38章 → 39章
―― 銀河連邦主星イージナ 評議会議長執務室
『今回はミスターアイバのお陰で素晴らしい体験ができましたね。私個人にとっても、そして銀河連邦にとっても非常に実りのある会談になりました。これほど素晴らしい機会を作ってくれたライドーバンにも感謝していますよ』
「こちらは肝が冷えたがな。まったく、あれほど護衛艦をつけておけと言っておいたものを」
『お忍びで行った方が注目を集めないと思ったのですがね。ルベルナーザ一家があの宙域に出現するというのは想定外でした』
「そのルベルナーザ一家だが、消滅したのは確かなのか?」
『ええ、ソリッドラムダキャノンの一撃で旗艦ごと吹き飛ばしていましたね。『魔力ドライバ機関』を利用していてなおかつ爆発の範囲まで制御をしていましたから、あの兵器も驚異的なものなのでしょう』
「まったく、ミスターアイバは色々と飽きさせない人物だな。しかし一番不思議に思うのは、あれだけの力を持ちながらまったくその力を普段感じさせないところだ。一体どのような環境の中で育てば、あのような人物が生まれるのだろうか」
『君の言う通り本当に不思議な人物です。精神的にはメンター人に近いのかもしれません』
「なるほどな。彼自身の中に極めて強固ななにかがあるということか。ということは、それに振り回される周りの人間は苦労しそうだな?」
『私はそこまで苦労はかけていないと思いますが』
「ふっ、そういうことにしておこう。ところでドーントレスだが、早速動きがあったようだな。銀河連邦の秘密部隊が総統の娘を拉致したと訴える構えだと聞いたが」
『予想された動きです。痛み分けを狙った策でしょうが、今回の件はうやむやで終わらせるわけには参りません。銀河連邦憲章の元に、ドーントレスについては強制干渉を行います』
「問題は、例の『導師』とやらとの関係だな。ドーントレスが単独で『オメガ機関』を開発して、海賊と手を結んで、くらいなら正直大した話ではないのだが」
『ミスターアイバの話を聞く限り、『導師』がなんの目的もなく人材を派遣したということはないでしょう。実は似たような力……気配と言った方がいいでしょうか、それを感じる惑星がいくつかあります』
「それはかなり重大な話ではないか。『導師』とやらがいくつもの星に手を回しているという可能性まで考えうる」
『そうなりますね。とはいえこちらは無法者ではありません。まずは正規の手続きに則って対応をいたしましょう。その手始めがドーントレスということになります』
「正規の手続き、か。またミスターアイバを呼ぶような事態にならなければいいのだが」
『ライドーバン、そのような言い回しをミスターアイバの国では「フラグ」と言うそうですよ』
「どんな意味の言葉だ、それは」
『ふふ、なかなか面白い言葉です。実は……』
―― 銀河連邦主星イージナ ホテル ロアイージナ
「はあ……ようやく自分の置かれた状況が飲み込めて来た気がしますわ。リ・ザはどう?」
「私も同じですお嬢様。あの男に好きなようにされてから、状況が目まぐるしく動いて理解が追い付いていきませんでしたが、ようやく落ち着いた心地がいたします」
「そうね。しかしあの男性はどのような人間なのかしら。エルクルド人のように見えましたが、あのような力を持つ人間がいるなど聞いたこともないわ。リ・ザは聞いたことがあって?」
「私も聞いたことがございません。特にあの駆逐艦を退けた業は、およそ人の力とは思えません。一体どのような存在なのか……」
「そういえば銀河連邦にはアンタッチャブルエンティティという超人がいるという噂があったわね」
「私も聞いたことがございますが、根も葉もないただの噂であるというのが一般的な見解です。あれほどの力を持った人間を生み出せるのなら、類似した技術がすでに実用化されているか、少なくとも発表されていなければおかしいのです」
「なるほど、確かにそうかもしれないわね。しかしそうすると、ますますあの男性の正体は不明ということになるわ。どう理解するべきなのかしら」
「理解できないものは、理解できないという状態で置いておくのがよろしいかと存じます。理解したつもりになるのが一番危険なことですので」
「理解できない人間、ということですね。それこそまさに『触れ得ざる者』、アンタッチャブルエンティティということね」
「……そうなるのかもしれません」
「ではあの男性についてはおいておくとして、リ・ザ」
「はい」
「貴女がお父様について、そしてドーントレスがやっていることについて、知っていることをすべて教えてもらえないかしら」
「それは……この部屋には盗聴器が仕掛けられている可能性もございますので……」
「すでにメンタードレーダ議長を拉致したという事実があるのよ? それ以上知られてはいけないことなどないでしょう」
「……」
「わたくしだってそこまで愚かではないのよリ・ザ。お父様のなさりように反対している者たちが多くいて、彼らが酷い目にあっているというのも知っているわ。その中に叔父様たちがいらっしゃるというのも知っている。いったいお父様はどのような政治をなさっているの? なにが目的でメンタードレーダ議長をさらったり、あの怪しげなゼンリノ師などを近づけさせたの?」
「……私も、十分に存じているわけではありません。それでも構わないでしょうか?」
「もちろんよ。さあ、話してちょうだい」
「……まず最も重要なことは、ドーントレス全体が資源不足に陥っていることです。現在の文明レベルを維持するのに、十分な資源が採掘できなくなっているのです」
「そのような話は聞いたことがありません。本当なのですか?」
「もちろんすべての資源が足りなくなっているわけではありません。特に不足が危惧されているのは『ラムディウム』です」
「ラムダ機関に必要な鉱物ですわね。それが本当なら確かに深刻な事態ですけれど……」
「もちろん他惑星から輸入をすればいいのですが、ドーントレスには他の惑星に輸出できる商品や技術がないのです。つまり高価な『ラムディウム』を輸入に頼るとなると、財が一方的にドーントレスから消えていくということになります」
「それはわかるわ。お父様としてもそれは看過できないでしょうね」
「そこで総統閣下は、海賊ルベルナーザ一家と手を結ばれたのです。海賊の隠れ蓑になる代わりに、『ラムディウム』を融通させる、そういった契約を結んで彼らを雇ったのです」
「そんなことが……」
「お嬢様の海賊狩りの相手をしていたルジェスは、その頭目だったのです。ですが恐らく、彼女らはあの恐ろしい兵器の前に全員が散ったことでしょう」
「『ソリッドラムダキャノン』ね。しかしあのルジェスさんがルベルナーザ一家の頭目だったとは思いませんでしたわ。話し方などは優しそうな方に見えましたが」
「平然と一般人を殺せる、そして実際に殺してきた人物です。むしろそのような人間ほど、表面上はいい人間に見えるものです。私は実際に会ってみて、背筋が凍る思いをいたしました」
「そう……。しかしそうすると、ルベルナーザ一家があの男によって全滅させられたのはお父様にとっては相当な痛手ではないのかしら」
「そうだと思います。しかし今、ドーントレスではラムダ機関に変わる技術を作り出しているのです。仮にオメガ機関と呼ばれているのですが……」
「それは初めて聞きました。なぜお父様は私にお知らせくださらなかったのかしら」
「それは私にもわかりません。ただ総統閣下がご兄弟のレ・ゾル様と仲違いをなさった理由の一つがオメガ機関だったようで、そのせいかもしれません」
「それは私がオメガ機関のことを知れば、叔父様と同じようにお父様に反発するかもしれないと考えたということ?」
「そうかもしれませんが、私には存じかねます」
「そう……。しかしそうすると、オメガ機関というのは叔父様が反対するだけの理由があるということになるわ。それについて、リ・ザが知っていることはあるのかしら?」
「それにゼンリノ師が関わっているらしいとしか知りません。詳しいことはなにも……」
「そうなると、オメガ機関というものはとても気になるわね。それとメンタードレーダ議長を拉致した理由もよくわからないし。それもゼンリノ師が関わっているのかもしれないわね」
「そうかもしれません」
「とにかく、一度お父様には話を聞かなくてはならないわ。オメガ機関のこともそうだけど、わたくしをなぜ亡き者にしようとしたのかもお聞きしなければ。その為には銀河連邦に協力をするしかない、そうでしょう、リ・ザ?」
「お嬢様……。はい、その通りだと思います。お嬢様が正当な扱いを受けるよう、私も尽力をいたします」
「ええ、お願いね。しかしこうなるとリ・ザがいてくれて助かるわね。あの男性がリ・ザまで一緒に拉致してくれたのは、わたくしにとっては幸運でしたわ。リ・ザには不幸だったかもしれないけれど」
「いえお嬢様、私もご一緒できたことは幸運でした。お嬢様をお守りすることができるのですから。いえ、実際はお守りすることはできませんでしたが……」
「この度のことを言っているのでしたら仕方ないわ。あのような常識外れの存在に対抗することは誰もできないでしょう」
「そうおっしゃっていただけると救われる思いがいたします」
「ところで、わたくしたちはまずなにをするべきかしら。最終目的はドーントレスに帰還すること、それも可能なら銀河連邦によって主権を制限される前に戻りたいところだけれど……」
「それならばまずは銀河連邦評議会側の信頼を得るところから始めてはいかがでしょうか。信頼関係が築ければ、メンタードレーダ議長は話を聞いてくださる気がいたします」
「そうね。まずはそこから始めましょうか。それとできればあの男性のことも知りたいですわね。銀河連邦がドーントレスに干渉するのであれば、彼が再度出てくるのは間違いないでしょうから」
【告知】
新章の書き溜めが間に合わなかったのと、本業の追い上げ、書籍化作業等が重なってしまったため、大変申し訳ありませんが2回分休載をいたします。
次回は9月2日掲載となります。
【宣伝】
8月25日に「異世界帰りの勇者先生の無双譚 4 ~教え子たちが化物や宇宙人や謎の組織と戦ってる件~」が発売になります。
全体的な改稿、および巻末に書き下ろしがあり、ヒロインは新たにAIアンドロイド『ウロボちゃん』と九神家の戦うメイド『宇佐さん』がビジュアライズされています。
3巻から3カ月でのスピード刊行となる4巻、こちらも是非よろしくお願いいたします。