9章 師匠強襲 02
昨日食べた高級料亭の料理はさすがに美味かった……などと思い出しながら午前中の授業を終え、父上公認となった青奥寺お手製弁当を職員室で食べる。
「お弁当復活したのね」とチェックの厳しい山城先生には「作ってくれる人がいまして……」とギリギリな言い訳をしてしまったが、おかげで追及はなくなったのでよしとする。
ちなみに弁当は朝俺のアパートにまとめて二つ転送されてくるのだが、よく考えるととんでもない話な気がするな。おかげで食生活は俺の人生の中でも最高によくなっているのだが……後でしっぺ返しがこないことを祈りたい。
しかし青奥寺の弁当も新良のものに負けず劣らず美味い。こっちの世界に戻ってからやっぱり現代日本が一番居心地がいいなどと感じているが、そこは食の差が大きいんだよな。いや俺の場合はかなり特殊かもしれないが。
などと考えながら弁当を食べ終わったころに、教頭先生が俺のところにやってきた。
「相羽先生、校長が呼んでいるのですぐ校長室に行ってもらえますか」
教頭は一見するといかにも中間管理職っぽい見た目の、眼鏡をかけた中年男性である。ただもちろんこの明蘭学園の裏にも通じているはずで、人の好さそうな目の中には鋭い光が見え隠れしているのがそれっぽい。
「わかりました、すぐ向かいます」
俺は答えて校長室へ向かった。
校長室では相変わらず女優みたいな雰囲気のセミロング美女、明智校長に促され応接セットに座る。
「すみません急にお呼びして。少し話が長くなるかもしれませんが、相羽先生は次の時間は空き時間ですね?」
「はいそうです」
答えると、校長は少し探るような目で俺を見る。
「お呼びしたのは、先生が顧問をしている『総合武術同好会』について少しお聞きしたかったからです」
「どのようなことでしょうか?」
「確か今、新良さんと青奥寺さん、それに双党さんの3人が主に活動をしていると聞きましたが本当でしょうか?」
「そうですね、その3人の相手をしています。それと今中等部の三留間さんが見学に来ていますが、何か問題があるでしょうか?」
「いえ、その件に関してはお話は聞いていますので問題ありません。そういった学年を越えた交流は望むところですので、大変結構なのですが……」
そこで校長は少し言葉を切った。
「その4人が、いずれも特殊な事情を持っていることは相羽先生はご存知でしょうか?」
ああ、いつかその話が来る気はしていたんだよな。
今のところ俺が知っているのは青奥寺の裏についてだけ、ということになっている。だから同好会で『訳あり3人娘+1』をまとめて面倒見ているのは、見る人間が見ればおかしいと気づくはずなのだ。
「そうですね、実はあの後色々ありまして、青奥寺さん以外の3人にも事情があることは知りました。ただ校長先生の言葉がありましたので、そういうものだと思って接しています」
「その判断は正しいと思います。しかしその4人がたまたま相羽先生の元に集まって活動する……などということがあるとは思えません。実は相羽先生自身にもなにか事情があるのではないですか?」
そう言う校長の瞳にはこちらの心を見通すような力がこもっていた。まあこの学園の校長だし、やっぱりただ者ということはないよなあ。
「この間相羽先生が保健室で不思議な力を見せたという話も保健の関森先生から聞いています。それと初等部の神崎さんにも興味を持たれているとか。それらを勘案すると、どうしても相羽先生が特殊な人間であると判断せざるをえないのです」
「そのお考えは正しいと思います。ただその……私の正体に関しては口にしても恐らく信じていただけないと思ったので、今まで話さずにおりました」
「お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ええとですね……、私はこの学校に赴任する直前に異世界の勇者をやっていまして、そのせいで色々と特殊な力が使えるんです」
「……?」
俺が正直に答えると、校長はいきなり難しいことを言われた子どもみたいな感じで首をかしげた。美女のギャップ萌え攻撃は勇者にクリティカルヒットだから困る。
「信じていただけないのは分かるのですが……その勇者の力を彼女たちに貸したりしてまして、それで自分のところに集まってきている次第です」
「……それは……その、相羽先生が勇者だと……なにか証明できるものなどがありますか?」
校長はまだなにか要領を得ない感じで聞いてくる。そういえば証拠を見せろと言ってくれるだけ今までの対応よりマシな気がするな。
「そうですね、例えばいろいろ武器を持ってまして――」
『空間魔法』から何本か剣や槍などを出してテーブルの上に置く。『空間魔法』自体ですでに驚いた顔をした校長は、武器を手に取って本物だと知ると息を飲んだ。
「あと魔法も多少使えます」
俺が手のひらから炎や氷や岩や風を出したりして見せると、校長は目を丸くしたあと手で目のあたりをおさえて黙り込んでしまった。ちょっとやりすぎたか。
「……相羽先生が非常に特殊な力を持っているということは理解しました。その力は青奥寺さんたちの仕事を手伝えるレベルのものということでいいのですね?」
「そうですね。青奥寺家のご両親とはすでに協力関係にありますので、そちらに聞いていただければ分かると思います。新良についても犯罪者逮捕を手伝ったりしてますし、双党の属する組織の長にもこの間会いしました。それから九神家ともそれなりに関係があります。神崎についても仕事を一部手伝いました」
「お待ちください。すでにそこまで関わっているのですか?」
「はい。行きがかり上仕方なくというところもありますが」
これでもかなり浅い部分しか話してないんだよな。宇宙人の軍隊が攻めてきたので皆殺しにしましたとか言ったらさすがの校長も倒れそうだ。
校長はまたしばらく考え込んでから、再度口を開いた。
「履歴を見た限り相羽先生がそこまで特殊な人間だとは思えなかったのですが、偽装されていたということですか?」
「いえ、提出した履歴書に嘘はありません。この力を得たのはこの学校に赴任する直前のことなんです。それ以前の自分は完全に一般人でした」
「……どうも私の理解が及ばないお話のようです。しかしそれが本当なら、相羽先生がこの学園を選んだのも単なる偶然だというのでしょうか?」
「はい。自分がこの学園の採用試験を受けたのは完全に偶然です。なにしろその時にはまだ一般人でしたので」
校長は俺の言葉を聞くとふう~っと長い息を吐いて、ソファに背を預けた。
「私もこの学園の校長としていろいろと常識外の生徒には触れてきましたし、私自身も多少は人に見せられない部分もある人間ですが……相羽先生をどのように理解していいかは非常に迷います。彼女たち全員と関われる能力がある人間が、まったくの偶然でこの学園に赴任して、そして彼女たちに関わってくる。さすがにそれをそもまま信じることは難しいと言わざるをえません」
「おっしゃる通りだと思います」
「ですが……実はすでに青奥寺家からも九神家からも、相羽先生とは協力関係にあるという連絡はいただいているのです。ですので先生を今のところどうこうするという話にもなりません。ただそうですね……今後特殊な活動をした際には、事後で構いませんので報告をいただきたいと思います。もちろん口頭で構いません。先生の業務はこれ以上増やせませんからね」
「ありがとうございます。ただ活動の内容を先方に口止めされた場合はどうしたらよろしいでしょうか?」
「その部分だけ伏せて可能なところだけ報告してください。ああそれと大切なことを聞いていませんでした。相羽先生の行動原理がどのようなものかお教えいただけますか」
「行動原理ですか……。さきほど言いましたように自分は元勇者で現教員ですから、勇者として教員として必要と思ったことをする……という感じでしょうか。正義の味方を気取るつもりは全くありませんし、この力を濫用するつもりもありません」
俺がそう答えると、校長はいくぶん表情をやわらげたように見えた。
「ありがとうございます。私としては先生には今後も明蘭学園の教員として職務を遂行してくれることを期待します」
どうやらひとまずは御納得いただけたのだろうか。なにかあれば報告するということだからその都度色々探られることもあるだろう。
自分としてはとりあえず教員はやめないで済みそうなので一安心である。それくらいには今の生活が気に入ってしまっているからな。