39章 歓迎されざるもの 08
『クリムゾントワイライト』アメリカ支部、その地下は『ゼンリノ師』の来訪によってダンジョンに変えられていた。
地下1階のボス部屋で『クリムゾントワイライト』の構成員たちと遭遇した俺たちは、彼らの説得もそこそこに先へと進むことにした。
地下2階も、1階とほぼ同じ構造のダンジョンだった。
大きめの通路がほぼ直線に奥に続いていて、その奥から強力なモンスターの気配が漂ってくる。
出てきたモンスターも1階と同じで、レアに射撃をさせたりしつつ奥を目指した。
1時間ほどで、再び両開きのデカい扉の前に辿り着く。
「今度こそボスがいるかな」
と言いながら開くと、広い空間にぽつんと、身長2メートル半くらいの人型のモンスターがいた。
基本は人間の男に近い。上下はタキシードに似た服を着こみ、黒髪の下の顔はかなり整っている。ただし目は赤く輝き、側頭部からはねじれた角が一本ずつ、天に向かって伸びている。背中には蝙蝠の羽根とくれば、いわゆるデーモン系モンスターである。
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ロイヤルデーモン Aランクモンスター
デーモン族最上位のモンスター。
極めて高い魔力を内包し、強大な魔法を自在に操ることができる。
身体能力も高く、槍を使う戦士としても極めて高い技量を持つ。
配下を指揮する能力にも長けており、基本的に多くのモンスターを従えている。
極めて高い物理耐性、魔法耐性と再生能力を持っている。
弱点は聖属性。
特性
強物理耐性 強魔法耐性 状態異常耐性
スキル
上級氷魔法 上級槍術 飛行 上級指揮 超再生
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Aランクということは『特Ⅱ型』、つまりあの『三つ首の邪龍』や『超巨大ミミズ』や『クラーケン』といった怪獣モンスターと同じクラスということになる。
それでいて人間並みの大きさとなると魔力密度が一気に高まり、その力はクゼーロやバルロといった魔人衆幹部に匹敵するだろう。
実際俺が戦った『魔王』配下の四天王の一人は、このロイヤルデーモンだった。まあ奴はダンジョンモンスターではなかったから、コイツより格上だっただろうが。
「こいつは『クリムゾントワイライト』の支部長と同等の強さを持つモンスターだ。俺がやるから下がっていてくれ」
「そんなモンスターがいるんでぇす!?」
レアが素っ頓狂な声を上げる。
「首が三つあるデカいドラゴンがいたろ? あれと同じ力をこいつは持ってるんだ」
「あぁ~、そういうことなんでぇすね。アイバセンセイが前に言っていた、小さい方が強いというお話でぇすか」
「よく覚えてたな。そういうことだ。っと、どうやらやる気のようだ。とにかく下がってくれ」
ロイヤルデーモンは翼を広げると、ひと羽ばたきで宙へと舞い上がった。両手に魔力を集めているのでいきなりデカい魔法をぶっぱなす気だろう。
レアたち3人が下がったのを確認して、俺は『機動』魔法をいきなり全開にする。もちろん向かう先は今にも魔法を撃ちそうなロイヤルデーモンだ。
『魔剣ディアブラ』を振りかぶって見せるとその危険性を察知したのか、ロイヤルデーモンは超高速で後方に飛行しながら両手を俺に向けてきた。
『フリージングトルネード』
さすがAランクモンスター、なんと言葉まで発するようだ。
ロイヤルデーモンの両手から氷片を大量に含んだ竜巻が吹き出し、俺を包み込もうとする。俺は瞬間的に上級風魔法『カタストロフサイクロン』を発動、より強力な竜巻で氷の竜巻を相殺する。
『アイススピア・ファランクス』
ロイヤルデーモンはさらに太い氷の槍を超高速連射してくる。しかも自動追尾機能付きで、一度に10発以上発射しているのに、全ての槍が緩やかにカーブしながら俺に向かってくる。
だがその程度の攻撃ならば、勇者の飛び道具防御魔法『アロープロテクト』は破れない。
透明な壁にぶち当たったように砕け散る無数の氷の槍を押し返しながら、俺は一気に距離を詰めた。
『ムウッ!』
ロイヤルデーモンは更に下がりつつ、手の中に氷の槍を出現させた。2メートルを軽く超える、巨大なツララをさらにトゲトゲにして凶悪そうな形状にした槍である。
後退から一転、高速接近しつつ槍を突き出してくるロイヤルデーモン。穂先が無数に分裂して襲い掛かってくるのはなんらかのスキルだろう。穂先から放たれる冷気は、それだけで並の冒険者なら氷漬けになるほどだ。
だが俺は、その槍を『ディアブラ』の一振りで弾き飛ばす。冷気も所詮魔力の産物なので、半魔導物質の刃が瞬時に無効化する。
更に『ディアブラ』をロイヤルデーモンの首筋に滑らせるが、さすがにそれは避けられ、わずかに頬を切り裂くのみにとどまった。
しかしそれが逆鱗に触れたのか、ロイヤルデーモンの整った顔が怒りの形相に変化した。
『キサマァ!』
全身に青白いオーラをまとったかと思うと超高速で飛翔を始め、次々と凄まじい刺突を繰り返してくるようになった。
俺はそれらをすべて『ディアブラ』で弾いていく。半魔導物質の刃が冷気を封じていなければ、このボス部屋全体が凍り付いてもおかしくはない攻撃だが、俺とロイヤルデーモンの間では、あくまでも武器と武器との差し合いが繰り広げられている。
『死ネ!』
いい加減焦れたのか、凄まじいラッシュを繰り出すと、ロイヤルデーモンは一気に距離を取って、槍を一回り巨大化させた。巨大ツララの側面から無数のツララが突き出てきて、釘バットの親玉みたいな見た目になる。
ロイヤルデーモンはその凶悪な槍を、渾身の力で突き出してきた。瞬時に全てのツララの先から冷気がほとばしる。無差別の飽和攻撃というところだろうか。
俺はそれに対して、真正面から『ディアブラ』を袈裟切りに振り下ろした。
半魔導物質に吸収されていた膨大な魔力が、俺の意思を汲んで一気に放出される。『魔剣ディアブラ』の持ち主のみに許された大技だ。
その純粋な超高圧の魔力は巨大な刃となって、凶悪形状のツララの槍ごとロイヤルデーモンの身体を真っ二つにした。
斜めに切り裂かれたロイヤルデーモンは、自分が斬られたのが信じられないといった表情のまま、黒い霧に変化して消えていった。
「あれ? これで終わりか」
四天王ならもう一段階の変身があるんだが、やはりダンジョンモンスターだとそこまでの粘りはないようだ。
遠くで見守っていたレアたちに「終わったぞ」と声をかけると、3人が小走りにやってくる。
ランサスは先ほどのロイヤルデーモンの強さを一番に感じているのか、神妙な表情をしていた。
「さすがアイバさんだな。あのモンスターは確かに私たちでは手に余りそうだ」
「今は難しいかもな。しかしあれくらいはいずれ『赤の牙』でも対応してもらう必要が出てくるかもしれないぞ」
「それは少し困る話だな。だが必要ならやろう」
「強くなりたいなら協力するぞ。ウチの娘たちもそろそろお前たちに並ぶし、一緒に面倒見てやるよ」
「それはありがたい。しかしこれほど強力なモンスターが出現するダンジョンを作り出して、いったいなにをするつもりなのだろうか」
「わからんな。ただこのダンジョンは、『魔王』が住んでいた場所にかなり近い雰囲気があるのは確かだ。ロクなことを考えていないのは確かだろうな」
「そうか……」
とはいえここで考えていても仕方ないので先に進むしかない。
宝箱から『エリクサー』を回収し、俺たちはボス部屋の先にある階段を下りていった。