39章 歓迎されざるもの 06
家の地下は、元は近代的なオフィスみたいな作りだった記憶がある。
しかし今目の前にあるのは、溶岩が固まってできた岩みたいにゴツゴツとした、壁や天井に囲まれた通路であった。
幅、高さともに5メートルくらいだろうか。もはや完全無欠のダンジョンであるのだが、俺はその様子を見て無意識のうちに眉間に力を入れていた。
一方でイグナ嬢は、尻尾をブンブン振って驚きを示していた。
「ええっ!? ここって今風の内装だったはずなんですけど~!? ハシルさん、これってやっぱりダンジョンになってるんですよね~?」
「間違いないな。しかもかなり高レベルなダンジョンだ」
「どうしてそう思うんです~?」
「この壁だが――」
俺はそう言って、固まった溶岩みたいな壁を叩いて見せた。
「この感じは、『魔王』が住んでいた城の壁のものに近い。つまりこのダンジョンは『魔王』肝入りのものである可能性が高いってことだ」
そう、実はこの壁は、あの『応魔』の『王級』がいたところのそれと同じものであり、俺が異世界でかちこんだ魔王城の通路のものとも同じであった。ゆえにさすがの勇者も自然と力が入ってしまったわけだ。
「ということは、この奥には『魔王』がいるんですか~? でもそうすると、スキュア支部長たちは……」
「仲間をどうこうすることはないはずだ。それとこの奥に『魔王』がいることもないだろう。ただ、普通にダンジョンを作って終わりってことはないはずだ。それは確かめないとならないな」
「そうでぇすね。『アウトフォックス』としても、ここでなにが行われているのかの情報は絶対に必要でぇす」
レアがうなずくと、ランサスも同調する。
「スキュアがこれを起こしたというなら、すぐに止めないといけない。アイバさんに倒されてしまう前に」
「別に問答無用で潰しにいったりはしないぞ。お前の説得次第だ」
「全力を尽くそう」
「頑張れ。じゃあ進むぞ」
『空間魔法』から『魔剣ディアブラ』を取り出して、俺は先頭に立って歩き始めた。
『魔力感知』『悪意感知』『トラップ感知』といった感知スキルは全開にする。もし『ゼンリノ師』がスキュラと結託してこのダンジョン化を引き起こしたとして、俺が調べに来るのは織り込み済みだろう。ならば相当に強力なモンスターを仕掛けてくるか、エグいトラップを仕掛けてくるか、もしくはその両方か。いずれにせよ警戒は必要だ。
しばらく進むがこのダンジョンには分岐はないようで、緩やかに右に左に蛇行するような通路が続いているだけだ。ただし通路は次第に広くなっていき、すでに幅は10メートルくらいになっている。
そろそろか、と思っていると、果たして前方にモンスターの気配が急に現れた。
ヒタヒタという足音とともに姿を現したのは、ゾウくらいの大きさの四本足の肉食獣だ。
顔はライオンの鼻をさらに尖らせた感じで、長いたてがみが背中にまで続いている。その赤く輝く双眸は、気が弱い奴ならひと睨みで全身が凍り付くほどの威圧感を発している。
これ見よがしに伸びている牙や爪は青銀に輝いているが、高ランクモンスターらしくミスリルを含んでいるのだろう。
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バンダースナッチ Bランクモンスター
Bランク最上位モンスターの一角。
高い敏捷性を誇る天性の狩猟者。
一度獲物と定めた相手はどこまでも追って仕留めるが、それ以前にその圧倒的速度から逃れられるものはいない。
高い物理耐性、魔法耐性も持ち、極めて高い回避能力も持つ。
ミスリルに近い金属でできた牙や爪は、分厚い鉄の板すら容易に引き裂く。
弱点は状態異常攻撃。
特性
物理耐性 魔法耐性
スキル
超速度 超反応 嚙みちぎり 引き裂き 再生
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バンダースナッチはどこかの物語に出てきた獣だった気がするが、まあ要するにそれに似たモンスターということだろうか。
Bランクということは『特Ⅰ型』相当なので、青奥寺たちでも勝てる相手ではある。
ただ「最上位の一角」ということは、かなり強力なモンスターだろう。異世界でも似たような奴がいたはずだが、正直獣タイプは種類が多すぎて覚えきれていない。
グルルル……、を唸り声を上げるバンダースナッチを前に、ランサスがミスリルソードを構えながら前に出た。
「アイバさん、ここは私にやらせてもらっていいだろうか?」
「構わないが気をつけろよ。スピード特化型らしい」
「むしろ得意な相手だ」
そう言うと、ランサスは構えを保ったまま、バンダースナッチの正面に歩いていった。
「援護は必要ないでぇすか?」
というレアの問いに俺は首を横に振った。
「見ていればわかるがこの距離だと魔法や射撃が当たる相手じゃない。まあランサスに任せとけ」
と止めている間に、一人と一匹の戦いが始まった。
とはいえレアにきちんと見えたのは、最初に二人が『高速移動』スキルですれ違いながら一撃を出し合ったところまでだろう。
その後互いに縦横無尽に動き回りながら刃と爪牙を交わすところは、ほとんど見えていないはずだ。ただ一瞬動きが遅くなるところで、バンダースナッチ側に傷が増えていくのだけが見える感じか。
そして最後、動きが明らかに鈍った巨獣の首を切り裂いて、戦いはランサスの勝利に終わった。
「Bランク最強のモンスターらしいぞ、一人で倒せるのはさすがだな」
「なんの。アイバさんならこの程度は一太刀だろう。だがいい経験になった。このレベルはなかなかいないからな」
と謙遜しながら戻ってくる金髪イケメン剣士は、俺から見ても惚れ惚れするほどカッコいい。イグナ嬢やレアも目をキラキラさせている……かと思ったらそうでもなかった。女子の目は厳しそうである。
その後もダンジョンを進んでいくが、バンダースナッチのほか、宙を浮く巨大クラゲ『アバオアクー』や、大型熊にフクロウの頭がついた『オウルベア』など、Bランクモンスターがぞろぞろと出てきた。なおどれも元ネタがありそうだが、元ネタとは見た目や中身はかなり違うと思われる。そもそも神話伝承に出てくるモンスターって、概念的だったり戦闘向きじゃなかったりする奴の方も多いんだよな。
どちらにしろBランクモンスターが普通に出てくる時点で、このダンジョンは間違いなく魔王城と同レベルの最上位ダンジョンである。しかもこれがまだ地下一階であるというのが恐ろしい。まあ地下一階で終わりという可能性もあるにはあるが。
二時間弱進むと、通路の行き止まりに巨大な両開きの金属製の扉が現れた。黒光りする表面には茨みたいな模様がびっしりと刻まれている。言うまでもなく「この先ボス部屋」ということである。
ボスはAランクだろうなと思いながら扉を開く。
「誰だ?」
しかし部屋に入ろうとして、聞こえてきたのは誰何の声だった。
広大な部屋の真ん中あたりにいたのはボスモンスターではなく、100人ほどの人間たち。一部獣人やエルフがいるので異世界から来た『クリムゾントワイライト』の構成員たちだろう。
しかしその中に、険のある美人のスキュアや、禿頭の大男『ゼンリノ師』の姿はなかった。