6章 九神家 01
リーララと共闘(?)した翌々日、4限目の授業を終えて教室から出ると、廊下で金髪縦ロールなお嬢様が待ち構えていた。
「相羽先生、少しよろしいでしょうか?」
「ああ大丈夫だ」
「この間の古文書を調べていただく件なのですけれど、今週の土曜日に来ていただくことは可能でしょうか?」
「俺は問題ないが、テスト前だし九神さんが困るんじゃないか?」
教師として気を利かせたつもりなのだが、九神はロールヘアーを片手でファサッとかき上げて庶民見下し系の笑みを漏らした。
「御心配には及びませんわ。すでに範囲は一通り勉強し終わっていますので」
「それは大したもんだ。わかった、何時にどこへ行けばいい?」
「午前九時に先生のアパート前に迎えをおくりますわ」
「了解した。一応山城先生には話を通しておいてもらえるか」
「すでに伝えてありますわ。では土曜日に」
俺の背後へちらっと視線を投げてから、舞うように踵を返して九神は自分のクラスへと戻っていった。
振り返ると、黒髪ロングの女子がいつもの怖い目つきでこちらをじっと見ていた。なるほど九神がわざわざ1組前の廊下に来たのは、俺にちょっかいを出すことを青奥寺に見せつけるためだったか。どちらも成績トップクラスの生徒なのにやってることが子どもの意地の張り合いになってるな。
「先生、世海の家に行くんですか?」
青奥寺がジトッとした目を俺に向ける。
「家に古文書があってそれを読んで欲しいんだそうだ」
「そんなの表面上の理由だって分かってますか?」
「まあな。でも古文書があるのも嘘ではないだろうし、九神家というのがどんな感じなのかも興味はあるからなあ」
「変なことに巻き込まれるかもしれませんよ」
「さすがにそれはないとは思うけどね。ま、巻き込まれたら巻き込まれたでどうとでもなるから」
俺の言葉が気安く聞こえたのだろう、青奥寺は軽く溜息をついた。
「先生なら大丈夫でしょうけれど……、でも気を付けてください」
「そうするよ。それと俺にとっては自分のクラスの生徒が優先だから」
と一応九神の側にはつかないことをほのめかしておく。女子はそういうのに敏感だからなあ。
「そっ、そうですか。いえ、そうですよね。担任の先生ですからね」
ちょっと驚いたような顔でそう言うと、青奥寺は「失礼します」と言って自分の席に戻って行った。
ちらと見ると双党はニヤニヤ笑っていて、新良はいつもの無表情だった。なんだかよく分からない反応だが間違った対応をした感じでもなさそうだ。なんにせよテスト前なんだし、そっちに集中してもらいたいものだ。
「そういえば相羽先生、お弁当は結局一日しか持ってきてないのね」
職員室で昼食のコンビニ弁当を食べていると山城先生が肩越しに後ろから覗き込んできた。妖艶系美人なのにときどき距離感がおかしくなるのは本当に困る。
「ええ、結局面倒くさくて戻っちゃいました。その分夜にしっかり自炊するようにしてます」
「それならまだ大丈夫かしらね。栄養がかたよると後で体調崩すから気を付けてね」
「野菜は多めに食べるようにしますよ」
と言っておくが、実際夜食べている新良の弁当は温野菜多めでいかにも身体に良さそうではある。朝飯も適当だし、俺の健康は新良の腕にかかっていると言っていいだろう。
「あ、そうそう、九神さんが先生を家に呼ぶって話は聞いたかしら?」
「ええ、さっき言われました。家にある古文書を読んで欲しいとか」
「悪いわね、違うクラスの生徒の対応をしてもらっちゃって。普通は教員を校務と関係ない用事で家に呼ぶなんて考えられないんだけど、九神さんはちょっと、ね」
眉を寄せて困ったような顔をする山城先生。にじみ出る色気のせいでここが職員室だと一瞬忘れそうになる。
しかしまあ、やはり九神は特別な扱いをせざるをえない生徒のようだ。九神家はネットで調べただけでも結構な資産家だとわかる家なんだが、その上権力者ともつながってるらしいからなあ。
「いえ、半分は個人的な話なので山城先生が気にされることじゃないですよ」
「そうなの? 彼女に目をつけられたらそれはそれで大変そうだけど……先生は古文書を読むのは得意なのね。普通は地歴の先生の守備範囲だと思うけど」
「得意と言えば得意ですね。九神の家の古文書なんて先生も興味湧きませんか?」
「興味がないということはないわね。どんな内容だったか後で教えてくれる?」
「口止めされなければ」
「ふふっ、それもありそうで怖いわね。そうそう話は変わるけど、清音が相羽先生のことを結構気にしてるみたいなの。リーララちゃんが迷惑かけてるみたいだから……って言ってたわ」
そういえば清音ちゃんはリーララのことをどこまで知っているのだろうか。山城先生に確認を取ってもいいが……藪蛇になりそうな気もするから自重しよう。
「それは清音ちゃんが気にすることじゃないんですけどね。リーラ……神崎さんがしつこいようなら俺の方で指導するから大丈夫だって言っておいてください」
「どうしてもというときは相談してね。向こうの担任の先生になんとかしてもらうから」
「わかりました。でも多分大丈夫ですよ」
俺の中ではリーララはいざとなったらこめかみグリグリしていいリストに入っているので問題ない。まあ奴もそこまでひねくれてるわけでもない気はするんだが。
「しかし清音ちゃんはいい子ですね。自分が小学生だった時のことを思い出すと泣けてきますよ」
「あらありがとう。相羽先生が褒めてたって清音には伝えておくわね。でもスマホの次はお父さんが欲しいかも、なんて言い出して困ってるのよ。あの年頃の子がなにを考えているのか母親でもよく分からないのよねえ……」
頬に手をあてて溜息をついている山城先生の姿は、それだけで父親候補なんていくらでも寄ってきそうではある。むろん俺はそこに名乗り出るほど身の程知らずではない。勇者は謙虚さを忘れてはいけないのである。