8章 魔力トレーニング 01
「あら、相羽先生どうしたのかしら? 溜息が深いみたいだけど」
相変わらず距離感不明の妖艶系美女、山城先生が俺の顔を覗き込みながらそんなことを言ってきた。
いやちょっといい匂いがするんですけど……『魅了』スキルとか使ってますよね山城先生。女淫魔の『魅了』も跳ね返す勇者だから大丈夫ですけどね。
「少し色々なことが立て込んでまして……個人的なことなので大丈夫です」
「そう? 個人的なことでも先生が悩んでたりすると女子は敏感に察知したりするから気を付けたほうがいいかもしれないわ。あ、でも心配してもらったほうが先生としてはいいのかしら?」
「いやさすがに生徒に心配されるのはちょっと……。悩みと言うよりただ単に面倒くさいだけなので気にしないでください」
「ふふっ、若いと大変ねえ」
なんかちょっと勘違いされてる気もするがまあそこはいいだろう。山城先生はしゃなりしゃなりと歩いて自分の椅子に戻っていった。
いやしかし、教師になってから色々あったが、ここ一週間は特に気になることが立て続けに起こった気がする。
あのクソガ……リーララの件もそうだが、九神家にクリムゾントワイライトの手が入っていると知ったこと、そして双党の背後の機関『白狐』と接触をもったこと、それと『聖女さん』……はいいか。彼女自体は面倒なことはないしな。
とにかく問題は九神家とクリムゾントワイライトと『白狐』が絡むところだ。悩みどころとしては「勇者としてどこまで手を出すか」いうことだが、本音を言えばトラブルはまず当事者同士でなんとかしてもらいたい。
『あの世界』で活動して思ったのだが、『勇者の力』というのは社会にとっては劇薬に近い。何でも解決できるスーパーマンという存在はとんでもない費用対効果を持つが、それだけに頼り切ってしまうと社会制度そのものが崩壊しかねないのだ。実際俺を召喚した王国は、俺の力に頼り切って軍部が腐敗しまくっていた。
「まあとりあえず必要な情報は教えてやるか。約束もしたしな」
4時間目の予鈴が鳴る。俺は授業の用意を手に教室へと向かった。
昼休み、俺は金髪縦ロールお嬢様こと九神世海を『生活相談室』に呼びだした。一緒に廊下を歩いていたら黒髪ロング少女が睨んでいたが……ただ見てただけかもしれない。青奥寺の目つきは嫌いじゃないんだが慣れるまではまだ時間がかかりそうだ。
「この間のお話の続きを教えていただけるということですのね?」
九神は椅子に座りながらそう言った。庶民を見下す的視線はちょっと減った気がする。
「ああ、あの『加藤』という男のことだ。本来なら九神の両親にも直接話をしたいんだが……」
「両親は2週間は帰ってきませんわ。ですので私が承って知らせておきます」
「そうか。情報としてはかなり重大なものだから覚悟してくれ。『加藤』はクリムゾントワイライトの人造兵士だ」
「は……?」
俺の言い方がちょっと軽かったのか、九神はお嬢様にあるまじきポカンとした顔になった。
少ししてキッとお嬢様フェイスに戻ると、九神は眉を寄せて疑わしそうな顔をした。
「どうしてそのようなことがお分かりになりますの?」
「対象の情報を覗ける能力を持ってるからだ。物限定だけどな」
「サイコメトリーとか、そういう能力を先生はお持ちだと?」
「あ~、サイコメトリーね……」
『サイコメトリー』というのは、確かそのモノの持つ記憶を読み取るとかそんな能力だったはずだ。
「それに近いかもな。俺は触らなくても見られるけど」
「その能力があると証明できますの?」
「そうだな……例えば九神は今見えないようにネックレスを着けてるな?」
指摘すると、九神は少し驚いたように首元をおさえた。
「ええ……確かにしています」
「そのネックレスは10歳の誕生日に両親から贈られたものだ。飾りの裏には九神と両親の名前が刻まれてる。永久に健やかに、か、いいご両親だな」
『アナライズ』の情報を読み上げてやると九神の顔色が徐々に変わっていく。おっとやりすぎたか。
「っとすまん、プライバシーを覗いてしまったが許してくれ。こうでもしないと信じられないだろ?」
「え、ええ……、疑ったのは私ですから許しますけれど……。その能力で『加藤』を調べたと言うことですのね」
「そうだ。エージェントタイプ3だそうだ。普通の奴がタイプ1だから結構強い型なのかもしれないな」
「それが本当なら……いえ本当なのでしょうけど、九神家にとっては重大な意味を持ちます。急ぎ対策をしなければなりませんわ」
「余計な事かもしれないが急に動きすぎないようにな。今まで大人しくてたってことは、隠していることに意味があるということのはずだ。そこをいきなりつつくと暴発しかねないぞ」
「ありがとうございます。注意いたしますわ。お話は以上ですの?」
「ああ」
「では失礼いたします。早退の許可をいただかなくてはなりませんので。それと情報の真偽が確認でき次第、お礼のほうはお渡しいたします」
一礼して九神は『生活相談室』を出て行った。彼女もまだ学生なのに難儀なことだ。せいぜい行き詰まった時には力は貸してあげよう。勇者パワーで殴るしかできないが。
放課後は久々の部活動指導だ。柔道剣道合気道を一通り見回って相手ができそうなところは少しだけ相手をしてやる。
普段は青奥寺たちを中心に見ることになってしまうが、不公平感がでるのはやはり問題がある。彼女たちも俺に気兼ねがなくなってきたのか色々と注文を付けてくるようになってきたし。ただ剣道はともかく柔道の組手は勘弁してほしいんだよな。彼女ら的に俺が男の範疇に入ってないってのは分かるんだが。
そんなわけで一通り回ってから『総合武術同好会』の道場に顔を出すと、いつもの三人娘以外にもう一人生徒がいた。
「三留間さん、どうしてここに?」
そこにいたのは銀髪ロングの中等部女子、『聖女さん』こと『三留間 とねり』だった。ジャージ姿で三人娘と一緒に運動をしていたようだ。汗で頬に銀髪が貼りついている。
「急にお邪魔して申し訳ありません。その……先日先生に訓練をした方がいいと言われたのですが、どのような訓練をすればいいのか分からず、ぜひ教えていただきたいと思って参りました」
「あ~、その話か……」
なるほど確かにそんなことを言ったな。
彼女が持つ『治癒』スキルは体力を使うので、当然体力をつけるのが基本である。見た感じ普段から運動をしているようには見えない細さなのでなおさら彼女には必要だろう。
「普通に体力トレーニングをすればいいんだけど……ああそうか……」
しかし彼女の場合魔力もまとっているので、その魔力を生命力に変換できれば消耗は抑えられるだろう。ただその訓練が『この世界』でできるのかは未知数である。まあやってみてもいいか。その訓練はひたすら座ってるだけだし。
「分かった、『総合武術同好会』の未来の会員ということで面倒を見よう。ただ担任の先生には許可を取っておいてくれ」
「はいっ、よろしくお願いします!」
なんか昨日までと違ってちょっと押しが強くなってないかな三留間さん。本来はもっと明るい感じの生徒なのかもしれないな。
ふと見ると三人娘が「やっぱり」みたいな顔をして半目に開いた眼を俺に向けている。
俺は一際冷たい目の青奥寺に聞いてみた。
「皆は彼女のことは知っているんだよな?」
「はい、さっきいろいろお話をしたのでだいたいの事情は分かっています。先生が教えるべきだとは思います。先生から教わった体力トレーニングを軽くしてやってもらいましたが問題ないでしょうか?」
「ああ、それはありがたい。彼女の体力に合わせてやらせてやってくれ。俺は違う方の指導を主にやろう」
「違う方とは?」
「ん~、なんていうかな、魔力の扱い方って奴だな。人間がまとってる目に見えない力を操作するためのトレーニングだ」
そう言うと、新良が目を鋭くして聞いてきた。
「なぜ私たちには教えてもらえないのですか?」
「はっきり言ってしまえば3人は魔力をほとんど持ってないんだ。だからそれを扱ってもほとんど意味はないと思う」
「その魔力を増やすトレーニングはないのですか?」
「ん? ああ、ないことはないな。俺もやったし。ただ時間がすごくかかるうえに、身につけられる保証もないが」
そこで双党が身体ごと口を挟んでくる。
「じゃあそのトレーニングを教えてくださいっ! やらないうちからできないなんて、先生が言うべきじゃないと思いますっ」
む、確かに正論だ。まさか双党に教育論で負けるとは……というのは失礼だな。
「すまん、確かにその通りだな。じゃあ今日は全員魔力を増やすトレーニングをやる。ただ本当に効果が出るかどうかは保証はないし……三留間さん以外はかなり痛い思いをするからな?」
「あっ、じゃあ私はいいですぅ」
慌てて逃げようとした双党が、青奥寺と新良に両脇からがっちりかかえられて浮き上がる。三留間さんはそれを見て目を丸くし、そしてクスクスと笑い始めた。