11章 謎の男来校 03
美味すぎる飯を食った翌日、学校の朝の打ち合わせで、議員の来訪が予定通り行われることが伝えられた。
基本的には管理職が対応するとの事で、先生方は普段通りに職務を行ってくださいとのことであった。まあ何かやれと言われても困ってしまうが。
そんなわけで3時間目、担任クラスの2年1組で普段通り授業をしていると、廊下を数名が歩いて来る気配があった。件の議員殿が視察を行っているのだろう。
「李徴が詠んだ漢詩に対して足りないところがあると評価したのは――」
俺は努めて気にしないように授業を続けていたのだが、その議員殿が廊下側の窓から教室を覗き込んできた時、青奥寺と新良、そして双党が明らかにビクッと反応した。
まあ3人についてはいきなり振り向いたりしなかっただけでも上出来だろう。
なぜなら、その議員とやらは、明らかに異質な雰囲気……というより異様な魔力をまとっていたからだ。
しかも議員の他にもう一人、同様に妙な魔力をまとっている人間がいる。つまりいま廊下には正体不明の怪人が2人いて、こちらの様子をうかがっているということになるのだ。
「――李徴に足りないものとはなにか、文章全体を踏まえて考えてみよう。何度も言っているが、あくまで書いてあることを元に考えること。現代文は言語情報処理という側面があることを忘れないように」
『並列処理』スキルで授業を進めつつ、俺はちらりと廊下の方に目を走らせた。普通の教員が議員様の様子をうかがってしまうのはおかしくはないだろう。
そこにいたのは身長190㎝はありそうな偉丈夫だった。体自体は九神家で戦ったエージェント加藤よりは小さいが、存在感、そして内包する力はケタ違いだ。いやいや、こんな人間が現代日本にいていいのだろうか。普通に魔王配下の四天王レベルなんですが。
顔は日本人離れしているレベルで厳めしい。たてがみにも見えるオールバックの髪型を合わせれば、まるで人化したライオンだ。年齢は不詳だが、議員としてはかなり若く見える。
一方その隣には秘書のような格好をした美女が立っていた。赤いウェーブがかったロングヘアが目を疑うようなグラマラスな身体に巻き付いて、生徒の情操教育に非常によろしくない妖艶さをたたえている。
正直この女性に比べたら、あの山城先生ですら清純派で通りそうな……いや、山城先生は清純な女性です。くわばらくわばら。
その議員様はギロリと教室内を見回すと、そのまま何事もなかったかのように廊下を移動していった。秘書の方は口元に淫靡な笑みを浮かべながら俺の方をチラチラと見ていたが、やはり同じように去っていった。
彼らが廊下から姿を消すと、教室内にいくぶんか弛緩した空気が流れた。普通の生徒もお偉いさんの視察があるとは聞いているので多少は緊張していたようだ。
青奥寺たちが俺の方に視線を送ってきたが、俺は微かに首を横に振っておいた。とんでもない人間がいきなり現れたものだが、現在のところ正体不明だからな。別にこちらからアクションを起こす必要はないだろう。
しかしさすがにこれが偶然なんてことはないよなあ。雰囲気としてはどこぞのボスが自ら偵察に来たみたいな感じだろうか。問題はその『どこぞ』がどこかってことだが……選択肢はそんなに多くはないな。さすがにここに来てまた新しい組織が登場ってこともないだろうし。
授業を終え、なにか言いたそうな青奥寺たちに「後でな」と言っておいて職員室に戻ると、内線で校長室に呼び出された。
勇者的いやな予感全開で校長室に入ると、果たしてそこには校長とともに、人化ライオン議員様と妖艶の権化みたいな秘書がソファに座っていた。
「ああ、相羽先生。久世先生が相羽先生の授業が気になるとおっしゃるので来ていただきました。少しお話を聞かせてください」
校長に促されて俺は彼らの対面に座った。「初めまして、相羽と申します」と挨拶をすると、人化ライオン……久世氏は威嚇するような笑顔を浮かべて手を差し出してきた。
俺が握り返すとお約束の握力比べ……はせずにそのまま互いに手を引っ込める。
「いや、申し訳ないね若い先生を呼びつけてしまって。ああ、はじめに言っておくが、先生の授業が気になるというのは悪い意味ではないので勘違いはしないで欲しい」
「それを聞いて安心いたしました。教員としては未熟な身ですので」
「教員としては、か。なるほど一年目という話だからそうなのだろうが、私が見て回った限りではベテランの先生と同等以上の貫禄があるように見えたが」
久世氏がちらりと秘書を見る。ミス妖艶はふふっと笑って頷いた。
「そうですねェ、わたくしもそう思いましたわぁ。相羽先生はまるで百戦錬磨のベテランのように見えましたわねェ」
なんか校長室が急にキャバク……いかがわしいお店になってしまったのかと錯覚する。秘書がそんなしゃべり方なのかよ、と突っ込みたくなるが我慢だ。
「ありがとうございます。実際は生徒の前では変なところは見せられないので虚勢を張っている感じですが」
「うむ、時と場合によっては虚勢を張ることも大切だ。私もこんな身なりではあるが内面は小心者でな。虚勢なぞ常に張っているのと変わらん」
どう見てもそうは見えないんだが……ミス妖艶も「うふふ」とか笑ってるし。
「ところで相羽先生のご出身はどちらかな。所作に隙がないところを見ると、それなりの家の出に思えるが」
「いえ、地方の平凡な家の出です。隙がないというのは多少武術を学んでいたからでしょう。そちらの方は授業よりは自信がありますので」
「なるほど、確かに身体も相当鍛えていそうだ。これで教科が国語というのも面白いな。体育の教員より運動は得意なのではないか」
「いえそれが球技は全く駄目でして。学生時代は陸上で中距離をひたすら走っていました」
「ふむ、人には得手不得手というものがあるものだな。ところで先生が一番得意なものは何かな。やはり武術か……それとも夜の運動かな?」
「うふふっ、久世先生、そういう品のないご冗談を学校でおっしゃってはいけませんわぁ」
久世氏の含みのある質問と鋭い眼光をミス妖艶がうまくごまかす。なるほど面白い人たちだな。
「残念ながら夜の運動をするには相手に不足をしていまして。もっぱら一人組手で稽古を積むだけですね」
「ふふふっ、相羽先生もそんなお上手な冗談をおっしゃってぇ。久世先生といい勝負ですわねェ」
ミス妖艶がさも楽しそうに笑う。
俺は校長の冷たい視線を頬のあたりに感じながら、その後10分ほど謎の二人と対談をした。こちらは魔力を抑えていたのだが、まああの感じだと俺が何をしているのかは知っている感じだな。
偵察に来たということは当然その後に作戦なりなんなりが実行されるということなのだろうし、こちらとしてはせいぜい警戒しておくか。
しかし宇宙人の艦隊もいつ来るか分からない状況に加えてこれとは……現代日本は『あの世界』以上に勇者使いが荒い気がするな。