43章 束の間の静けさと魔王の足音 01
九神の家に来るのは、これで何度目になるだろうか。
俺は九神世海の担任ではないのだが、多分担任の山城先生より多く家庭訪問しているだろう。
というより高等部には基本的に家庭訪問というイベントはなく、山城先生は一回もしたことがないそうだ。
となると俺はなぜこんなに……と考えながら、高級かつ上品かつ最新のインテリアで統一された広いリビングで、俺は金髪縦ロールお嬢様の九神世海と、その父・仁真氏、母・ジュディスさん、そして兄夫婦の藤真青年と碧さんとともに豪華ディナーをいただいていた。
そう、九神兄の藤真青年は、権之内碧さんと先日結婚をしたのである。碧さんの父親・権之内孝憲氏は故あって獄中の人となっているが、そのあたり色々な事情を押しての結婚となったようだ。
ちなみに披露宴には俺も呼ばれて出席したのだが、招待客数が千に近い数だったのには腰が抜けた。しかも俺は末席ではなく、身内である仁真氏らと同じテーブルに座らされたのだ。
おかげで仁真氏の元に挨拶に来る政財界の大物の顔を間近で見ることになったのだが、その顔ぶれに九神家のすごさを再確認することになってしまった。
まあ明らかに場違いな俺に話しかけてくる酔狂な人間はいなくて助かったが、何人かが意味深な視線を向けてきていたのも感じていた。
その話をこのディナーの席でしたところ、仁真氏が謎解きをしてくれた。
「相羽先生の情報はさすがにいくつかのルートで流れていますからね。もちろん『アンタッチャブル』だということも伝わっていますから、話しかけてこないのはそのせいもあったようです」
「あ~……。随分と気を使ってもらってるんですね」
「彼らも間接的直接的に、先生と、それから先生のお知り合いのカーミラさんには色々とお世話になっているんですよ。あとロウナさんとドルガさんもです」
仁真氏は、そこでニヤッと芝居がかった笑みを浮かべた。
歩く18禁ことカーミラは『精神魔法』の使い手、ロウナは異世界の4人組『赤の牙』の一人で暗殺者っぽい女、ドルガも同じく『赤の牙』に一人でゴツいドレッドヘアの鬼人族魔導師だ。
カーミラはかなり前から九神家の専属エージェントみたいな扱いになっていて、結構な報酬をもらいつつ表に出てこないような仕事をやっているようだ。九神家は様々な業種に手を広げているが、もちろん各業界、水面下では合法非合法どちらでも熾烈な争いが繰り広げられているらしい。そこでカーミラの使う『精神魔法』が色々と役に立つんだそうだが、どう役立つのかは怖いから聞いていない。
カーミラ曰く、
「九神家を守るために使ってるだけだから大丈夫よぉ。ワタシもこっちからあこぎなことをするのはちょっと嫌だしねぇ」
だそうなので、多分スパイとかを捕まえて自白させたりしてるのだろう。
ロウナとドルガについても、裏の仕事を任せられる人間を紹介して欲しいといわれて俺が推薦した。もともと彼らはそういうドロドロした世界が嫌で『魔人衆』に属していた連中だが、そこは割り切って仕事をしろと諭した。
「モンスター退治よりは面白そうだから構わないよ。でもこっちは強い男はいないのがちょっとね」
「ロウナは俺が抑えておくから安心してくれ」
とのことだったが、丁度いいペアかもしれない。実際裏の仕事を頼めるとなったらこの上なく強烈な人材ではある。
ともかくルカラスの国籍やらなにやらも含めて、俺はなんだかんだいって九神家とはかなり深く関わってしまっている。まあ、だからこそのディナーのお誘いでもあるわけだが。
「彼女らがこちらの世界で活躍できているなら自分も嬉しいですよ。もともとまっとうな人間ではないですしね」
「はは、そうかもしれませんね。しかし世界中探してもあれほどの人材はそうはいません。お陰で悩みの種が一度に減って本当に助かっています」
「九神さんの悩みというのは一般人には理解できないようなものなんでしょうね」
「いや、相羽先生がおやりになっていることに比べれば些事に過ぎませんよ。世海から色々と話は聞いていますが、いずれも想像を絶するものばかりで、私もジュディスも藤真たちもいつも驚かされています」
そう言って、仁真氏は俺の隣に座っている娘・九神世海の方を見る。
九神は、「ふふっ」とか妙に意味深な笑みを漏らすが、このあたりいかにもお嬢様感がある。
「先生のおやりになっていることは地球どころか銀河や異世界にまで関わることですからね。規模が大きすぎてもう完全に別世界のお話ですわ」
「いっそのこと本当に別の世界の話だと思ってもらったほうがいいかもしれないな」
『魔王』との戦いはもう『銀河連邦』を巻き込む事態になってしまっているので、逆に地球には関係がなくなっている感がある。
せいぜいその影響はダンジョンくらいの話だが、それも数が増えなければ地球に大きな影響はないはずだ。
「そういえば九神さん。ダンジョンから色々なものが出てきていますが、ああいったものはどの程度社会に影響を与えそうでしょうか」
「魔石から抽出される魔力を使った機関などは大変興味深いのですが、肝心の魔石や希少金属などの採取量が少なすぎて、世界経済に影響を与えることはほとんどないでしょう。先端科学などの分野ではわかりませんが、今のところは国家機密に近いお話ですので」
「やはりそうなりますよね。魔石の加工を考えると、九神家の『憑き落とし』という技術はとても重要なのですが、それも使える人間は九神家の方々だけですから」
「それもあります。結局はダンジョン管理に必要な技術として、秘密裏に運用されることになりそうです」
「それがいいと思います」
仁真氏が言うくらいだから、ダンジョン関係の終着点はやっぱりその辺に落ち着きそうだ。
そんな話をいくつかしていると、不意に九神兄の藤真青年が、
「ところで相羽先生は異世界で勇者をされていたそうですが、やはり国王や貴族といった方々とは交流があったのですか?」
と聞いてきた。
「そうですね。魔王の軍勢に襲われてる国に行って助けたりしたので、そういう時には会うことがありました。基本的に感謝はされますが、一方で逆に怖がられたりもしていたようです」
「なるほど。軍勢を押し返せる個人というのは、権力者には怖い存在なのかもしれませんね」
「自分でそう気付いたのはかなり後になってからなんですけどね。私を召喚した国の王様も、途中からもうウチの国には来なくていいから、とか言ってましたし」
「先生が予想以上に強かったということでしょうか。男としては憧れますが、それは逆に少し寂しい気もしますね」
「そうですね。露骨にお姫様とかからも遠ざけられてましたからね。こっちはそんな余裕なかったんですけど」
「はははっ、先生もそういうのは気になるんですね。まあ僕も異世界のお姫様というのは興味ありますね」
と口走って、碧さんに太ももとはたかれている藤真青年は幸せそうで俺から見ると眩しいことこの上ない。彼は結局、権之内家の当主となったわけだが、早速辣腕をふるっているらしい。以前小悪党ムーブをしていたとは思えない変貌ぶりだが、やはりそこは地の違いだろうか。
などとちょっと失礼なことを考えていると、隣の九神が俺の太ももを軽く叩いてきた。
まさか九神がボディタッチをしてくるとは思わず、俺はつい九神の顔を凝視してしまう。
「先生も女性にはやはり興味はおありになるのですね?」
「そうじゃなくて、今のは勇者として貴族から煙たがられていたって例えで出しただけで、お姫様に興味があったわけじゃないからな」
「でも、ルカラスさんも相羽先生は旅の途中ずっとそのことを気にしてたとおっしゃっていましたけれど」
「あいつは脚色しすぎなんだ。それに決まったメンバーでずっと旅してると話題なんてループしがちだからな」
「そういうことにしておきましょうか。ただ先生、勘違いしていただきたくないのですが、先生が女性に興味がないというのは、それはそれで心配になる人間がいることを忘れてはいけませんわ」
「まあ俺の親とかはそうかもしれないが……」
「いえ、先生の周りにはそのことでやきもきしている人間が多いのです。それはお気づきになってくださいませんと困ります」
「あ~、なんかよくわからんが、別に興味がないわけじゃないぞ。結婚とかだって、藤真さんの結婚式に出た時に少しは考えたしな」
「あら、それならよいのですけれど。ところであの時の私のドレス姿はいかがだったでしょうか?」
「当日褒めた気がするが」
などと話をしていると、仁真氏たちが温かい目でこちらを見守っているのに気付いた。
しまった、いつの間にかご令嬢相手に普段の言葉遣いになっていたようだ。といっても今さら敬語を使うのもなあ。
なんて悩んでいると、母ジュディスさんが、
「先生がもしご結婚なさるなら、それはきっとすばらしい披露宴になるでしょうね。もちろん我が家も全力で支援をいたしますから」
などと謎のプレッシャーをかけてきた。
いや、なんで俺の結婚披露宴を九神家が支援するのか意味がわからないんだが。
しかしそれを聞くののはばかられ、俺は「その時はよろしくお願いします」と冗談で返すに止めたのであった。
2月23日は更新を休ませていただきます。
次回更新は2月26日になります。




