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7章 聖女さん  02

 翌日もテストであった。


 帰りのホームルームの後に青奥寺に昨日の礼を言い、いったん職員室に戻って下校指導に出かけようとすると、俺に内線電話がかってきた。


「はい代わりました相羽です」


「あっ、相羽先生。白根です。すみません、お時間があったら保健室まで来てもらえませんか?」


 電話をかけて来たのは同期の白根先生だった。中等部の先生なので高等部の俺に業務連絡をしてくることは基本的にあり得ないはずなんだが。


「急ぎですか?」


「できれば今来ていただけると助かります。生徒が倒れちゃって……」


 生徒が倒れて俺を呼ぶということは、例の『おまじない』が必要ということだろうか?


 あまり広められるのも困るのだが、彼女もそこまで軽率な人ではないだろう。とすれば確かに急ぎなのかもしれない。


「分かりました、今行きます」


 俺は山城先生に断ってから保健室へと向かった。




 明蘭学園の保健室は初等部から高等部まで共通である。


 エレベーター式に進学する生徒が多く、一貫して面倒をみた方が体調管理(精神面含む)をしやすいということらしい。


 もちろんその分保健室は広く、養護の先生も3人いて分業体制をとっているようだ。


「失礼します」


 俺が入っていくと、奥の方のテーブル席に座っていた白根先生が立ち上がり頭を思いっきり下げた。頭をちょっとテーブルにぶつけた気がするが見なかったことにしておこう。


 その対面には養護の先生が座っている。長い髪を後ろで束ねた、白衣を着た天才外科医みたいな雰囲気の女性だ。前髪で片目が隠れているのでなおさらそのイメージが強い。


 関森先生というのだが、こうしてきちんと顔を合わせるのは初任者の研修の時以来だったりする。ウチのクラスの生徒ってほとんど保健室使わないんだよな。


 俺がテーブルのところまで行くと、白根先生が申し訳なさそうな顔をした。


「すみません相羽先生、急に呼び出してしまって。それに中等部の生徒のことなのに……」


「いや、学園の生徒ならみんな一緒ですから。それで俺に用というのは?」


 その問いに答えたのは天才女医風の関森先生だった。見た目は20代後半という感じだけど、もちろん年齢の詮索などする気はない。昨日虎の尾を踏んだ愚か者の末路を見ているしな。


「ある生徒がずっと体調不良を訴えているのだが、ずっと原因が不明でね。それでも昨日までは安定していたんだが、今日はテストが終わったと同時に倒れてしまって保健室で休んでもらっているのさ」


「それは病院に行くような話なのでは?」


「もちろん診てもらっているよ。その上で原因不明なんだ。病院でも経過観察しかできない」


「はあ……。それで俺はなにをすればいいんでしょうか?」


 その問いに答えたのは白根先生だった。


「あの、この間やってもらったおまじないをやってもらえないかなって思ったんです。あの子については私も見ていられなくて……お願いできませんか?」


「正直私は半信半疑、というかほぼ信じてはいないがね。白根先生がどうしてもと言うので相羽先生に来てもらったのさ」


 やはり予想通りの話のようだ。問題は俺が解決できる話なのかどうかということだが……。


「分かりました、一応みてみましょう。その生徒というのは?」


「こっちだ」


 関森先生が立ち上がってベッドの並ぶ部屋に向かい、俺と白根先生がついていく。その時白根先生が小声で耳打ちした。


「あの、この間お話した『聖女さん』なんです」


「ああ、例の……」


 なるほどここで関わることになったか。まあ俺もちょっと興味あったしちょうどいいかもしれない。


三留間(みるま)、入るぞ」


 関森先生が仕切りのカーテンを開ける。今呼ばれた名前にも、ベッドに寝ている銀髪の女子にも覚えがあった。


 ぐったりした様子の三留間さんは、声をかけられるとうっすらと目を開けた。


 俺の顔を見て、「あ、昨日はありがとうございました」と言いながら体を起こそうとする。


「あ~動かないでいいよ。体調はどんな感じなのかな」


「はい……、呼吸が苦しくて、頭痛と吐き気もします。それと全身に力が入りません」


「お腹の奥……おへその下あたりが締め付けられるような感じは?」


「あ、確かにそれもあります」


「なるほど。ところで君は癒しの力があると聞いたけど、昨日その力を使ったのかな?」


 聞くと、関森先生が目を細めて俺を見る。


「……はい、夜に頼まれて力を使いました」


 まあこれで原因は確定かな。この娘は恐らく生まれつきの『癒し』スキル持ちなんだろう。魔法と違ってスキルは生命力みたいなものを消耗する。使いすぎれば当然体調不良となって現れるというわけだ。ちなみにへその下あたりに生命力の源みたいなのがあるらしく、消耗するとそこが痛くなるのが特徴だ。


「その力はみだりに使うなと言っているのに。三留間は優しすぎるのが長所でもあり欠点でもあるな」


 関森先生が諦めたような風でそんなことを言う。白根先生も横で「本当にそうですね……」と頷いている。


「多分自分でも感じてると思うけど、その力の使い過ぎが体調不良の原因だね。一応応急処置はしてあげよう。済まないが布団を下げるよ」


 俺は白根さんに頼んで布団を足の方まで下げてもらう。俺が直接やると絵的に怪しいし。


「ちょっと熱いかもしれないけど我慢してね」


 俺は掌をおへその下あたりに当て……もちろん直接触れることはしないが……魔力を生命力に変換して彼女の身体に流してやる。


「あ、うぅ……はぁ……」


 三留間さんは最初ビクッと震え、ついで苦しそうな声を上げはじめた。


 あ、これ結局、俺のやってることって絵的にめちゃくちゃ怪しいな。関森先生の視線が横から刺さってすげえ痛い。この学校目力強めな女性が多くありませんかね。


「んん……ふぅ……」


 5分程すると三留間さんの様子がだいぶ落ち着いてきた。呼吸も楽になってきたように見える。その後さらに5分程魔力を送ってから、俺は手をはなして布団を元に戻してもらった。


「これでだいぶ良くなったと思うけどどう?」


 三留間さんは「はい……」と言って自分の体調を確かめるように目をつぶり、そして先ほどよりも大きく目を開いた。苦もなく上半身を起こして俺たちの方を見る。


「とても調子が良くなった気がします。吐き気もないし、頭もお腹も痛くありません。こんなに身体が軽い感じがするのは久しぶりです」


「なに……? ちょっと待て、体温や血圧を測る」


 関森先生が体温計や血圧計を持ってきて三留間さんの診察をはじめる。俺と白根さんは元の部屋に戻ってテーブル席について待つことにした。


「やっぱり相羽先生のおまじないは効くんですね! あんなに苦しそうだったのにすぐに治るんですから」


「彼女の症状が俺のおまじないと相性がよかったんでしょうね。それにしてもずっと彼女は体調不良だったんですか?」


「そうですね。私が赴任する前から良くなかったみたいです。よく保健室に来てたみたいですから」


「ということは時々癒しの力を使っていたってことですよね?」


「学校では使ってなかったと思いますが、家では分かりませんね。ところでどうして相羽先生はその力の使い過ぎが原因だって分かったんですか?」


「まあ色々ありまして……。そこは秘密ということで」


 う~ん、白根先生は日常の世界の人だから、さすがに勇者とか言うわけにもいかないかな。言ってもどうせ冗談だと思われるだろうけど。


「でも関森先生にはいろいろ聞かれると思いますよ。そういうの許さない人なので」


「あ~……」


 俺がどう言い訳しようか考えていると、診察が終わったのか関森先生がやってきた。


「どうやら体調が回復したのは確かなようだ。相羽先生、いったいなにをしたのか説明してもらえるかな」


 俺を見る関森先生の目には獲物を探す肉食獣のような光が宿っている。見るからに頭の切れそうな人だし、誤魔化すのは無理かもしれないなこれ。


「ええとですね、簡単に言えば彼女は『癒しの力』を使いすぎて生命力のようなものが枯渇(こかつ)しかかっていたんです。さっきのはその生命力を補充した感じですね」


「オカルトとか超科学の類の話か?」


「日本の常識で言えばそうかもしれません」


「しかし三留間が回復したのは事実だ。暗示かなにかをかけたのかと思ったが、バイタルサインは完全に正常値に戻っていた。君はなぜあんなことができる?」


「そこはちょっと特殊な訓練を積んだとしか言えません。それ以上は秘密ということで」


「ふむ……。生徒の体調に関わることなので秘密では困るのだがな」


 関森先生との間に緊張の糸がピンと張る。


 と言っても、本当のことを言ったとして多分同じ結果にしかならないからなあ。出口のない話になってしまったことに頭を悩ませていると、


「あっ、じゃあ関森先生も相羽先生のおまじないを受けてみるのはどうですか? 関森先生も最近お疲れだっておっしゃってましよね」


 白根先生がいきなりそんなことを言い出した。


 それがなんの解決に……? と関森先生も思ったようで、「んん……?」と(うな)ったまま言葉に詰まってる。


 妙な雰囲気を察したのか白根先生は言葉を続けた。


「ええと、相羽先生のおまじないを受けてみれば危ないものじゃないって分かると思うんですが……だめでしょうか?」


「ああ、そういうことか」

 

 関森先生が笑みを漏らしたので、急に湧いてきた白根先生天然疑惑は回避された。


「そうだな、本人が秘密だと言っていることを無理に聞くこともできないか。問題があったわけでもないからな。では相羽先生、さきほどの術を私にかけることはできるか?」


「ええ、できますよ」


 俺は関森先生の胸あたりに手のひらを向け……大きすぎて触りそうになったのは秘密だ……魔力を生命力に変換して送る。


「ほう……、これは……」


 関森先生は天才女医っぽい表情になってじっと何事かを考えている。おおかた自分に起きた変化を自己診断しているのだろう。


 俺が手のひらをはなすと、関森先生はふうと息を吐いた。


「なるほどこれは興味深い。さきほどはオカルトなどと言って済まなかった」


「こんなので信じてしまっていいんですか?」


「そう意地の悪いことを言うな。さすがにこれが実際に効力のあるものだというのは分かる。しかしそうなるとなおさら知りたくなるな」


 関森先生が顔をずいっと近づけてくる。なんか今にもこっちを丸裸にして全身調べ始めそうな勢いなんだが……。天才女医がマッドサイエンティストに変貌したような雰囲気を感じて俺は慌てて席を立った。


「今は三留間さんの経過観察をしてあげてください。自分は下校指導がありますのでこれで失礼します」


 白根さんの「ありがとうございました!」を背に受けつつ、俺は保健室から間一髪で脱出することに成功した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 自分を持たなすぎる。自分を疑う人には何も施さないと言えば、わざわざそんな仕立てに出る必要もないでしょう。。この世界の人に勇者分の給料何てもらってないでしょうし、不快な目に遭わされた慰謝…
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