43章 束の間の静けさと魔王の足音 09
結局、翌週の火曜の夜、山城先生の家にお邪魔することになった。
月曜に清音ちゃんのことでご相談が、と山城先生に伝えたら、
「じゃあ明日の夜に、夕ご飯を一緒に食べながらとうことでどうかしら。清音も先生に新しく覚えた料理を食べてもらいたいって言ってるし」
という話になったのである。
料理を食べながら相談をした結果として、清音ちゃんも『魔王』討伐に連れて行くということになった。
『魔王』討伐の話をすると、清音ちゃんは一も二もなく「一緒に行きます!」と言い出し、母親である山城先生も、「お邪魔でなければ連れて行ってくれる?」とかなりあっさりと言ってきたのである。
「かなり危険な戦いになりますが、いいんですか?」
「ええ。だって相羽先生のお話だと、結局相羽先生が負けちゃったら、どっちにしても地球自体が危ないんでしょう?」
黒髪をアップにした、妖艶とも言えるほどの美人の山城先生は、リーララと同じような理由を口にした。
「それに、清音もここまで先生に懐いちゃっているし、ここで一番大切な戦いに連れて行ってもらえなかったら、一生の心の傷になってしまうと思うの。それに神崎さんも行くんでしょう?」
「そうですね。彼女も連れて行くつもりはなかったんですが」
「それはダメよ。相羽先生はもう清音や神崎さんや、他の娘たちにとっても代わりのない存在になっているんだから。そういうの見ていればわかるわ」
指導教官でもある山城先生に真面目な顔で言われると、そうなのかも、と納得しかかってしまう。
大人の話をじっと聞いていた清音ちゃんも、そこで、
「わたしにとってお兄ちゃんは大切な人なんです。大切な人の大切な戦いに置いて行かれるのはすごく悲しいです」
と、真剣な顔で言ってきた。
まあ確かに、俺は清音ちゃんも含めて、教員という立場を超えて彼女たちの人生に影響を与えてしまっているのかもしれない。
清音ちゃんについても、魔法を教えてしまった以上はずっと関わっていくことになるだろうし、ここで仲間外れというのも問題はあるか。
結局自分で蒔いた種ということなんだろう、と思うと、妙に早く諦め……決断はできた。
「わかりました、魔王討伐には清音ちゃんにも一緒に行ってもらいます。清音ちゃん、いいね?」
俺がそう言うと、隣に座っていた清音ちゃんは、椅子から立ち上がって俺に抱き着いてきた。
「はいお兄ちゃん! なにもできないかもしれませんが、一緒に行ってお兄ちゃんの応援をします!」
「清音ちゃんの魔法はもうモンスターくらいは倒せるようになってるけどね。今回はちょっと相手が強いから、さすがにまだ戦うのは無理かもしれないね。それでも応援をしてくれれば、俺も頑張れるから」
と一応教師っぽいことを言って清音ちゃんの頭を撫でてあげた。
清音ちゃんが離れようとしないので、俺はそのまま山城先生に顔だけ向けた。
「山城先生、ではその時になったら清音ちゃんをお預かりしますので」
「あら、預かるなんてそんな必要はないわよ。私も保護者として一緒に行くから」
「へ……?」
つい間抜けな声が出てしまったが、あまりに予想外の言葉だったので仕方ない。
「私だって相羽先生の戦いは見たいもの。それにもう、私も相羽先生に深く関わりすぎてしまったから、やっぱり除け者にされるのは少し悲しいし」
と、本気で悲しそうな目を向けてくる山城先生。その全身から、異世界のサキュバスクイーンも真っ青の『魅了』スキルがにじみ出てくる。
勇者の魅了耐性が悲鳴を上げるのは何度目だろうか。
危機一髪(?)だったが、清音ちゃんが山城先生の方を向いて、
「お母さんにはお兄ちゃんはあげないからね!」
と宣言してくれたので、なんとか突破されずに済んだ。。
いや、俺をあげないとか、微妙に意味がわからないというか、わかっちゃいけないというのもあるのだが……。
「ふふっ、清音はライバルが多くて大変そうね。まあでも、ルカラスさんに任せれば大丈夫かしらね。相羽先生ならみんなを幸せにしてくれるでしょうし」
という山城先生の言葉もあまりに意味深すぎて、俺は深く考えないようにした。
しかしルカラスが山城先生にまで信頼を得ているのが謎である。そんなにつながりはないと思うのだが……。
もしや俺が知らないところでルカラスを中心にした、勇者をハメる恐ろしい陰謀が進行してるのだろうか。
まさかあいつが言っている「ハーレム」なるものを真に受ける人間なんていないだろうしなあ。そもそも俺とつがいになりたいなんてルカラスしか口にしてないし。
勇者センサーはまったく反応していないので、ただの気のせいだと思いたい。今はそれどころじゃないしな。
『ウロボちゃん』から緊急の連絡が入ったのは、その二日後の昼間だった。
俺はたまたま授業の空き時間で、教頭に断わってトイレに駆け込み『ウロボロス』へと転移した。
『ウロボロス』の『統合指揮所』では、猫耳アクセサリ付き銀髪アンドロイド『ウロボちゃん』が待っていた。赤髪の猫獣人イグナ嬢もいるが、こちらはアンドロイドクルーに交じってコンソール相手になにか作業をしている。
『艦長、お疲れ様でっす。ただ今、大きな「次元震」を感知しました~。場所は『次元の扉』が開いた惑星、ドーントレスを除く9カ所からでっす』
「その『次元震』っていうのはなにを示してるんだ?」
『たぶん、「次元の扉」の向こう側が開いたということだと思いまっす』
「ということは、いよいよ向こう側からなにかがやってくるってことか」
俺は艦長席に座って、『ウロボちゃん』が渡してくれたお茶を一口飲んだ。
喉が渇いていたらしく、少しむせそうになったのに自分でも驚く。勇者でも少しは緊張するようだ。そんな感情は勇者生活で擦り切れていたと思っていたのだが、生徒にも気付かれるのだからまだ残っていたのだろう。
「しかしなぜドーントレスだけは開いてないんだ? 理由はわからないのか?」
『理由は不明でっす。これは憶測ですが、艦長が関わったからではないでしょうか~?』
「ああ、ドーントレスを開いたら俺に攻め込まれるかもと考えたか。ありそうな話ではあるな」
確かに初動段階で俺に踏み込まれるのは『魔王』も避けたいだろうしなあ。警戒されるのもわからなくはない。
俺が足を組んでさらにもう一口お茶を飲むと、それまでコンソールをいじっていたイグナ嬢がこちらに顔を向けた。
「ハシルさん、どうやら『次元震』の発生元が特定できそうです~」
「発生元っていうのは、『魔王』の居場所ってことか?」
「そうなるのかもしれませんが、あくまで発生元というだけですね~。『魔王』がいるかどうかは行ってみないとわかりません~」
「そりゃそうか。ちなみにそれって『魔力ネットワーク』というのを使って探知したのか?」
「はいそうです。ハシルさんが『魔力ネットワークシステム』の端末を複数惑星に設置してくれたので可能になりました~」
「俺は議長に頼んだだけだけどな」
そう、以前話に出ていた『魔力ネットワークシステム』は、すでに中継器となる端末がいくつか試作段階を経て完成しており、それを急ぎ銀河連邦評議会議長のメンタードレーダ氏に渡してあったのである。
『魔力ネットワークシステム』自体メンタードレーダ議長は強い興味を示していたが、協力してもらう以上その技術は先方にも開示してある。
ただ、議長曰く、
『これは銀河連邦内のパラダイムシフトを促すレベルの技術ですので、実際に運用するまでには時間がかかるでしょうね。しかも銀河連邦外からの技術ですから、先の「魔力ドライバ機器」同様、しばらくは軍事機密となると思います』
とのことだった。なお端末は各惑星の銀河連邦評議会の出先機関に設置しているようだが、その詳細は不明である。
ともかく今回、その『魔力ネットワークシステム』が上手いこと働いて、『魔王』の居場所が掴めそうというのが重要だ。
「で、その場所はどの辺なんだ」
「こちらですね~」
イグナ嬢の指示で、正面のメインモニターに星系図のようなものが映し出された。といっても、その見方はまったくわからない。なにしろ宇宙は規模がデカすぎる。太陽系ですら距離の単位がピンと来ないくらいなのに、銀河が相手になるともはや脳味噌が働かない。しかも宇宙全体だと、銀河という集まりすら無数にあって……なんてなると、もしかしたら銀河連邦より大きな集団が宇宙のどこかにあるのでは? なんて余計なことまで考えてしまう。
まあともかく、問題はその星系図の一カ所に、『次元震・震源』という表示があることだ。その他に、『次元の扉』がある惑星が、惑星ドーントレスの他に9カ所表示されている。
同じく銀河連邦の主星イージナや地球も表示されているが、『次元震・震源』は、イージナやドーントレスなど銀河連邦の惑星群からかなり離れたところにあった。ちなみに地球は、銀河連邦の惑星群を中心にして『次元震・震源』とはほぼ逆方向にある。『魔王』はどうやら、自然と勇者から一番遠い場所を本拠地に選んだらしい。
「この『次元震・震源』というのはやっぱり惑星の上にあるのか?」
「それを今調査中です~。ですが多分惑星上ではないでしょうか」
まあ、モンスターを送り込むなら惑星上から送り込まないとならならないだろうし、しかも『魔王』本人がいない惑星と選ぶということもないだろう。
しばらくすると、俺のブレスレット端末に新良からの連絡が入った。どうやら銀河連邦捜査局のライドーバン局長が直接話をしたいらしい。
「すまん『ウロボロス』、ちょっとフォルトゥナまで転送してくれ」
『了解でっす』
さて、新良の声色だと結構ヤバそうなことが始まった気がするが……俺は光に包まれつつ、ふうと大きく息を吐き出した。
次回3月22日の更新はお休みします。
次は3月25日更新になります。




