43章 束の間の静けさと魔王の足音 03
さて、明蘭学園での教員生活は、長らく平常運転が続いている。
俺は教員1年目のはずなのだが、学年主任の熊上先生にも、副主任の山城先生にも、それどころか同じ学年を担当している先生たちにも、
「相羽先生はもう10年くらいやってるベテランに見えるね」
などと言われている。
ただそれは実家の父母によると、「新人に仕事を回す時の常套句」らしいので、俺としては身構えてしまうこともある。
先日の明智校長による「相羽先生の仕事量は考える」発言の効果なのか、仕事が特に増えることはなかった。ただ減った気もしないのだが……。まあ正直、今の俺の仕事ってクラスと部活と新人研修がほとんどなので他の先生に渡せないのも確かである。
部活に関しては、剣道部、柔道部、合気道部をあわせた『総合武術部』の方を見るのがメインになっている。
『総合武術同好会』はしばらくの間学校の武道場で活動はしておらず、もっぱら宇宙戦艦『ヴリトラ』での活動が主になっている。ちなみに『ヴリトラ』は『ウロボロス』の同型の宇宙戦艦で、青奥寺たちのトレーニングはこちらで行っている。
なお『総合武術部』の活動だが、夜8時前に『ヴリトラ』に集まって、そこからアメリカにある『クリムゾントワイライト』支部地下ダンジョンで実践トレーニングを行うのがメインになっている。なぜそのダンジョンなのかというと、地球ではそこが最高難度のダンジョンだからである。
本当は異世界の『魔王城』ダンジョンに行きたいところなのだが、さすがに毎回『ウロボロス』で異世界に行くのは、
『本艦が大型ラムダドライブ搭載艦とはいっても、異世界に行くのは非常に多くのエネルギー消費しますので、連続は厳しいでっす。現在汎用工作システムを全力稼働中ですので~』
と言われてしまいできなかった。
とはいえ、青奥寺たちにとってはアメリカの支部地下ダンジョンでも十分ではある。
彼女たちの引率は古代竜ルカラスに任せている。頼んだ時の、
「つがいの筆頭として、ハシルのハーレムの面倒をみるのは当然だな」
という言葉が非常に気になったが、俺のプライベートタイム確保を助けてくれる相手に文句は言えなかった。
さて、金曜の夜の今も『総合武術部』の活動時間だが、俺は『ヴリトラ』の貨物室にいた。『ヴリトラ』の貨物室にはトレーニングルームが作られているが、その一角にはリビングスペースも作られていて、そこで静かな時間を過ごしているのである。
やっているのはソファに座っての読書だ。一応国語教師として話題の本くらいは読んでおかないと、みたいな感覚だが、もちろん元から読書は好きな方だ。
俺の隣には、白い九尾の狐状態のクウコが丸くなって寝ている。クウコはもともと俺の実家の近くに住んでいた幻獣なのだが、今ではすっかりこの『ヴリトラ』の住人になってしまっている。
ちなみに読書については、勇者時代に得た『高速思考』『集中』『感覚高速化』などのスキル群によって凄まじいスピードで読めるようになっている。本一冊10分もかからないので、学園の図書室からは常に10冊くらいは持ってくるようにしている。
「これ系は大抵認知心理学か社会学のアイデンティティ論に行きつく感じだなあ」
と、読み終わったばかりの話題の本を置きつつ、俺はダークエルフ型秘書アンドロイド『ヴリトラちゃん』が淹れてくれたコーヒーを呑む。
『ヴリトラちゃん』は、俺が『ヴリトラ』にいるときは常に側にいて世話をやいてくれる。勇者をダメにするアンドロイドの双璧の一人である。
『提督は読書家でいらっしゃいますね』
横のソファに座りながら、『ヴリトラちゃん』が無表情にそう言う。あざとい動作が特徴の『ウロボちゃん』に比べてこちらは表情の変化が少ないのだが、ダークエルフモデルなので非常な美人である。まあアンドロイドなので顔の造形は自由にできるのだろうが。
「これでも国語教師だからな。生徒より本を読んでないっていうのは避けないとな」
『それでも、わずか1時間で5冊をお読みになるのは普通の人間では不可能かと思います』
「これは勇者の特殊なスキルのお陰さ。さて、そろそろ青奥寺たちが戻って来るころか?」
壁に掛けられた時計を見るとほぼ10時になっていた。
『総合武術同好会』の活動は、平日は8時から10時までとしていて、基本的に時間に遅れて戻って来ることはない。
今日も俺がコーヒーのお代わりを頼んだタイミングで、トレーニングルームに10人を超える人間+10人のアンドロイド兵が転送されてくる。
青奥寺、双党、新良、レア、絢斗、三留間さん、雨乃嬢、宇佐さん、リーララ、ルカラスの10人は今日もそれぞれ充実した表情で戻って来た。ルカラスは平常通りで、リーララは多少疲れた顔をしているが。
「お疲れさん。今日はどこまで行った?」
「地下2階のボスを倒したところで終わりにしました。ルカラスさんの補助なしで倒せるようになりました」
青奥寺の声はわずかに弾んでいて、自分が強くなっているという実感が得られているのだろうというのが感じられた。
まあAランクモンスターを自分たちだけで倒せるようになったのだから、それはそうだろう。ちょっと前までは勝てるイメージなんてまったく持てなかっただろう怪獣みたいなモンスターだしな。
「『機動』魔法の方はだいぶ上達したか?」
「はい。魔導具の扱いも慣れてきて、実戦で十分に使えるレベルになったと思います。かがりや璃々緒は飛びながらの射撃が正確になっていますし」
「先生も褒めてくれていいんですよ~?」
青奥寺の報告に、双党がニヤニヤ笑いながら俺の肩を叩いてくる。
アイアンクローで返そうと思ったらスルリと逃げられたのだが、それも鍛錬の成果だろうか。
「あと、三留間さんが、戦っている最中全員にずっと『癒しの力』をかけているのもすごいと思います。少しくらいの怪我とか、痛みを感じる前に治ってしまうので」
「へえ、三留間さんはついにそれができるようになったのか。それはすごいね」
パーティの前衛に回復魔法を遠隔で掛け続けて補助するのは、回復役としては最上位の技能の一つであり、正確な魔法の操作と、なにより豊富な魔力量が必要となる。しかもこれだけの人数に対してそれをするのはそれこそ聖女か、勇者パーティの大僧正でないとできない芸当である。
まあ彼女の場合、もとから持っている『癒しの力』がかなり強力な特異スキルなのでそのハードルが下がっているのだろうが、それでも中等部の年齢でできてしまうのは想像以上だ。世が世なら本当に『聖女』として崇められていたかもしれないな。
「じゃあ今日もお疲れさん。皆それぞれ適当に家に帰ってくれ。ああそれと明日は異世界行くが明後日は休みな」
「分かりました」
「先生は日曜はなにするんですかっ?」
去り際に聞いてくる双党に、
「『ウロボちゃん』を町に案内する予定」
と答えたら、『統合指揮所』を出て行こうとした全員がピタッと立ち止まった。
「え、それってもしかしてデートですか?」
「あ~、まあ、『ウロボちゃん』はそう言っていたな」
「は?」
と威圧感のある声を出したのは青奥寺と新良であった。
ちなみに雨乃嬢は「えっ!? まさかこの間『ウロボちゃん』に見せた寝取られ本のせい!?」とか聞き捨てられないが聞き捨てたいことを言っている。
それと宇佐さんがなんか絶望したような光のない目で見てきたり、リーララなんか道端の犬の〇〇〇を見るみたいな目になっていたりと、いきなりその場が混沌としてきた。
「いやまあ、デートというのは冗談だとは思うが、『ウロボちゃん』が町を歩きたいって言ってきたんだよ。色々世話になってるからまあそれくらいはしないといくらアンドロイドでも悪いと思って」
と言い訳のようなものをしたのは我ながら空気を読んだと思う。が、それで納得してくれる娘さんは誰もいなかった。
そこで悲しそうな顔をする三留間さんが、
「それって前に約束した、先生に認められることをしたらお願いを聞いてくれるというお話でしょうか?」
と聞いてきてくれたので助かった。
「あ、ああ、それそれ。『ウロボちゃん』は皆も納得できるくらいのことはしてるだろ?」
と言うと、「それは確かに……」と、場の雰囲気がわずかに落ち着いてきた。
すると、それまでなにかを考えていた絢斗が口を開いた。
「ということは、相羽先生に認められればデートする権利を得られるということですね?」
「いや、まあ、それが望みならな。ただ生徒とデートはできないから……」
「リーララとはしたんですよね? 魔法を使えば大丈夫と聞きましたよ」
「……あ~、そうだな」
う~ん、リーララは子どもだからともかく、青奥寺たちや絢斗、三留間さんのような高等部中等部組は俺的にはかなり抵抗があるんだがなあ。
まあ約束した以上、断るのも勇者的にはよろしくないことである。とりあえずその場を収める方向でオーケーを出したのだが、しかし彼女たちはそれでいいのだろうかと思わなくもない。だって複数人の女性とデートする男って、普通に処刑案件だと思うのだ。
ということは、『ウロボちゃん』と同じく、デートという名前の別件ということだろうか。女子の考えはやはり理解不能である。




