7章 聖女さん 04
双党が送ってきた地点まで行くと、そこは工業団地の端で、なんの特徴もない3階建ての建物が建っているだけだった。建物自体は学校の校舎くらいはあるので小さな建物ではない。
上空から見るとその建物の屋上で誰かがライトを振っている。双党だろうと思って屋上に着地すると、駆け寄ってきたのはやはり小柄な小動物系女子だった。
双党は申し訳なさそうな顔でペコリと頭を下げた。
「先生すみません。またご迷惑をおかけします」
「迷惑かどうかはこれから決まる感じだな。とりあえず三留間さんのところまで案内してくれ」
「はいっ。こっちです」
先導する双党はブレザーではなく黒い戦闘服を着ている。ということは彼女は今は『謎の機関員』として活動しているはずだ。とすると、『聖女さん』も同じ機関の構成員ということなのだろうか?
建物内に入り、2階の廊下に下りてとある一室に入った。部屋の中にはソファとテーブルがあり、どうやら応接室かなにかのようだ。
そのソファに銀髪美少女が横になっていた。顔色が悪く、呼吸も荒い。保健室にいた時と同じくらい体調が悪そうだ。
「三留間さん、もう大丈夫だからね」
「あ……相羽先生、すみません……。言いつけを守れず……」
「とりあえずそれはいいから。少しお腹を触るよ」
俺は彼女のへそあたりに手をあて生命力をゆっくりと送り込む。ちなみに触れた方が細かい制御ができるので今回は触っているだけである。断じて他意はない。
「ん……うぅ……はぁ……」
「先生、大丈夫なんですか?」
双党が聞いてきたのは三留間さんの声が苦しそうに聞こえたからだろう。
「ああ、今生命力を送っているんだが、重症の人間にやると結構熱い感じがするらしいんだ。問題はないから大丈夫」
10分ほどかけて生命力を送り続けると三留間さんの呼吸がだいぶ安定してきた。さらに5分ほど回復を続けるとすぅすぅと寝息をたて始める。確かにかなり消耗をしていたみたいだな。
俺は空間魔法から毛布を出してかけてやる。空間魔法内はもはや何でもアリの倉庫と化しているので大抵のものは入っていたりする。ただし『あの世界』製のものがほとんどだが。
「これでひと眠りすれば回復はするだろう。さて、事情の方はきちんと説明はしてもらえるんだよな?」
俺が向き直ると、双党は困ったような顔をしてえへへと笑った。
「その、それについては私から話すことができないんです。ウチの機関の上司がどう考えるかなので聞いてきますね」
と、双党が立ち上がろうとしたところでドアがノックされた。
入ってきたのは眼鏡をかけた30前後の長身痩躯の男だった。黒髪をきちっとセットした、デキるオーラ漂うイケメンである。
「貴方が双党の言っていた『相羽先生』か。初にお目にかかる。特務機関『白狐』の長をしている東風原と言う。今回の件については私から説明をしよう。こちらへ来てくれ」
「先生、ちなみに『白い狐』で『白狐』です。白い虎のほうじゃないので間違えないでくださいね」
そこはどうでもいいんじゃないかなと思ったが、東風原氏も「うむ」と言っているから彼ら的には大切なことらしい。
まあなんにせよようやく双党の背後の『機関』とやらのお出ましのようだ。面倒な話になるのは確定な気もするが……まあ興味がないわけでもないからな。前向きに考えて付き合うことにしよう。
東風原氏の後について、双党と共に『所長室』と表示のある部屋に入る。
そこは飾り気のない校長室みたいな部屋であった。大きめのデスクと応接セット、そしてスチール製のキャビネットがあるだけだ。
「かけてくれ」と言われて応接セットに座ると、所長自らペットボトルのお茶を3本持ってくる。
彼は俺の正面に座ると、「さて、どこから話をしたものかな」と言って俺に視線を向けた。
「まずは先ほどの三留間との関係から説明をお願いできますか」
「ふむ。最初に断っておかねばならないのは、別に彼女は我々の機関員などではないということだ。今回は純粋に彼女の能力が必要で、依頼してここに来てもらっている。無論彼女の両親にも了解は得ているし、相応の礼もする。そういう関係だ」
「なるほど。では『白狐』とはどのような機関なのですか」
「双党からも聞いていると思うが、我々はクリムゾントワイライトという謎の組織に対抗するための機関だ。表向きは民間の警備会社のような立ち位置にある。ただし独自に情報を収集し、警備が必要な場所に機関員を送りこむという形を取っているので、会社と言うよりボランティア組織に近い」
「民間ということは国とは関係がないのですか?」
「関係ないと言っても信じられまい? 無論関係はあるが、そこは話すことはできん。ただ知ってもらいたいのは、政府にもクリムゾントワイライトの息がかかったものがいるということだ。これは日本だけでなく世界各国で同様のことが言えるのだがな」
「国の機関だとそういう連中の横槍が入るから民間の独立機関という体でいる、ということですか」
「そういうことだ。なるほど鋭いな」
東風原氏の眼鏡がキラリと光る。
いやなんかいきなり知られざるお国の闇、みたいな話がでてきて一教員としてはビックリである。もっとビックリなのはそんなのに自分のクラスの生徒が関わっていることだが。
俺が横目で見ると、双党は「?」みたいな顔で首をかしげた。ホントに見た目ただの小動物なんだよなあ。
「さきほどボランティア組織に近い、というお話をされていましたが、当然バックにはスポンサーがいるわけですよね? それが国ということですか?」
「実はそれが今回三留間嬢を招いた話とつながるのだが……」
東風原氏が言い淀んだのは、それが『白狐』としては高レベルの機密事項だからだろう。
「スポンサーは当然いるが、残念ながらそこも話すことはできん。ただ今回、そのスポンサーが『クリムゾントワイライト』に襲われてな。重傷を負ったのでその回復のために三留間嬢に依頼をしたわけだ」
「普通の医療機関では間に合わない怪我だったのですか?」
「そうだ。彼女がいなければ間違いなく亡くなっていただろう。それだけは当機関としては避けたかった。代わりに彼女を危険な状態に陥らせてしまったがな」
平静を装いつつも微妙に渋い顔をしているので、罪悪感は確かにあるようだ。それがなかったら嫌味の一つも言っていたかもしれない。
「君が彼女を回復できて助かった。色々とな」
東風原氏はそう言って、眼鏡の端を指先で持ち上げた。その目がレンズの奥で鋭さを増す。
向こうとしても俺に事情を話して終わりってことはないよな。
「ところで不躾だが、君のことを少し聞かせてもらってもいいかね? 双党には聞いているのだが、どうも要領を得ないというか、信じられない報告が多くてね。もちろん今まで助けてもらった分の礼はさせてもらうつもりだ」
「う~ん、双党に言った通りなんですが、私は異世界で長いこと勇者をやってまして。剣と魔法の腕なら大抵のものには勝てるかなという感じですね。空も飛べますし回復もできます」
いつもの通り正直に包み隠さず言うと、東風原氏は一瞬だけポカンとした顔をして、慌ててイケメン顔に戻った。
「……ふむ、やはりそういうことを言うのだな。しかし不思議だ。私はこれでも嘘を見破る訓練は受けているのだがね、君には嘘をついている兆候がまるでない」
「嘘ではありませんから。むしろ空を飛んで宇宙人や化物と戦える人間として、どう言えば納得してもらえるのか教えてもらいたいくらいですよ」
「いや、まあ、確かに言わんとするところは分かるのだが……。我々も一般的な常識の外にある組織なのだが、君はことさらに常識の外にある存在のようだな。確かに深淵獣や銀河連邦などという存在を考えれば、異世界の勇者がいてもおかしくはないのかもしれん」
おっと、まさかこんなところで理解者一号誕生か?
横で双党が「え~正気ですかぁ?」とか言ったので頭を小突いてやる。
その時不意に、ドン! という破壊音とともに建物全体が震動した。まさか双党の頭を強くたたきすぎた……わけはないよな。