6章 → 7章
―― 九神家リビングにて お嬢様と執事とメイドの会話
「お兄様は出られたのかしら?」
「はい、権之内を連れてビルの方に向かわれたようですな」
「なにかあるとすぐに自分の城に隠れてしまうのではどうにもなりませんわね。今回の件でますます家に来なくなってしまいそう」
「それは仕方ありませんな。藤真様にとって今回の件はかなり堪えたでしょう」
「そうね。あの加藤という男はお兄様の切り札の一つだったようですし。それを潰されたのですから、しばらくは大人しくしていて欲しいものですけど」
「権之内もあの加藤という男をどこから見つけてきたのかは依然不明ですな」
「そうね……。その件については相羽先生が後で話があるとおっしゃっていましたけれど」
「ところでお嬢様、あの書物についてのお話はお信じになられますか?」
「相羽先生を疑ってかかるわけではありませんが、あまりに荒唐無稽なお話ですわね。異世界からやってきた何者かが『深淵獣』との戦い方と『深淵の雫』の扱い方を伝えた、などと言われてもすぐに信じることは難しいですわ」
「そうですな。しかし相羽様も虚偽を述べている様子は一切ありませんでした」
「あれが詐欺師ならかなりの大物ですわね。書物の謎の文については、いくつかの単語について対照表を作っていただいたのよね」
「はい。専門のチームに回せばある程度相羽様の言葉の真偽も分かるかと」
「それならいいわ。ところで相羽先生の力、今回近くで見てどう思って?」
「正直なところ、最初の攻撃はほぼ見えませんでした。私に測ることができるものではございません」
「そう……。宇佐はどうかしら? 一度加藤とも軽く手合わせしていたわよね」
「はい。加藤も人外に近い男なのですが、その加藤をまるで赤子のように扱うとなると、相羽様のお力はとても人間のものとは思えません」
「そこまで?」
「加藤ならばやりようによっては勝てるでしょうが、相羽様には触れることすらできないでしょう。宇佐家の者が5人いればどうにか……というところでしょうか」
「相羽先生は本当に人間なのかしら? ますます謎が深まりますわね」
「異世界の勇者というのももしかしたら嘘ではないのかもしれませんな」
「あの書物の言葉が異世界のものだというなら、その解読がすすめば相羽先生勇者説の信憑性も上がるかもしれませんわね」
「そうですな。ところでお嬢様、かの方には後で一言謝罪をされた方がよろしいかと」
「相羽先生に? もちろん騒動に巻き込んだことはもう一度謝罪はするつもりですけれど」
「いえ、かの方はお嬢様が裏で藤真様をたきつけていたことも察知していらっしゃいました。帰りの車の中でそれとなく伝えられましたので」
「本当に? 相羽先生、ますます底が知れませんわね。もし後ろ暗い所がないのであれば九神家に欲しい人材ですわ」
「その点については賛同いたします」
「美園の家も同じことを考えているかしら? 婿入りしてもらうなんて考えていたりして……ふふっ、今度美園をからかってみるのも面白そうね」
―― とある事務所
いかにも高価そうな調度品が並ぶ事務所に、40代と思しきその男はいた。
皮張りの椅子に背を預け、目の上の傷に指を這わせつつ、スマートフォンを手に何者かと連絡を取っている。
「……そうだ、加藤があっさりとやられた。俺も近くで見ていたがアレは到底人間とは思えん。そちらの新型ではないのか?」
「ふむ……。では『白狐』のメンバーという線はどうだ。多少は人体強化にも手を付けているという話だが」
「なるほど、それでは奴らも手を出す余裕はないな。そうだ、こちらも情報はほとんどない。お嬢様の通う学校の教師という話しか知らん」
「……ほう? そちらの襲撃を邪魔する者がいたというのか。この間の研究所……ああ、『白狐』の腕利きを仕留めそこなったという。なるほど、もしそれがあの男ならタイプⅠなどいくらいても相手になるまい。銃すら役にたたん可能性もあるぞアレは」
「アレに手は出さんよ、ウチのお坊ちゃんが暴走しない限りはな。しかしこれで当主のすげ替えが面倒になった。そっちも困るだろう?」
「……新型の量産? わかった、加藤を使っての『雫』採取はできそうだ。いくつかは融通しよう。ただ全量は無理だ、こちらの策にも使うのでな」
「ああ、真正の秩序のために。ではな」
「……ふむ、あれほどの人間を組織が感知していないということがあるのか。厄介なイレギュラーが現れたものだが……こちらも甲を出す用意はしておいてもいいかもしれんな」