9章 師匠強襲 01
『総合武術同好会』の活動に三留間さんが加わってから5日後、訳あり3人娘にはまだ『魔力吸収トレーニング』の成果は現れていない。
今日も座禅を組んで俺の魔力を口から取り入れているのだが、彼女たちの体内に『魔力発生器官』ができるのはもう少し先のようだ。『魔力発生器官』ができてしまえば自分の魔力を再吸入することで自己トレーニングも可能になるので早くその段階まではいってもらいたい。
一方で三留間さんは魔力の量も順調に増え、魔力を生命力に変換する方法も問題なく身につけることができた。これで『癒しの力』を使っても急激な体調不良に見舞われることは減るだろう。
問題は『癒しの力』の能力が上がることで彼女の知名度が上がってしまうのではないかということだが、さすがに俺が口を出せる話でもない。本人は頼まれたら断れないだろうから、そこは彼女の両親がどう考えるかということになる。知名度が高くなったほうが安全ということもなくはないので悩みどころだろう。
魔力トレーニングが終わるとその日の同好会活動は終わりとなる。いつもならそのまま4人一緒に帰っていくのだが、今日は着替えると青奥寺が俺のところにやってきた。
「すみません先生、この場で少しだけお話が」
「なんだ?」
青奥寺は少しだけ言いづらそうに目を伏せてから、俺を見上げた。
「以前から私に『師匠』がいるというお話をしていたと思うのですが、その『師匠』が先生に興味を持ったらしくて近いうちに会いに来るかと思うんです」
「へえ。それは構わないけど、学校に来るってことか?」
「そうですね。たぶん先生のお家に行くほど非常識ではない人だと思いますが、ただちょっと勘違いをしてしまったらしくて……」
いやなんかちょっと言い回しが微妙に気になるんですが……。
「勘違いっていうのは?」
「それが……なんと言ったらいいか……、どうも『師匠』の座を先生に奪われてしまったみたいに思ってしまったらしくて……」
「あ~そういう……」
なるほど言われてみれば向こうから見たらそう思えるかもしれないなあ。青奥寺はその『師匠』にはずっと会えていなかったみたいだし、久しぶりに会った弟子がいきなり強くなっていたり新しい刀を持っていたりしたら怪しむのも当然だろう。
「もしかして俺と立ち会うみたいな話になったりするのか?」
「……すみません、たぶんそんな話になると思います。少し変わった人なので……」
「いきなり襲ってくるとかじゃなければ構わないよ。一度きちんとお話はしたほうがいいだろうしね。俺も青奥寺家の剣術には興味もあるし」
「ありがとうございます。くれぐれもいきなり斬りかからないように言っておきますので」
えっホントになんか怖いこと言ってませんかね。ほっとくと斬りかかってくる人なの?
俺が戸惑っているうちに青奥寺は一礼して、他の3人と武道場を出て行ってしまった。
その日は6時過ぎには仕事を上がって、俺は駅そばの繁華街の方に向かった。
数日前に連絡があって、今日はとある人物とサシで飲むことになっていたのだ。個人的な飲み会みたいのは学生以来なので少し楽しみ……と言いたいところだが、正直今日の相手はちょっと怖いところがある。
指定された高級そうな料亭の前にほぼ時間通りに到着すると、すでにその相手は店の前で待っていた。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、時間通りですよ。申し訳ありません、お忙しいところをお呼びだてしてしまって」
そう言って軽く礼をするのは、一分の隙もないエリートサラリーマン、極めて目つきの悪いイケメン紳士にして青奥寺の父上、青奥寺健吾氏であった。
個室に案内されて向かい合って席につくと、賢吾氏は中居さんに給仕を始めるよう頼んだ。こんな高級料亭は来たことがないので決まったコースで料理が出てくるのはありがたい。
「このような店は初めてなので緊張してしまいますね。青奥寺さんはよくいらっしゃるのですか?」
「はは、まさか。このレベルの店はそうそう来られませんよ。自分も最初は上司に連れられて腰を抜かしたクチです」
そう言って互いに食前酒に軽く口をつける。もうこの時点で飲んだことがないくらいいい酒なんだよなあ。
「しかし先生には本当に美園が何度もお世話になって。正直娘から話を聞くたびに私も美花も申し訳なく思うばかりです」
美花女史は青奥寺の母上だ。
「それについては私が担任であるのと……勇者をやっていた身としては見過ごせないというのもあってやっていることですから。気になさることではありません、としか言いようがありません」
「そうおっしゃるが、正直なところ先生のなさっていることはとてもそれだけで片づけることができるものではありませんよ。ここのところの『深淵獣』の出現数からいっても先生がいらっしゃらなければどうなっていたか……」
さすがにそこは多少話しづらそうにする賢吾氏。裏で九神家が関わっていた話だし、少しセンシティブな話題ではある。
「今後はそれも減るでしょうし、今まで通りになるんじゃありませんか? 美園さんも『師匠』が戻られたと言っていましたし」
「そうですね。『覇鐘』が戻りましたので、いざとなれば美花も出られるようになりましたし……」
と言葉を区切ってから、健吾氏は居ずまいを正した。
「実は今日お呼びだてしたのも実はその件なんです。どうも美園に大層な刀を預けていただいたようで、私も美花も、そして雨乃……というのが美園の師にあたるのですが、彼女も驚いています」
「その件に関しては勝手なことをしたと思っています。ただどうしても彼女が今後戦うのに必要だと思いましたのでお渡しした次第です」
「ええ、それはもちろん分かっているのですが……なにぶん我々一族も見たことのない強力な刀ですのでさすがにそのままとはいきませんでした」
「彼女が使うのに問題があると?」
「いえ、そうではありません。もちろんあの刀は美園に使わせます。ただやはり、あまりに高価なものなので……」
「美園さんも言っていましたがそれほどのものなんでしょうか? 日本刀としてはインチキ品なので価値はないと思うんですが」
「いやいや、あれほどの力を持った刀、『深淵獣』と戦う人間からしたらのどから手が出るほど欲しいものです。しかもその中には九神家も含まれますからね、値段をつけたら下手をすると億を超えます」
うえ、確かに青奥寺も似たようなことを言ってたが、そうか九神家も欲しがるのか。青奥寺が九神世海に自慢しなきゃいいんだが。後で釘刺しとこ。
「そうですか。しかしまあ自分が持ってても使わないものですからね。刀としても使ってもらった方が嬉しいでしょう」
俺がそんなことを言うと、賢吾氏は少し呆れたような、不思議そうな顔をした。
「先生は本当に勇者のような方ですね。世俗の富などにはまったく興味がないように見えます」
「そんな大層なものではありませんよ。ここだけの話、たぶん売ったら数百億数千億に行くほど大量の宝石とかも持っていますが、そんなの日本じゃ下手に売りだせませんしね。まあ生活に困ったら売るかもしれませんが、今のところ給料も悪くないので」
「ふうむ……ちなみにその宝石などを見せていただくことはできますか?」
「いいですよ」
『空間魔法』から指輪やネックレスをいくつか取り出して賢吾氏に渡す。彼はそれらをあれこれ調べてからふうと溜息をもらした。
「これは確かに下手に表には出せませんね。この手の美術品はバックボーンがないと基本的には値はつきにくいのですが、これは誰が見てもうなるレベルの逸品です。しかしこれを市場に出したら間違いなく出所を探る者がでてくるでしょう。色々と後ろ暗い所もある世界ですので」
賢吾氏は総合商社の幹部と聞いていたんだが、どうも色々な世界に精通している人のようだ。訳ありの青奥寺家に婿に入るだけのことはあるということだろうか。
「ただそうですね……いくつかは先生に迷惑がかからないようにお金に変えることもできます。税金の方もつつかれないように処理できます。美園の刀のかわりといってはなんですが、お礼にそれくらいはさせてもらえませんか?」
ええ、それってすごく心が動く話だなあ。奨学金もさっさと返済したいし、勇者といえどやはり先立つものは必要だよな。
「もしお願いできるならぜひ……」
「わかりました、お任せください」
そう言う健吾氏は目つきの悪さもあって悪徳商人みたいだ。高級料亭内でやりとりしてることもあってなんか急に悪代官と越後屋の会話みたいになってきたな。
さてそんな感じで刀の件は一件落着といった感じになったのだが、そこで健吾氏の目つきが急に厳しくなった。
「ところでもう一つお聞きしたいのですが、どうも美園が誰かに弁当を作り始めたようなのです。先生はその理由をご存知ありませんか?」
「ご存じありませんか」と聞いているが、どう見てもすべて分かっている顔である。まあそうだよな、賢吾氏に呼び出された時点でこの話題がでるのは覚悟はしていた。していたんだけどどうにも言い逃れ不可能なんだよなあ。
「あ~それは美園さんが自分でもお礼をしたいという話でして、私としても悩んだのですが……」
「悩んだ結果お受けになったと?」
「ええまあそういうことになりますね。もちろんよくないこととは重々承知はしているのですが、美園さんに押し切られてしまい……」
「なるほど、確かに美園のほうから申し出たようですね。しかし先生、まさかただのお礼で女の子が弁当など作ると思いますか?」
「いえそれは……自分の場合かなり特殊な状況だと思いますので、そういうこともあるかと……」
俺がしどろもどろになりつつもなんとか言い訳をしていると、健吾氏ははあ、と呆れたように息を吐いた。
「先生は美園が言うように、そういうことには疎くていらっしゃるようですね。それらならそれで父親としてはありがたいのですが……」
「はあ……?」
よく分からないが納得してもらったということだろうか。それとももう一押しなにか袖の下があった方がいいか……?
「申し訳ありません、ご心労をおかけしてしまったようで。お詫びにこの間お見せしたような西洋の剣を一振りお譲りするというのはどうでしょうか……?」
「なんですと!?」
いきなり声を荒げる健吾氏。あ、さすがに買収工作はまずったか?
と思ったら、健吾氏は鋭い目を少年のようにキラキラさせはじめた。
「それは是非ともお願いしたい! ところで先生はあのような剣も数多くお持ちなのですか? もしそうならいろいろと見せていただきたいのです。家だと刀派が優勢なものでして、家に先生をお呼びしても見せてもらうことは難しいんですよ。実は子どものころからああいう武器に憧れていましてね。模造品などを買ったりもしたのですが、この間見せていただいたものは比べ物にもならないほど素晴らしいもので――」
やっぱり男はいくつになっても趣味のものには目がないものなんだなあ。
まあこれで密かに気になっていたことが解決したし、ファンタジー刀剣愛好の同志も得られたのでよしとしよう。