8章 → 9章
―― 「九神建設」 社長室
「例の男についてはなにか分かったのか、権之内?」
「一通りは。しかしあの力を裏付けるような情報はなにもありませんでした。詳細はこちらになりますが、完全に一般の人間です」
「そんなはずがあるか……と言いたいところだが、お前の手のものが調べて出てこないなら確かに履歴上は一般人なのだろうな。一体何者だ……」
「分かっているのは世海お嬢様が通う学園の教員ということ、そして今のところそれ以上のつながりはなさそうだということのみです」
「わざわざ家に呼ぶくらいなのにか?」
「はい、あれは恐らく、例の男が自分の陣営の人間だと思わせるためにお嬢様が仕掛けたものと思われます。どうやら例の男はむしろ青奥寺家の方に肩入れをしているようなところがあるようです。青奥寺美園の担任教師だという話ですので」
「ほう……、とすると、青奥寺をつつかなければ出てくる可能性は低いということか?」
「そう考えるのが妥当かと思います」
「なるほどな。ところで『加藤』の方は完全に回復したのか?」
「はい。『加藤』に近い者も新たに育ちましたので、若の新たな計画も進められるかと」
「そうか。今まで『深淵獣』を狩れるのが青奥寺だけというのがネックだったが、『加藤』がいれば青奥寺に頼る必要もなくなる。九神だけで『雫』の生産が可能になる……というのは九神にとって非常に大きな話だな」
「はい、間違いなく。ご当主様も若の存在を無視できなくなるでしょう」
「それならいいのだがな。策略ごっこを楽しんでいる世海と九神の未来を考える俺……どちらがより跡取りにふさわしいか。我が親には正当な判断を下すくらいの能は期待したいものだ」
―― 青奥寺家 武道場
歴史を感じさせながらも手入れの行き届いた武道場の中央で、2人の人間が木刀を手に向かい合っていた。
どちらも女性だ。一人は目つきの鋭い少女、そしてもう一人も見目麗しい妙齢の女性である。
両の額に珠の汗が浮かんでいるところから、2人が今まで激しい立ち合いをしていたのだということが分かる。
互いに正眼に構えていた2人はどちらともなく同時に切っ先を下げると、木刀を脇へと納めて一礼した。
頭を上げた少女の顔が満足そうなのは先の立ち合いに満足をしたからだろう。
一方の女性は美しい頬をぷうと膨らませて不満を露わにしていた。
「ちょっと美園ちゃん、私が目を離した隙にこんなに強くなってるってどういうこと?」
「ふふっ、私も師匠相手にこんなに戦えるようになってるなんて思いませんでした」
「なにその余裕の笑みは。どんな秘密があるのか師匠に教えなさい」
「秘密なんてありません。ひとりでずっと鍛錬を続けた成果です」
「生意気なことを言うのはこの口か~。美園ちゃんは嘘がつけない子なんだから正直に話しなさい。いったい何があったの」
「いひゃいれすからひひょう~。もうっ、子どもじゃないんですから頬をつねるのはやめてください。お話しませんよ」
「今のは美園ちゃんが悪いんだからしょうがないの。で、どんな秘密があるの?」
「ん~、秘密というか、単にある人に部活動で剣を教わってるっていうだけなんですけど。あと何度か一緒に深淵獣を倒したりして経験を積ませてもらった感じですね」
「部活動? ってもしかして、ちょっと前に言ってた乙を一撃で倒しちゃう先生に教わってるってこと?」
「あ、覚えているんですね。そうです、相羽先生っていう担任の先生です。強いだけじゃなくて教えるのも上手なんです」
「……それで?」
「学校の武道場で立ち合いをしているんですけど、今のところ手も足もでないんです。大人と子ども以上に差があるみたいで、簡単にあしらわれてしまいますね」
「ふうん」
「『疾歩』も使える人で、とにかく底が見えなくて……。でも色々助けてもらっていて、この間は刀までもらってしまいました。そうそう、私一人でも乙が倒せるようになったんですよ」
「……」
「あ、それと今はちょっと別の力の使い方みたいなのも教わってます。なんかその力を使うと身体能力を引き上げることができるらしくて……あれ、師匠どうしたんですか?」
「……られた」
「えっ?」
「……取られた」
「はい?」
「美園ちゃんを寝取られた……!」
「ちょっ、師匠、何を言ってるんですか?」
「教員という立場を利用する最低男に、可愛い美園ちゃんを寝取られた!」
「師匠、意味が分かりません! 誰も寝取られたりしてませんから! 変なことを言うのはやめてください!」
「おのれ許すまじ相羽某! この報いは我が剣にて与えてくれようぞ! 美園ちゃん、その男をすぐにここに呼んで!」
「そんなことできませんから! 落ち着いてください、相羽先生はそんな人じゃありませんし、それに多分師匠でも勝てない相手です……って、そこでやる気ださないでください。今のは言葉のあやですからっ!」