっちの世界に来て世界征服しよう、みたいな連中がいたのか?」
「どうかな~。正直いろんな人たちがいたからね。そういうことを考える人がいてもおかしくはないかな。次元環の存在自体は普通に知られてたし、異世界旅行しようみたいな話もあったっぽいし」
「マジか。ずいぶん進んでんなあ。しかしもしあっちの世界から変な連中が来て悪さしてたとして、お前はそれを取り締まったりはしないのか?」
「そんな任務は受けてないしね。もしそんな連中がホントにいるなら、そのうち別に対応する人たちがくるんじゃないかなあ」
「一方通行なのにか? いやそうか、一方通行だからこそこっちで何かしようとしてんのか。異世界勇者ならぬ異世界魔王みたいな感じか」
「なに言ってるのかわかんないけど、なんかめんどくさそうだね。わたしは関わらないようにしよ」
そう言ってリーララはベッドの上でスマホをいじりはじめた。
いやしかし、まさか『クリムゾントワイライト』の背後にあっちの世界の人間がいるとはなあ。しかもリーララごときに気付かされるとは、勇者としてはちょっと恥ずかしい話である。
問題は向こうが俺のことを『あっちの世界』に関わる人間だと判断したかどうかだが……。魔法を使ったのは失敗だったかもしれないな。ただそれを知られたとして、向こうがどういう行動に出てくるかは未知数だ。
しかも向こうがガッチリ社会的地位を築いている以上、こちらも適当に手を出すわけにはいかない。腕力オンリーの勇者にとってはなんともやりにくい相手が現れたものだ。