43章 束の間の静けさと魔王の足音 07
青奥寺家からの誘いは、その翌日にあった。
そしてその週の土曜の夕方に青奥寺家にお邪魔することになった。
青奥寺の家は、広い敷地に和風の庭と武道場を備えた、かなり立派な和風の家である。
出迎えてくれた青奥寺に案内されたのは、応接間ではなくリビングだった。九神家と同じく、夕食まで御厄介になるという話である。
「先生に来ていただくのは久しぶりな気もしますね」
俺が座布団に座ると、対面の青奥寺父・健吾氏がいきなりビールを勧めてくる。
まあ酒アリというのは最初から聞いているので、「ありがとうございます」と礼を言いって大人しくグラスに差し出す。
「本来なら高校の先生は家庭訪問なんてほとんどなさらないのでしょうけどね。先生は九神家を含めていくつかなさっているとか」
「ええ。異世界などに連れて行く以上は必要ですので。ただ、実際は九神家と三留間家と、それから山城家くらいですかね。あ、山城家というのは同僚の教員の家なんですが」
「国語の先生ですよね。美園が1年の時から美人の先生がいるって話を聞いています」
「その人です。娘さんに魔法使いとしての適性が高くて、魔法を教えてしまったので自分が面倒を見ている感じですね」
「相羽先生は色々な方に手を広げていますね。美園の話を聞くと、その広げ方は常人とは違い過ぎて笑うしかありませんが」
健吾氏はやり手の商社マンで、見た目も、目つきがかなり悪い以外はまさにそんな雰囲気の人である。ただ基本的に裏の世界の住人ではない。もちろん青奥寺家がどんな家なのかとか、そういうことには精通しているし、俺のこともよく知っている人である。
ちなみに今、テーブルについているのは俺と健吾氏の2人で、青奥寺と、その母美花女子、そして居候の雨乃嬢はキッチンで料理をしている。時々青奥寺と雨乃嬢が料理を運んできてくれるのが、妙に昔の家庭という感じがする。
「色々やっているようで、結局昔のしがらみが続いているだけなんです。ただ、近々それも一気に片がつきそうな感じですが」
「『魔王』、でしたか。恐ろし気な存在が動き出していると聞いています。地球での『深淵窟』、いえ今はダンジョンですか、その増加も関係があるとか」
「ええ。まだ地球はマシな方で、星によっては直径数百メートルの穴が開いたりもしてますからね。本当にさっさと決着をつけたいところです」
「相羽先生がいなかったら、地球もあっという間にダンジョン関係の騒ぎが起きて大変なことになっていたわけですよね」
「そうですね……。日本はまだ青奥寺さんのような家がありますから対応できたかもしれませんが、他の国では大変なことになっていたでしょうね」
「いえいえ、ウチも先生のお陰で強くなれたと美園も雨乃君も言ってますから」
そう言ってさらにビールを注いでくる健吾氏。俺もお返しに注ぎ返す。
そこに雨乃嬢がキッチンからやって来て、料理の乗った皿を俺の前に置いた。
「先生、これ一口食べて感想をもらえませんか? 私が作ったんですけど……」
と、自信なさそうに言う雨乃嬢。
言われた通り、出された魚の煮つけを一口食べる。雨乃嬢は料理がかなり苦手だったらしいのだが、青奥寺母娘監修があったせいか、それとも雨乃嬢の腕が上がったせいか、それは普通に美味しいものだった。
「これ、すごく美味しいと思いますよ。お料理の腕が上がりましたね」
と答えると、パアッと明るい顔になる雨乃嬢。
「そっ、それで、先生の好みの味でしょうか!?」
「え、あ、そうですね。自分の好きな味ですよ。これならご飯何杯でもいけそうです」
お世辞ではなくそう答えると、雨乃嬢は、
「うひっ、これで先生の胃袋は掴んだも同然。あとは美園ちゃんに胃袋寝取られしないように頑張らないと……!」
と、いつもの意味不明発言をしながらキッチンへと去っていった。
健吾氏も苦笑いしているので、今の発言がわからないのは俺だけではないらしい。
彼も雨乃嬢の煮魚を一口食べて、
「ああ、これは確かに美味しいですね。美園によると塩と砂糖を間違えるくらいだったと聞いていたんですが」
と、秘かに暴露をしているのが興味深い。
さらにビールを注ぎ足したところで、健吾氏は少し真面目な顔になった。
「ところで先生、『魔王』に関しては近々大きな動きがあるとか?」
「ええ、どうやらそろそろ本格的に動き出しそうなんです。具体的にはモンスターの大群をいくつかの星にばらまいて侵略を始めるという感じですね」
「そんなことが可能なんですか?」
「実際異世界では大陸一つを支配する寸前まで行ってましたからね。自分が言うのもなんですが、『魔王』は色々とズルい力を持っているんで可能なんです。例えば、何もない所からモンスターなんていう戦力を生み出せるところとかですね」
なにしろ兵站という概念を無視した用兵が可能になるという、軍事関係者が聞いたら泡吹いて倒れそうな存在だからなあ。
しかも戦法としては、軍事拠点は数をたのみに圧殺し、主要都市はモンスターを使って半壊させて後から魔族を送り込んで支配とか、やり方がとにかく無茶苦茶である。
人間を家畜くらいにしか考えてないので、後でインフラ使おうとか技術や文化を接収しようとか、そんな人間的な侵略(?)も考えてない。
普通に考えたら複数の惑星を一気に攻撃して陥落させて支配するなんてありえないのだが、『魔王』はそもそも支配という概念自体が違うので可能になるのである。
「なるほど。そして、先生はその時に、『魔王』の本拠地に行って『魔王』を倒すつもりなんですね」
「侵攻が始まれば『魔王』の居場所がつかめるはずなんです。それが分かり次第倒しに行くつもりです」
「それに美園も雨乃君もついていくということですね」
「そのことについてなのですが――」
と俺が確認を取ろうとしたところで、目の前に新たな料理の皿が置かれた。持ってきたのは青奥寺である。
青奥寺は俺の顔をじっと見て、
「私は行きますから」
とだけ言って、キッチンに戻っていった。
その後姿を見ながら、盛大に溜息をつく健吾氏。
ビールを一口飲んでから、俺に済まなそうな顔を向けてくる。
「……済みません。ずっとあんな感じなので、申し訳ありませんが連れて行ってやってくださいませんか?」
「え、いや、その、いいんですか?」
むしろ止めてくれと言われるかと思ったので、一瞬返事に詰まってしまった。
「ええ。もちろん危険なことは分かっていますが、それが青奥寺家ですからね。妻の兄も若くして亡くなっていたりもしますし」
「ああ……。『深淵獣』と常に戦っていれば、思わぬことも起こりうるでしょうね」
「そもそも美園も雨乃君も、相羽先生がいなかったら命を落としていただろうという話も聞いています。もちろん連れて行ってくださいというのも、邪魔にならなければという話ではありますが」
そう言いつつも、複雑そうな表情をする健吾氏。
青奥寺は一人娘だし、明らかに危険だとわかっているところへ行かせることには相当な抵抗もあるだろう。だいたい『魔王の本拠地を攻撃するのに娘さんを連れて行きます』なんて話、信じるだけでも大変なことである。
まあともかく、すでに双党や新良は行くことが確定している以上、青奥寺を連れて行かないという話もない。それに、
「自分としても、美園さんたちがいるから道を踏み外さないで済む、みたいなところもありますから。許可いただけるなら是非お預かりをさせてください」
というのもある。彼女らが力を持ち過ぎた勇者の安全弁になっているのも事実なのである。
俺の言葉に、健吾氏はさらに複雑そうな顔をしたが、俺の方へビール瓶の口を差し出して、
「……そういうことでしたら是非連れて行ってやってください」
と言ってきた。そこにちょうど青奥寺母の美花女史もやってきて、「お願いできますか?」と付け加えてくる。
「わかりました、お預かりさせていただきます」
と俺も姿勢を正して答えると、両親はそろって「お願いいたします」と頭を下げてきたのだが、俺としては恐縮しきりである。
本題が早くも片付いてしまったので、その後料理が揃って女性3人がテーブルにつくと、あとは雑談で時間が過ぎていった。
困ったのは、俺の隣に青奥寺と雨乃嬢が座って、競うように酒を注いでくることだった。
勇者の毒耐性スキルのお陰でいくら飲んでも悪酔いしたり急性中毒になったりはしない身体だが、さすがに液体をリッター単位で飲むのは大変である。トイレも何度も行く羽目になったし……。
ともあれデザートのフルーツが供されたところで、美花女史が、
「そういえば雨乃ちゃんの親御さんの話はした?」
と健吾氏に尋ねた。
「忘れてた、まだ言っていない」
「やっぱり。先生、雨乃の実家の青納寺家でも、雨乃を連れて行ってもらうことに異存はないそうです」
「あ、そうなんですか。この後お伺いしようと思っていて、今日その連絡先などをお聞きしようと思っていたんです」
「一度顔は出していただいた方がいいかもしれません。先生のお話は向こうもよく知っているので話は早いと思います。雨乃の妹が、小学校で相羽先生のお母さんに教わってたなんて話も知っていますので」
「あ~、そんな話もありましたね」
盆に実家に帰った時なぜか雨乃嬢がついてきて、そんなことが判明したりしたのである。青納寺家も隣町にあって、意外と関係があったことに驚いてしまったものだ。
「それと、向こうの親御さんとしては、雨乃をもらってくれると嬉しいと言っていましたね」
と、ニコニコしながらいきなり爆弾を投げ込んでくる美花女史。
その言葉を聞いて、雨乃嬢は「ウチの親が済みません」と口で謝りながらも、なぜか口元に笑みを浮かべてチラチラと俺の様子をうかがってくる。
しかも反対側の青奥寺からは刺すような視線を感じるし、一体何が始まったのだろうかという感じである。
「いや、まあ、それは本人の意見もあると思いますし……」
「あら、雨乃はそのつもりだと聞いていますけど」
「はい、そのつもりです!」
力強く宣言しながら、俺の腕を取ってくる雨乃嬢。
多分酒の席での冗談なんだろうけど、酒を飲んでない青奥寺は明らかに本気にしてるし困るんだよなあ。
「それから私たち青奥寺家の本家としても、相羽先生とは強いつながりを持っておきたいところなんです。美園もその気はあるみたいですから、相羽先生にはその点も是非お考えになってくださいね」
その上に美花女史がそんな微妙なことまで言ってきて、健吾氏はますます渋い顔になり、俺はますますどんな顔をしていいのか分からなくなった。
青奥寺はと見ると顔を真っ赤にして下向いてるし、反対側では雨乃嬢が「従姉妹丼はナシ寄りに見えて
アリです」とか言ってるしで、収拾がつかなくなってきた。
なんとかその場は笑って誤魔化したが、これが酒の席でなければ、青奥寺は来週から学校に来づらくなってしまったのではないだろうか。
教師としては後でフォローをしておく必要があるかもしれない。いや、どうフォローしていいのかまったくわからないが。




