7章 聖女さん 01
週明けは月曜からテストであった。
生徒からすれば地獄のイベントだが、教員としては授業がないぶん気が楽である。確かに採点は面倒だが、記号問題の採点は勇者スキルで超高速処理できるので普通の先生よりは楽ができるだろう。
生徒は午前で帰宅なので、午後は採点で終わりだな……と思っていたのだが、
「午後は先生方はいつものように生徒の下校指導をお願いいたします」
と朝の打ち合わせで教頭先生に言われて俺の予定は崩壊した。
テストの午後は生徒がトラブルに巻き込まれる可能性が高いので、先生が総出で下校指導(要するに巡回警備)をするらしい。
特に明蘭学園は中等部も同じ日程でテストを行うためその必要性が高いとのこと。なるほど女子校らしい話ではある。
というわけで帰りのホームルーム終了後、俺は歩きで下校指導に繰り出すことにした。なお初めてということで指導役としてまさかの山城先生同行である。
「うちの生徒は真面目だしテスト帰りにどこかの店に寄って遊ぶとかはないの。だから基本的に通学路を見回っていればいいから楽と言えば楽よ」
「なるほど……。言われてみれば自分はテストの午後は寄り道して帰ってましたね。平日昼間の街が新鮮な感じがしてつい」
「うふふ、それは分かるわ。今日も同じ感じがするんじゃないかしら」
話をしながら歩いて行く俺たちを自転車登校の生徒が追い抜いていく。後ろから小走りに近寄ってくる3人の気配。
「先生、下校指導お疲れ様です」
と声をかけてきたのは、絶対寄り道しなさそうな青奥寺だ。もちろんその隣には新良と双党がいる。
「ああ、ありがとう。3人共今日の現代文のテストはどうだった?」
「私は得意なので問題ありません」
「私もそこそこできたと思います」
と青奥寺と新良が答えた後で、「う~ん、多分学年平均くらいはいくと思います~」と国語担当の仮担任の前でふざけたことを抜かす双党。
「そうか。平均いかなかったら次は税に関する標語でも考えてもらうかな」
「この間作文書いたんだからいいじゃないですかぁ。先生私に対して厳しくないですか?」
「自分に甘い奴には教師の俺が厳しくしてやらないとならないだろ」
「これでもキチンと勉強はしてるんですよ」
「その辺は答案を見れば一目瞭然だからな。教師なめんな」
「ええ~、山城先生、そんなの分かるんですか?」
「ええ、すぐ分かるわ。キチンと勉強してきて間違えたのと最初から勉強してないのとでは全然違うから」
「そうなんですか? 怖……っ!」
う~ん平和な会話だなあ。青奥寺や新良もこうして笑っていると裏で戦っているようにはまったく見えない。
「ところで下校中にトラブルに遇ったり、トラブルがあったって話を聞いたりしたことはあるのか?」
「私はないですね。聞いたこともありません」
まあ青奥寺はその鋭い眼光がトラブルを寄せ付けないだろうな。
「私は一度どこかの男子生徒に声をかけられたことがあります。黙っていたら去って行きましたが」
なるほど新良の謎の圧力に負けたか。残念ながら学生が相手にできる人間じゃないからなあ。
「私は結構ありますね。男子に声かけられたり、変なスカウトに勧誘されたり。なんでだろう?」
首をかしげる双党を見て、青奥寺が小さく溜息をつく。
「かがりは誰とでも親しそうに話をするから勘違いされるの。少しは警戒してますって顔しないとだめだから」
「でも普通にしゃべってるだけだよ?」
「普通にしゃべってるだけでも勘違いされるの。わざと面倒そうに相手しないと、かがりは可愛いんだし」
「そうねえ。私も娘と歩いているとよく声をかけられるのよね。青奥寺さんの言う通りいやな顔をしないとだめなのかしら」
普通なら自虐に見せた自慢に聞こえるところだが、山城先生のキャラだと単なる天然発言にしか聞こえないな。青奥寺も新良も目が点になってるし。
「山城先生も少し警戒はされた方がいいと思いますよ。俺から見ても美人ですから」
「あら、相羽先生お上手ね」
誰も反応しないので答えたのだが、それのなにがいけなかったのか3人娘に「うわぁ」みたいな顔をされてしまった。山城先生は笑ってるから問題ないよね?
「いや皆もそう思うだろ?」
「思いますけど、相羽先生が言うのはちょっと問題があると思います」
「なんで!?」
冷たい目の青奥寺に聞き返したが横を向かれてしまった。新良に助けを求めると、
「そのような発言はセクシャルハラスメントに該当する可能性があります」
とのこと。そういえば最近は外見を褒めるのもNGなパターンがあった気がする。
「先生も警戒心が足りないみたいですね~。一緒に警戒レベルを上げる練習します?」
ニヤケ顔の双党の脳天を鷲掴みにしてやろうと思ったが、山城先生に「女の子に乱暴はだめよ」と止められてしまった。状況を利用してこちらの手を封じるとはなかなかに狡猾だな。
「分かった。双党の時だけ警戒レベルを上げて採点基準キツくしてやる」
「それ警戒とは関係なくないですか!?」
背中に小動物系女子のポカポカパンチを食らいながら坂を下りていく。こういうゆるさがささくれだった勇者の心には効くんだよな。
途中で三人娘と別れ、俺と山城先生は駅前通りに続く道を歩いていた。
明蘭学園の生徒も、他校の生徒もちらほらと歩いているのが見える。一応感知スキルも使って警戒はしているが、街中は至って平和そのものだ。
「あら、あの娘は……」
山城先生の視線の先には明蘭学園中等部の制服を着た女子がいた。
腰まであるロングヘアが銀色に輝き、その横顔を見ただけで人形のように整っていることが分かる。金髪縦ロールの九神世海なみに目立つ見た目の生徒だ。
もっとも俺が気になるのは外見よりも彼女がまとう魔力のヴェールなのだが……今問題なのは彼女が他校の男子3人に囲まれて困った顔をしていることだ。
どうやら店から出てきたところに声をかけられた、ということらしい。
「声をかけてみましょ」
「はい」
山城先生の後についてその4人に近づいていく。
「ちょっとだけ一緒に歩こうよ。テスト終わって余裕あるっしょ?」
「話するくらいだし、ね? 明蘭だと男子とも話しないだろ?」
「……いえ、この後帰って勉強をするので……」
「だから少しだけだって。息抜き息抜き」
あ~なんか青春のヒトコマ的なやつなんかな。ただ高校生が中等部の女子を囲むのはちょっと褒められたものでもないなあ。
「ちょっといいかしら。あなたは中等部の三留間さんね?」
山城先生が声をかけると女子がこちらを向いた。いかにも大人しそうで優しそうな面立ちの美少女だ。男子の標的になってしまうのも仕方ない、というのは本人には可哀想か。
「……あ、はい」
「私たちは明蘭学園の高等部の教員なの。なにかあったのかしら?」
「ええと、それは……」
「なんだよ先生は関係ないだろ。学校の外のことは放っておけよ」
「そういうのこの子もウザいっしょ」
チャラそうな男子が反応して噛みついてくる。しかし今時こういう反応をする生徒っているんだなあ。面倒は避けるタイプが増えたって話なんだけど。
「あなたたちもまだテスト期間中でしょう? 女子にちょっかいを出す暇があったらさっさと帰ってお勉強でもしたら?」
山城先生一歩も引かないのはさすがに慣れてる感じがあるな。俺も一応弱めの『威圧』スキル発動して睨んどこ。
「んだようるさいオバサンだな。余計なお世話すぎっしょ」
「あ?」
うお、山城先生から激強の『威圧』スキル反応が!? ヤバすぎて顔が見られないって相当ですよこれ。
勇者すらビビる威圧感に圧され、3人の男子は一瞬ビクッとなって「ウゼえ……」とか捨て台詞を残して去って行った。いやちょっと、虎の尾は俺の見てない所で踏んでほしいんだが。
「まったく失礼な子たちね。三留間さん、これでよかったかしら?」
「……はい、ありがとうございました」
銀髪少女はホッとした顔で頭を下げた。なんか雰囲気的に押しに弱そうだから、ああいう男子に言い寄られたら大変そうだ。
「ところで三留間さんは一人で下校するのは避けるように言われてたと思うけど違ったかしら」
「……あ、はい、その通りです。今日はちょっとお薬を買おうと思って、友達には先に帰ってもらったんですけど……」
山城先生はこの銀髪少女……三留間さんのことを知っているようだ。というか、このまとっている魔力からして彼女も『訳あり』の一人なんだろう。
「友達に迷惑をかけたくないっていうのは分かるけれど、こういうことがあると逆に彼女たちが心配するから気を付けないとだめよ」
「はい、すみません……」
「でもそうするとどうしようかしら。電車で通っているのよね? 駅に帰る方向が同じ子がいればいいのだけど」
「家はどこなのかな?」
聞くと、俺の記憶にある住所の近くだった。
「山城先生、青奥寺の家が近いみたいですから青奥寺に送ってもらいましょう」
「あら、それは助かるけど、青奥寺さんに連絡は取れる?」
「ええ大丈夫です」
スマホで連絡を取る。青奥寺はすでに駅についていたようだが、三留間さんが来るまで待っていてくれるとのことだった。ウチの生徒いい娘すぎて涙が出そう。
「高等部の先輩が一緒に帰ってくれるそうよ。じゃあ駅までは私たちと一緒に行きましょ」
「はい、ありがとうございます」
三留間さんは深くお辞儀をした。この娘さんも見た目通りいい娘っぽいなあ。
3人で歩いていると、山城先生が俺にちょっとだけ意味ありげな視線を向けた。
「相羽先生はもう生徒とスマホで連絡できるくらい仲がいいのねえ。特にあの3人にはなつかれているみたいだけど?」
「ええ。一応部活というか、同好会で面倒を見てますから」
『総合武術同好会』のおかげでちょうどいい言い訳ができるが、確かに俺があの『訳あり三人娘』と仲がいいのは山城先生としては気になるだろう。
実は山城先生や校長先生にはまだ俺が元勇者だってことは言ってないんだよな。別に隠すつもりもないのだが、話すタイミングがなかなか掴めないという感じである。
だからっていきなり『俺は元勇者です』とカミングアウトするのもどうかと思うしなあ。