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11章 謎の男来校  02

 翌日出勤すると、朝の打ち合わせで3日後に来客がある旨が教頭先生から伝えられた。


 教育委員会に関係のある議員さんが視察に来るとかで、学校の施設や授業や部活などを見学するらしい。


「普通はもっと前から予定が入るものだと思うのよねえ」


 と山城先生が愚痴をこぼしていたが、お偉いさんが見に来るとなったらさすがにこちらもそれなりの準備は必要のはずだ。


 いきなり言われても困る話ではあるが、一番頭を痛めるのは校長教頭教務主任のトップスリーだろう。下っ端はいつも通りに授業をやるだけである。


 そんなわけで今日もいつも通りの日課をこなしていたのだが、昼休みに金髪お嬢様の九神世海(せかい)が職員室の俺のところにやってきた。


「相羽先生、少々よろしいでしょうか?」


「ああ、どうした?」


 九神は最近俺に対して庶民見下し系の態度が少なくなってきた気がする。さすがに多少は関わってきて互いの関係性が定まってきたという感じだろうか。


「実は私の父が先生に一度会いたいと言っておりまして、お時間をいただければと思っておりますの」


「俺に……? それはもちろん大丈夫だが、また俺が九神の家に行く感じか?」


 担任ではなく俺に話ということは、当然学校では話しにくい内容の話題が出るはずだ。


「父の行きつけのレストランで、ということのようですわ。家だと兄がおりますし」


「あ~……、分かった。日時は?」


「急なのですが、明日の夜6時半でお願いしたいのです。その時間に迎えを送りますので」


「了解。その時間にアパートにいるようにするよ」


「ありがとうございます。よろしくお願いしますわ」


 そう言うと縦ロールを(ひるがえ)して九神は職員室を去って行った。


「相羽先生、何度も申し訳ないわねえ」


 やりとりを聞いていた山城先生が済まなそうに言う。


「いえ、かなり私的な話なので山城先生が気になさることじゃありませんよ」


「それならいいんだけど……。でも九神さんも先生にはずいぶんと砕けた感じになってるみたいね」


「え? そうなんですか?」


 確かに多少変わったとは思うんだが、でもすましたお嬢様顔はいつも通りなんだよな。


「ええ、微妙に違うのよ。彼女は家があんな感じだから、誰に対しても最初は警戒して壁を作りがちなのよね。結構相手の能力とかも厳しく見てる感じだし」


「ああ、それは感じますね。この間古文書を読んだりしたので多少は見直してもらっているのかもしれません」


「ふふ、でもそれだけじゃないんでしょう?」


 そう言って山城先生は今までにないくらい色っぽく熱っぽい、意味ありげな目を俺に向けた。


「ん~、まあそうですね……」


 しかしさすがにその意味を勘違いする勇者ではない。


 山城先生は恐らく校長から俺のことを聞いたはずで、今はそのことをほのめかしたというのはさすがに分かる。


 しかしそうか、山城先生にも俺が元勇者だと知られているのか。なんかちょっとやりづらいなあ。


「先生は青奥寺(あおうじ)さんたちと仲がいいのも、三留間(みるま)さんの面倒を見ているのも、初等部の神崎さんに懐かれているのもちゃんと理由があったのねえ」


「最後のは否定したいんですけどね」


「うふふ、最近神崎さんはしきりに先生の話を清音(きよね)にしてるみたいよ。もちろんはっきりとは名前を出してはいないみたいなんだけど、清音が言うには誰のことかはバレバレなんだって」


「え……」


 それってまさかお泊りの話じゃないよな。ボカして話してはいるみたいだが、誰のことかバレバレじゃマズいんですけど……。


「だから清音がリーララちゃんずるいとか、私もお泊りしたい、とか言ってるのよねえ。本当に困っちゃうわ」


 山城先生の言い方にも表情にも()()は感じられないのだが、そのことが逆に俺の背中を流れる冷や汗の量を増やすのであった。


 やっぱり校長に全部ゲロっておかないとダメかもしれないな。いやもう手遅れかもしれないが……。




 翌日部活を早めに切り上げ、6時半にアパート前で待っていると、白いスポーツタイプの車が目の前に停まった。


 運転席にいるのは初めて見る50前後の美形紳士だが、その目元が九神に似ているところから彼が九神世海の父上なのだとすぐに分かった。


 まさか九神家のご当主自らがスポーツカーを運転して迎えに来るのは想定外もいいところである。


 九神父は車から降りると、きちっと整えられた頭を下げた。


「初めまして、九神世海の父の九神仁真(じんま)と申します。相羽先生でよろしいでしょうか」


「はい、相羽(はしる)と申します。まさか九神さん自らが運転していらっしゃるとは思わず驚きました」


「ははは、こういう時でないとなかなか趣味の車も運転できないものでしてね。お客様を送迎するのにどうかとも思ったのですが、話のタネになるかと思いまして」


「このような車に乗るのは初めてなので、むしろこちらのほうが嬉しいですね」


「それはなによりです。さあ、乗ってください。ちょっと狭いですが」


 なかなか九神父……仁真氏は型破りな人なのかもしれないな。庶民としては型破りなお金持ちなんてちょっと(ひが)んでしまうところだが、仁真氏はぱっと見て嫌味なところがない。さすがに大企業のトップは色々と違いすぎるようだ。


 仁真氏が運転するスポーツカーは街中を抜け、一軒のレストランの駐車場に入っていった。先日の青奥寺父の賢吾氏に連れられていった料亭を超える格式がありそうな、いかにもな高級レストランである。


 ウエイターというよりギャルソンと呼びたくなる店員に案内されて入ったのは個室であった。おそらくお偉いさん御用達の秘密ががっちり守られる的な場所なのだろう。


「先生を急にお呼びだてして申し訳ありません。どうしてもすぐにお話したいことがあり、無理を言わせていただきました」


 席に着くと、仁真氏は再度頭を下げた。正直相手の地位を知っているだけに恐縮してしまう。


「いえ、九神さんがお忙しさは私の想像を絶するところだと思いますので仕方がないと思います。お気になさらないでください」


「ありがとうございます。それから世海が大変お世話になっていること、それ以外にも色々とお力添えをしていただいていることに関しましてお礼を申し上げます。それと共に藤真(とうま)が大変失礼なことをしましたことをお詫び申し上げます。お恥ずかしながら、先日までまったくそれらのことを知らず、急に世海から聞いたものでして、ご挨拶が遅れた次第です」


 あ~やっぱり九神世海は結構自分だけで動いてたか。仕方のないお嬢様だ。


「いえまあこちらも勝手にやったこともありますし、その辺りは致し方ないかと」


「先生がその辺りかなり鷹揚(おうよう)だとは世海から聞いてはいるのですが……。お礼やお詫びなどは後日改めてさせていただきます」


「分かりました。お礼については世海さんからいただいたりもしていますので、そのこともご勘案いただければと思います」


「ええ、そのようにさせていただきます。ところで先生はご自分を異世界から来たとおっしゃっているとのことで、あの本に書かれた文章も解読されたとか」


 仁真氏が言っているのは、以前九神家の古文書を読んだ件だろう。あれについては異世界語について単語の対照表を作ったりしたので本当の話だとは分かっているはずだ。


「私についてはもともとこちらの世界の人間で、一時的に異世界に行っていたという感じですね。あの本については世海さんにお伝えした通りです。興味深い内容でしたが、九神さんにとってそこまで有益な情報はなかったと思いますが」


「そうですね。世海の方でも調べさせたようですが、内容については先生がおっしゃった通りでほぼ間違いないと確定したようです。内容はともかく、九神家としても永らく謎とされてきた書物なので、それが解読されたこと自体が驚くべきことなのですよ」


「なるほど……」


 そんなやりとりをしていると、給仕がやってきて料理を一通り並べていった。コース料理なのかと思ったが、話をするのがメインなので一度に出したということだろうか。


 給仕が出ていくと、仁真氏は少し居ずまいを正した。


「ところで今日お呼びしたのは、先生とはもう少し踏み込んだお話をしたかったからなのです。端的に言えば、九神家がなにをつかさどっているのかという点と、犯罪組織……クリムゾントワイライトとの関係についてのお話をしたいのです」


「分かりました。お聞きします」


 そんなわけで食事をしながら仁真氏が語ったところによると、九神家は古くから『深淵の雫』の力を抽出する技術を継承してきた家ということであった。


 つまり青奥寺家が採取した『雫』を九神家が買い取り、その力を抽出して権力者たちに供する……という感じらしい。


 『雫』の力といっても、実際には長寿の霊薬になることを主に指すようで、古今東西そういう薬は誰もが求めるものなんだなあと溜息が出る次第であった。


「そのような薬になるのであれば確かに争奪戦が始まってもおかしくはありませんね」


 と俺が言うと、仁真氏は重々しく頷いた。


「そうです。そしてその争奪戦の相手がクリムゾントワイライト、というわけなのです」


「彼らも『雫』を薬にするのでしょうか?」


「いえ、どうやらエージェントと呼ばれる人造兵士を作るための材料として必要としているようです。先生はすでにエージェントとは何度も戦われているとか?」


「ええ。『雫』を狙いに来たところを皆ごろ……追い返している感じですね」


 俺が言葉を変えると、仁真氏は目を細めて笑った。


「ははは、そのあたりは東風原(こちはら)に聞いていますよ。とにかく底知れぬ強さとか」


 おっと、仁真氏は『白狐』の所長の東風原氏とも知り合いなのか。いやそりゃそうか、完全に守り守られる関係だもんなあ。


「さて、そこでさらに問題になるのは、先生が先日、権之内(ごんのうち)の部下である加藤がクリムゾントワイライトのエージェントである、と見破った件なのです。こちらでも密かに調べたところ非常に怪しいという感触を得ています。権之内は古くから九神家にゆかりのある家の出で、信用もしていた男なのですが……」


「クリムゾントワイライトと関係があった、と」


「はい。今のところこちらとしては気付かぬふりをしていますが、あちらが本格的に動き始めればそうも言っていられないでしょう。どうやら権之内……クリムゾントワイライトの目的は次期当主を藤真にして都合のいいように操る、ということのようですので」


「なるほど。そういえば以前九神さんの研究所で世海さんが襲われているところを助けたのですが……」


「恐らく権之内が裏で強引な手に出たのでしょう。問題なのは今後も同様のことがあった時に世海の身をどのように守るかです。あれは九神家の跡取りになるはずなので」


「お兄さんに内情を打ち明けてこちらに戻ってきてもらうわけにはいかないのですか?」


「あの様子だと今は言っても信じないでしょう。それにどちらにしろ藤真は当主の器ではありません。あれはあれで一企業の社長レベルなら優秀に振舞えるのですが、九神家の当主としては大切なものが抜けておりまして。親としても恥ずかしい限りです」


 一企業の社長なら優秀といえる人間を育てても恥ずかしい、というのもすさまじい話だ。なんで俺、こんな人とサシで話をしてるんだろう。


「すみません、脱線をいたしました。とにかく親としても九神家現当主としても世海の身の安全を確保したいのです。そこで先生にお力添えをお願いしたく、本日はお呼びした次第なのです」


「なるほど……」


 あくまでも内部のことは内部で始末をつけて、それでも不安な部分だけは俺に頼るというスタンスのようだ。九神家としても俺みたいなよく分からない人間を信じるということ自体かなり例外的なことなんだろうし、当然と言えば当然か。


「分かりました。世海さんも明蘭学園の生徒ですから、教師としては守るのが義務と考えています。私が出来得る限りでお守りいたします」


「おお、お引き受けくださってありがとうございます。いやそれは心強い。これで安心して事を進めることができます」


 俺の答えを聞いて、仁真氏は目を細めて笑った。人を惹きつけるところがある笑顔だ。さすがにグループ含めると万を超える社員のトップ、『あっちの世界』の下手な貴族より器ははるかに上だな。

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