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6章 九神家  03

 その後は特に何事もなく、無事テストも完成して安心して週末を迎えることができた。


 土曜の朝9時にアパート前で待っていると、黒塗りの高級セダンが目の前に停まった。運転しているのは白ひげの老紳士、九神世海つきのプロフェッショナル執事氏だ。


 俺が後部座席に乗り込むと車は静かに走り出した。


「迎えにきてもらってありがとうございます」


「相羽様は大切なお客様ですので当然のことでございます」


 こんなセリフをさらっと言う人がいるというだけで驚きである。庶民の知らない世界ってあるんだなと実感する。別の意味で知らないはずの世界はいっぱい知ってるんだがなあ。


 九神邸に着くまでにお話をしたが、執事氏は中太刀さんといって九神家にゆかりの深い家の出らしい。


 もとから執事だったわけではなく、ご子息に家督をゆずってから九神世海(せかい)のお世話役になったようだ。言うまでもなく九神家の信が(あつ)い人なのだろう。


 いろいろ話はしたが、さすがにあの時の結界の術のようなものについてはうまくはぐらかされてしまった。


 中太刀氏の巧みな話術のおかげで退屈することもなく30分ほど車に乗っていると、九神の家に到着した。


 車を降りて門をくぐった先にあったのは、最先端のマテリアルをふんだんに使っていると思われる近代的な家、それも間違いなく豪邸と言っていい建物だった。


 前面に広がる庭も近代的な様式のもので、古式ゆかしい青奥寺家とは正反対の(たたず)まいの住まいである。


 中太刀氏の後についていくと普通の家の倍はありそうなスケールの玄関が眼前に現れる。


 (うなが)され中に入ると、白を基調とした近代的高級インテリアをバックに、金髪縦ロールのお嬢様が出迎えてくれた。


「おはようございます相羽先生。ようこそいらっしゃってくださいました。どうぞこちらへ」


 九神世海は隙のないお嬢様的所作で俺を応接間まで案内すると、中太刀氏にお茶の用意を指示し、自身は応接間に残った。


「どうぞおかけになってください」


 どう見ても俺が着てる安物スーツとは釣り合わない高級感満点のソファに座る。


 九神は対面のソファに腰をおろし俺に涼しげな眼を向けた。学園にいる時よりお嬢様度が爆上げになっている気がするな。


「今日はご無理を申し上げて本当に申し訳ありません。先生が来て下さって嬉しく思いますわ」


「九神さんも学園の生徒だから教師としてはお願いをされたら無下(むげ)にはできないさ。家に呼ばれるのはかなり例外的なことだけど」


「そうですわね。それは自覚しておりますわ。本来なら私の両親にも会っていただくところなのですけど、どちらも先日日本を離れてしまったものでして」


「九神家のご当主夫妻となればお忙しいのは分かるよ。そこは構わないんだけど、ご両親は俺が来ることは知っているんだろう?」


「ええ、連絡はもちろんしておりますわ。両親も承知しておりますのでご心配なく」


 九神はしれっと言うが、もし家に教員が来るとなったらいくら忙しくても親なら手紙か電話の一本くらいは寄越すだろう。それがないということは、伝えたけれど了解は得てないとかそういう可能性もありそうだ。


 そこで中太刀氏がメイドさんを連れて入ってきた。20代中盤くらいの、妙にデキるオーラがある眼鏡美人のメイドさんだ。動作に隙がないので九神お嬢様のボディーガードを兼ねてるとかそんな感じなんだろう。ロングスカートの下に暗器を隠してたりしてそう。


 彼女がサーブしてくれた紅茶に口をつけると、その美味さに資本主義社会の悲哀を感じてしまう。


「ところでお兄さんとは仲直りしたのか?」


 中太刀氏はともかく、立場不明のメイドさんがそのまま部屋に残ったのでボカして聞く。メイドさんの眼鏡の奥の目が光った気がするな。


「ええ、おかげさまで。父にも出張ってもらってとりあえずは収まりましたわ。先生の()()()も減ったのではなくて?」


「そうだな、あれから青奥寺からの連絡はないよ」


 もっとも宇宙人の兵隊と異世界からの巨大モンスターは来てたけど。


「それはようございましたわ。そうそう、中太刀、あれを」


「は、こちらですな」


 中太刀氏がテーブルの上に置いたのはやたらと分厚い封筒だった。正直それにはすごく見覚えがある。青奥寺家からもらったアレと同じものだろう。


 九神はその封筒を俺の方にすっと押しだすと、姿勢を整えて一礼した。


「あの時は危ない所を助けていただき本当にありがとうございました。お礼が遅れたことをお詫び申し上げますわ」


「それはどういたしまして、なんだが、さすがにこれを受け取るのは……」


「青奥寺家からは受け取っていると聞いておりますわ。こちらも校長先生に話を通せば問題のないものですのでどうかお受け取り下さい。……奨学金なども大変だと思いますので」


「あ~、まあなあ……。分かった、受け取らせてもらうよ」


 ちらりと自分達の情報収集能力をアピールするあたり到底10代の少女とは思えないな。


「ふふっ、プライベートな所に触れられても眉一つ動かさないのですね。失礼なことを申し上げましたわ、申し訳ありません」


「それはいいよ。お互い様だしな」


「うふふっ、確かにそれもそうですわね」


 あ~なんか『あっちの世界』のクソ貴族と腹の探り合いをしたのを思い出すなあ。九神の方が美少女な分救いはあるけど。


「さて、お礼も受け取ってもらえたところですし早速書庫の方に案内させていただきたいのですけれど、よろしいでしょうか」


「ああもちろん。そのために来たんだしな」


「では中太刀、案内して差し上げて。宇佐は私と一緒に」


「は」


「はい、お嬢様」


 九神は「所用を済ませて参ります。なにかあったら中太刀に聞いてくださいませ」と言い残し、メイドさんを連れて出て行った。


 俺は中太刀氏に豪邸の奥まったところにある部屋へと案内された。重そうな耐火扉を開くと書物のすえた匂いが漂ってくる。嫌いじゃない雰囲気だ。


 その部屋は図書館の閉架のような雰囲気で、頭より高い棚が5つほど並び、そこには古そうな本がぎっしりと並んでいた。


「こちらになります」


 中太刀氏が示したのは部屋の端にある書見台だ。台の上には古い和綴(わと)じの書物が一冊鎮座している。


「こちらがお嬢様に指示された書物でございます。相羽様にはこちら読み解いていただければと思います」


「分かりました。しばしお時間をいただきます」


 俺はポケットから白手袋を取り出してつける。さすがに古文書を素手で触るのはマズいだろう。


 中太刀氏は数歩下がってそこで待機の姿勢をとる。


 さて肝心のブツだが……俺はその本の表紙を見ていきなり面食らってしまった。


 当然そこには古い字体で書名が書かれていたのだが……。


「中太刀さん、この本で間違いないんですよね?」


「はい、間違いございません」


 俺が聞き返したのには訳がある。


 「深淵より出でし獣と異界の業」と題された書名の脇に、明らかに日本語でない文字……『あの世界』の文字が書かれていたのである。




 書物には日本語と異世界語と両方が書かれており、九神としては日本語の方だけ読んでもらうつもりだったようだ。その日本語も相当に崩された文字で書かれていて、行書や草書に精通していても読むのは相当苦労する感じであった。『全言語理解』スキルが個人のクセ字にまで対応してくれなければお手上げだったろう。


 俺は『超集中』『並列処理』『高速思考』スキルをフル活用して30分ほどでその書物を一通り読み終えた。


 本を閉じて「ふう」と息を吐く。タイトル通り『深淵獣』について記された書物で、青奥寺家と九神家にとってはそれなりに意味がある情報が書かれていた。ただまあ正直この情報で現状が何が変わるかというと、多分何も変わらないだろう。


 この書物の記述のうち、日本語で文章を書いたのは九神家の先祖のようだった。一方で異世界語を書いた人間が誰かは最後まで記述がなかった。だが『次元環』を通ってこっちの世界に来てしまった人間だろうというところは察しがついた。その点はリーララに話を聞いておいたことが役に立ったと言える。


「相羽様はその書物をお読みになることができるのですな」


 俺が伸びをしていると中太刀氏が声をかけてきた。


「ええ、一通り読ませていただきました。この書物の半分は、日本の……というか地球の文字で書かれてないので自分以外には読めなかったでしょうね。九神世海さんが自分に頼んだのは幸運だったかもしれません」


「地球の文字ではない……とおっしゃいますと、他の星の文字ということですかな?」


「いえ、前にも言いましたが、私は昔この世界とは異なる世界に飛ばされましてね。この文字はその世界の文字なんですよ。だから私と同じ経験をした人間にしか読めないでしょう」


「にわかには信じられませんが、しかし相羽様がおっしゃるならその通りなのでしょうな」


 俺が九神家にそこまでの信用があるとも思えないが……まあ執事流の気遣いなんだろう。


「ただそこまで重要なことは書かれてなかったと思いますので期待はしないでください。自分にとってはなかなかに興味深かったのですが」


 そんな話をしていると感知スキルに反応がある。三人の人間が近づいてくるが、後ろの二人は九神とメイドさんだ。では先頭は誰かと言うと……


「貴様、いったい誰の許可があって九神家の書庫に足を踏み入れている! 中太刀、お前がいながら何をしているのか。この書庫がどのような場所か知らぬお前ではないだろうが」


 一方的に言いたてながら書庫に入ってきたのは、20代前半と思われる金髪の貴公子然とした青年だった。


 その声には覚えがあった。九神建設ビルの最上階でナルシスト発言をしていたあの声だ。


 この神経質そうなハンサム顔の男が、九神建設の社長にして九神世海の兄、そして九神家の長男である『九神藤真(とうま)』に間違いなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 完全なるお節介ですので、聞き流していただいても良いのですが。 古文書や古美術品を触る時に白手袋やハンカチなどで扱うのが正しい……というのは実はよくある誤解だそうです。手袋などの繊維が古文書…
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