9章 師匠強襲 03
校長との面談で懸案事項が解消され、そのあとの授業と帰りのホームルームはすっきりした気分でこなすことができた。
少し浮かれた感じで職員室に戻ってきたのだが、そこで山城先生が見覚えのない女性と話をしているのが目に入った。
見た感じ女子大生だろうか、長い黒髪をポニーテールにしたパンツスーツスタイルのアクティブ系美人のようだ。
ただその横顔にはどことなく見覚えがある……と思っていると、山城先生が俺に気付いて「あ、相羽先生」と声をかけてきた。
その声にポニーテールの女性もこちらを向くが、その時になってようやく彼女が青奥寺の母親の美花女史に似ていることに気づいた。ということは彼女が青奥寺の『師匠』なのだろうか。
「相羽先生ちょうどいいところに。こちら青納寺 雨乃さん。ウチの卒業生で、青奥寺さんの従姉妹にあたる子なの」
山城先生の紹介を受けて、『師匠』こと雨乃嬢が俺に向かって一礼した。その目はかなり強い光を発していて、青奥寺の言うように彼女が俺に対して強い感情を持っていることがわかる。
「初めまして青納寺と申します。相羽先生には美園が大変お世話になっていると聞きまして、挨拶にうかがいました」
「美園さんの担任をさせていただいている相羽です。青納寺さんのことは少しだけお話をうかがっています。わざわざお越しいただいてありがとうございます」
と当たりさわりのない挨拶を交わすが、向こうからの視線がビシバシ突き刺さってきて物理的に痛いレベルである。
「雨乃さんは美園さんの部活動の様子とかも見たいそうなので、相羽先生案内とかしていただいていいかしら?」
「分かりました。これから部活の方に行きますのでよければご一緒にどうぞ」
「是非よろしくお願いいたします。学校の武道場は久しぶりなので楽しみですね」
不敵な笑みを浮かべる雨乃嬢。青奥寺の言う通りなら、この後きっと武道場で立ち会えとか言われるんだよな。
「青納寺さんは明蘭学園にいらっしゃった時には部活動はなにを?」
「家のことがあるので部活は入ってはいませんでした。美園も同じはずなのですけどね」
「師匠にあたる方に会えていなかったそうなのでその分部活で稽古をやっているのではありませんか?」
「師匠が戻っても部活は続けてるみたいなんですよ。別の目的があるような気がするんです」
「家でできないトレーニングもやっていますからね。そのせいもあるでしょう」
「師に相談もなく新しい技術を学ぶなんて、それはそれで問題があると思いませんか?」
とちょっとチクチクした会話をしつつ、雨乃嬢を連れて武道館に行く。『総合武術同好会』の武道場に入ると、訳あり3人娘+三留間さんがいつもの通り体力トレーニングを行っていた。
俺たちが入っていくと全員がこちらを見るが、その中で青奥寺が明らかに大きなため息をついた。
「あっ、雨乃姉久しぶりっ」
双党が嬉しそうに寄ってきて雨乃嬢とハイタッチをしている。新良も礼をしているのでどうやら雨乃嬢とは面識があるようだ。
「久しぶりねかがりちゃん。でもかがりちゃんが真面目に部活をやっているとは思わなかった。どういう心境の変化?」
「そんな私がサボり魔みたいに言わなくてもいいじゃないですかあ。やる時はやるんですよ、これでも」
「ふぅん? もしかしてかがりちゃんも相羽先生に色々教わってる感じ?」
雨乃嬢が意味ありげに俺を横目で見る。
「そうですね。先生も雨乃姉なみに強い人なので、せっかくだから教わってます」
「そうなんだ。璃々緒ちゃんも同じみたいね。あの娘は?」
「あの子は中等部の子なんですけど、ちょっと事情があってやっぱり相羽先生に教わってる感じです」
三留間さんが視線に気づいてこちらに一礼をする。
「そう、美園ちゃんだけじゃなく、かがりちゃんも璃々緒ちゃんも、さらには中等部のあんなきれいな娘まで……ね」
雨乃嬢がなにかつぶやいているのだが、どうも妙なオーラが立ちのぼり始めたような……。
それに気づいたふうもなく双党が続ける。
「ところで雨乃姉はどうして学園に来たんですか? 美園に稽古をつけに来たとか?」
「それなら美園ちゃんの家の道場でやるから。今日来たのは、美園ちゃんが私以外の男に剣を教わってるって聞いたからちょっと確かめにね」
「ふぅん……。あっ、もしかして相羽先生の腕を確かめに来たみたいな感じですかっ? それ面白そう!」
双党の言葉は無責任もいいところだが、雨乃嬢が俺を見る目に妙な力がこもっているところからして正解なんだよな。やはり勇者は腕試しイベントは避けられない運命にあるようだ。
「ふふふっ、かがりちゃんは相変わらずね。それで、そういうことなんですがどうでしょうか相羽先生。美園の師として、先生の腕前を是非とも知りたいのですが」
「美園の師」のという部分をやたらと強調する雨乃嬢。
「いえ、さすがに生徒の保護者に当たるような方と学校で立ち会うというのは……」
と一応社会人的な回避行動を取ってみたが、双党が「雨乃姉って言い始めたら引かないから受けた方が早いと思いますよ」などとしたり顔で忠告(?)をしてくれた。無論直後に雨乃嬢にげんこつをもらっていたのは言うまでもない。
「美園によると先生は私よりはるかにお強いとか。であればそこまで大事にはならないと思いますが?」
そう言う雨乃嬢の様子には、背後からゴゴゴゴ……と効果音が聞こえてきそうな圧力がある。う~ん、青奥寺の師匠の座を奪った(冤罪)のはそこまでのことなのか。なんかここで立ち合いを了承しないとホントに闇討ちとかされそうだな。
「……わかりました、お受けします」
やむなくそう答えると、雨乃嬢は口の端をニイッと持ちあげて邪悪な笑みを漏らした。