39章 歓迎されざるもの 05
『ゼンリノ師』が、『クリムゾントワイライト』アメリカ支部の支部長スキュアのもとに向かっているらしい。
そこで急ぎ向かわねばならないのだが、スウェット姿のレアをそのまま連れて行くわけにもいかない。
それに『赤の牙』のランサスともスキュアの説得を任せるという約束もしていたため、まずはレアを家に帰し準備をしてもらう間に、俺とイグナ嬢は『赤の牙』が住んでいる一軒家へと転送で向かった。
イグナ嬢が一緒なのは、同じく『赤の牙』の一員である弟のレグサと会いたがったからである。
『赤の牙』は出勤前で、全員家にいた。
金髪イケメン剣士のランサスについては、話をすると二つ返事で一緒に来ることになった。
「すまないアイバさん。約束を覚えていて貰って感謝する」
「いや、むしろ今まで半分忘れてた。切羽詰まったタイミングで悪いな」
「むしろ『導師』からの使者が来てからの方が彼女の決心もつきやすいだろう。しかし『ゼンリノ師』か……」
「奴についてはどのくらいのことを知っているんだ?」
「彼はずっと『導師』に付きっきりで、あまり表には出てこない人物だった。優れた魔法剣士であって、『導師』の考えを最も深く信仰していると言われていた。が、私が知るのはそれくらいだ」
「説得などできないタイプか」
「魔人衆の幹部は多少の差はあれ、全員『導師』を信仰している。その中でスキュアは比較的その傾向は弱かったはずなんだ」
スキュアはともかく、『ゼンリノ師』については『導師』こと『魔王』に傾倒していてなおかつ最側近というのなら、マトモな奴ではないことが確定である。ある意味なにも考えずに倒していいということだから、こっちとしてはやりやすい。
「あっ、ハシルさん、こっちも話が終わりました~」
家の奥からイグナ嬢が猫の尻尾を振りながらやってくる。その後ろから尻尾をぐったりさせたレグサ少年が出てくる。
「弟さんがずいぶん浮かない顔だけど大丈夫なのか?」
「レグサはゲームばかりやってて話聞かないのでちょっとお説教をしていました~」
「ゲーム?」
「格闘ゲームの対戦にハマっているみたいです。反射神経だけはいいから強いみたいで~」
「別にその話はいいだろ! おい勇者のおっさん、さっさとこのうるさいのを連れてってくれよ。もう連れて来なくいいからな!」
レグサ少年が毒づくと、イグナ嬢の電光石火のゲンコツがその脳天に振り下ろされた。
少年は避けようとしたように見えたが、なぜか吸い込まれるように拳の下に自分の頭を差し出していた。ゴツンという派手な音が鳴り響き、少年は頭を押さえてしゃがみこんだ。
超人クラスの体術を誇るレグサ少年ですら回避できない不思議な技に、さすがの俺も首をひねった。
「イグナ、今のはどういう技なんだ? なんかレグサ少年のほうから当たりにいったように見えたが」
「レグサが避ける方向なんてバレバレですから、フェイント入れれば楽勝ですよ~」
「そうなの?」
「んなわけねえだろ。このバカ姉動体視力と反射神経ヤバいんだよ。いっつも意味がわかんねえ動きしやがって」
「うむ。イグナはずっと戦士にならないかと勧誘されていたからな。その道に進んでいたら大成したかもしれん」
レグサ少年とランサスの言葉に、イグナ嬢はプルプルと頭を横に振った。
「殴り合いとか絶対嫌ですから~」
「俺のこと殴りまくっててよく言うぜ」
「一方的に殴るのはいいの。また殴られたい?」
「一発で満足しとけよ」
やはりイグナ嬢もフィジカル強者の獣人族だったようだ。
今の動きを見る限りかなりの才能がありそうだが、本人がやりたいことをやるのが一番である。今後も『ウロボちゃん』と仲良く研究をしてもらおう。
その後イグナ嬢とランサスとともに『ウロボロス』に戻ると、準備を終えたレアも同じタイミングで転送されてきた。
さて、これであとは『クリムゾントワイライト』アメリカ支部長スキュアのところへ行くだけだ。
ランサスが上手く説得できればいいんだが、元恋人の言葉がどこまで彼女の心に響くか、なんて勇者にも計り知れないところである。
まあいざとなれば力ずくで止めるだけだし、ランサスの説得は結局、俺に倒されるかどうかを選ぶだけだったりするのだが。
転送されたのは、以前も訪れたアメリカンサイズのデカい一軒家の前だった。
少し離れた所には巨大なホームセンターがあったり幹線道路があったりして、近くにはほかの民家もある。日本のそれとは敷地の広さが桁違いではあるが、アメリカ的には標準的な住宅地だろう。
目の前の『クリムゾントワイライト』アメリカ支部も一見普通の民家だが、その地下には広い秘密基地が作られているという、いかにも秘密組織の本拠地といった場所である。
多少手入れがされるようになったのか、庭は雑草もなく芝がキレイに刈られている。広い前庭の向こうに白い壁の家があり、そこまでは石畳の道が作られている。外から見た感じでは特におかしなところはない。
監視カメラの視線はいくつも感じるが、それ以外に気配もないので、俺たち4人はゆっくりと両開きの玄関まで歩いていった。俺の姿を見れば、すぐに誰かが出てくるだろう。
……と思っていたのだが、玄関の近くまで行った時、レア、ランサス、そしてイグナ嬢までがその場で身構えてしまった。
「オウ、これはワタシでもわかりまぁす。この家の中からあの『シンエンクツ』と同じ力が流れ出してきていまぁすね」
「だな。どうやら『ゼンリノ師』に先を越されたか。しかしなにを始めたのやら、だな。ランサスとイグナはなにか知らないか?」
「いや、私はなにも知らないな」
「私も知らないです。所長がダンジョンとかの研究をしていたということはなかったと思いますし~」
「とするとやはり『ゼンリノ師』の仕業か。ま、入ってみればわかるか」
多少厄介な状況にはなってしまったが、考え方を変えると、『ゼンリノ師』がなにをしに地球に来たのかを知るチャンスととらえることもできる。
コピーである奴を捕まえてもどうせ口を割らなかっただろうし、逆にラッキーかもしれない。
ただランサスの顔色は多少悪くなっていた。一度情を通じた相手がヤバいことに手を染め始めたとなれば仕方ないだろうか。
「よし、各自準備をしろ。入るぞ」
俺は『空間魔法』から『五八式魔導銃』を取り出してレアに渡す。ランサスは腰の小さなポーチからミスリルの剣を引き抜いていた。『空間魔法』が付与された魔導具のようだ。
イグナは非戦闘員だが、腰に2リットルペットボトルくらいの大きさの機械を下げている。なんとそれは『ウロボちゃん』と共同開発した『魔力ドライバ機関』を応用した個人シールドらしい。銀河連邦と異世界の合わせ技の強力アイテムである。
俺が扉を開くと、家の中は特に変化のない、映画に出てくるようなアメリカ民家の内装であった。
しかし人の気配が一切ない。誰にも見とがめられることなく、俺たちは家の中へと入って行く。
家の中の作りは覚えているので、廊下を奥に歩いていき、突き当りの部屋に入る。
そこには地下への階段があり、地下からは明らかにダンジョンのものとわかる魔力が強烈に流れ出してきている。
「この下だな。明らかにダンジョン化しているからモンスターも出てくるはずだ。気は抜かないようにな」
「了解でぇす。アオウジさんたちも連れてきたかったでぇすね」
「本人たちも来たがっていたが、さすがに国そのものがかかわる案件だからな」
「でも後でセンセイは責められまぁすよね?」
「事前に連絡はしてるから大丈夫だ」
正直正体不明のダンジョンより、俺は処刑に……青奥寺たちの方が怖い。なにしろ彼女たちは勇者を社会的に抹殺できる手段をいくつも持っているのだ。
なんてアホなことを考えている暇は今はない。
「じゃあ行くか。俺が先頭、ランサスはしんがりを頼む。イグナを守ってやってくれ」
「承知した」
さてさて、これでただダンジョンを発生させました、程度なら『魔王』のいつもの手口なので驚きはないんだが、まさかわざわざ敵地に幹部のコピーを寄越してそんなことがあるのだろうか。
少しは面白い理由があると楽しめる……というのはさすがに不謹慎だな。やっぱり。