39章 歓迎されざるもの 10
ダンジョンの最奥部にいた『ゼンリノ師』と、『魔力供給ポッド』なる機械に入っているスキュア。
『ゼンリノ師』の話によると、スキュアの魔力を使ってダンジョンを作ったということらしいのだが、単にそれだけが目的とも思えない。
とはいえ『ゼンリノ師』もこれ以上しゃべることはないだろう。
こっちとしても、ダンジョンをこれ以上拡張されても困るので、結局やることは一つである。
「お前の考えはわかった。とりあえず相容れない者同士だ、これ以上のダンジョン拡大は止めさせてもらおう」
「こちらとしては最低限のことは完了した。好きにするといい」
『ゼンリノ師』はそう言うと、デカい三日月刀を振りかざしながら高速移動で突っ込んできた。奇襲と言うにはあまりに安直な攻めだが、コピーでは俺に勝てないことはわかっているのであまりやる気はないようだ。
俺が『ディアブラ』の一撃で胴体を真っ二つにしてやると、マッチョ剣士は砂になって崩れ去った。
「アイバさん、スキュアを!」
ランサスがそう声を上げながら、設置された円筒形の機械『魔力供給ポッド』へを走っていく。遅れて俺とレア、イグナ嬢も装置の前まで近づいていく。
『魔力供給ポッド』は、近くで見ると細部は未来的な形状をしていて、銀河連邦の技術によって作られていることは明らかだった。
透明なガラス越しに見えるスキュアは全身を拘束された状態で、眠ったように微動だにしないでいる。ただ時々苦しそうな表情をしているので、この装置がロクでもないものなんだろうという想像はつく。
ランサスはガラスを軽く叩きながら、「スキュア! スキュア! 聞こえるか!?」と呼びかけている。元恋人ということだが、どうやらまだ相当に気持ちは残っているようだ。
「アイバさん、この機械は止められないのか?」
「俺にもわからんが、イグナはどうだ?」
イグナ嬢はすでに『魔力供給ポッド』の後ろ側に回りこんだり、メンテナンス用の蓋を取り外したりして勝手に調査を始めていた。その手には太めのブレスレットが装着されていて、どうやら『ウロボちゃん』と通信しながら解析をしているようだ。
「ただいま解析中です~。これ見た目は銀河連邦の機械に見えますが、中心のシステムは多分ハシルさんが持っているような魔導具をそのまま使っているみたいですね」
「そんなことができるのか。で、止められそうか?」
「魔導具を制御しているのはこちら側のパーツみたいなので、その出力を絞れば……。あっ、はい『ウロボちゃん』さん、そこが怪しいと思いますよ~。でもこの端子はちょっと注意した方がいいかも。制御プログラムはお任せします~」
途中でイグナ嬢が研究員モードに入ってしまったので、俺たちは見ているしかない。
しばらく見守っていると、『魔力供給ポッド』からシュウゥゥという空気が抜けるような音がして、ガラス部分がわずかに浮き上がった。
ランサスがそのガラスを横に開くと、スキュアを拘束してたベルトをいくつか外し、それからスキュアの身体をゆすり始めた。
「スキュア、目を覚ませ。スキュア」
「……ん、んん……、なに……あら、ランサスじゃない……」
「よかった。身体に力は入るか? 今拘束を解いてやる」
ランサスがベルトに手をかけると、スキュアは意識がはっきりしたのか、自由になっていた右手でランサスの身体を押し戻した。
「やめてランサス、その必要はないわ」
「なぜだ。この装置は君の魔力を吸い上げるものだと聞いたぞ。このままでは君は力を失い、そして……」
「それでいいの。ランサス、私たちの願いを覚えているでしょう。私の魔力で『導師』様の理想の世界が実現するなら、この身は惜しくはないわ」
「バカな……!」
とランサスは目を剥くが、どうやらスキュアは本気で『導師』に傾倒をしているようだ。しかも命を捨てていいとまで言うのは相当に入れ込んでいる。第三者から見たら洗脳されていると評するレベルである。
「なにを言っているのランサス、貴方だって命を捧げると言っていたじゃない。もしかして……そこの勇者さんと仲良くなってそれを忘れてしまったの?」
「そうではない。しかし彼に命を救われこちらの世界で生きてきて、自分を見つめ直したのも確かだ。君だってこちらの世界に来て、『導師』から離れてみて気付くものがあったはずだ」
「ふふっ、私と貴方が別れたのは必然だったのかもしれないわね。やはり貴方は、どこか私とは別のところを見ていた気がするわ」
「そうではない。俺たちは誰もが……少しばかり狭い世界で生きてきただけなんだ。君だって、本当は少しづつ変わっていく自分を感じてたんじゃないのか?」
「そんなことはない。だからこそ私は命を懸けて『導師』様の願いを叶えるの。このダンジョンを最後まで作り上げ、そして――」
スキュアの瞳が別の世界を漂い始める。
それを見て、ランサスは慌ててスキュアを激しく揺すった。
「待てスキュア、君も一度アイバさんと、そしてアイバさんの元にいるルカラス様の話を聞くんだ。命を捨てるのはそれからでも遅くないだろう」
「なにを言っているの……? ルカラス様……ですって?」
「そうだ。君も聞いたことがあるだろう、伝説の勇者と契りを結び、この世界を変えた古代竜、神の化身のルカラス様だ」
え、ルカラスってそんな扱いになってんの? 神の化身はさすがに盛りすぎだろう。
とつい突っ込みたくなったが、それは胸の奥にしまっておく。
「ランサス、貴方もしかしてそこの勇者様に騙されているのではないの?」
「君も会えばわかる。アイバさんもそうだが、ルカラス様も間違いなく『導師』様と同等の存在だ。我々からしたらいずれもが神に等しい存在だ。その話を聞かないで一方的に『導師』様の言葉だけで行動するのは正しいことじゃない。それくらいの理屈は君にもわかるはずだ」
「相変わらず弁の立つ男ね。ま、このダンジョンはすでに出来上がってしまった。私の力をすべて注ぎ込めないのは残念だけれど、どうせそこに勇者様がいるのでは、最後まではやらせてもらえないのでしょう?」
俺の方に向けられたスキュアの目には、いまだに険が残っている。
正直なところこのまま力を失ってもらった方が話は早い気もするが、このダンジョンがさらに強化されるのもそれはそれで面倒くさい。もっとも最初からその気はないが。
「お前がなにを言おうがこの機械はすでに停止してるからな。後はお前が大人しくランサスに従うか、それとも俺に殴られてアメリカ政府に突き出されるかだ。上にはお前を慕ってついて来てる部下もいるんだろう。こっちのイグナもお前のことは心配していたぞ」
なぜか機械の後ろに隠れていたイグナ嬢を引っ張りだして、スキュアの前に立たせてやる。
イグナ嬢はなぜかモジモジしながら話始めた。
「え、え~と、支部長、お久しぶりです」
「そう、イグナは勇者様に助けられたのね。戻ってこなかったのは勇者様に絆されたからかしら?」
「いえ、弟が世話になっていたり、色々面白いことを研究させてくれたりしたからなんですが……でもでも、ハシルさんはいい人ですよ。支部長もハシルさんと、そしてルカラスさんのお話は絶対に聞いた方がいいです。本当に、なにが正しいかわからなくなりますから」
「貴女まで……」
スキュアは溜息をつき、そしてランサスとイグナ嬢を交互に見て、そしてもう一度ランサスに語り掛けた。
「わかったわ。とりあえずこの拘束をほどいてちょうだい。魔力を大きく失ったこの身ではできることなど限られているから」
なんとなく投げやりそうにそう言ったスキュアだが、拘束を解かれるとランサスにしなだれかかってそのままになった。
どうやら元恋人と元部下の言葉が多少は響いたのだろうか。個人的にはもっと情熱的な話になるのかと思ったが、そういう言葉は最後まで交わされなかった。
もっとも俺の感得できないなにかがあるのかもしれないし、そこは不問にしておこう。
それより問題なのは、この場面を見ていたレアが上司にどんな報告をするかだが……。
このダンジョンが残ってしまうことよりも、そちらの後処理の方も面倒かもしれないな。