38章 出張、未だ終わらず 14
特に何の妨害もなく、往還機は大気圏を離脱して宇宙へと達した。
まあなにかしようものならそのまま墜落、人質死亡ルート直行なので、飛び立ってしまえばなにもできないのはわかってはいる。
ただここまで電撃的にこちらが動いたので向こうも有効な手がとれずにいたが、ここに来てさすがに手を打ってきたようだ。
今往還機は軍港へと向かっている途中であるが、周囲を数隻の宇宙戦艦に囲まれている。
とはいっても、向こうも取り囲むだけで何かしてくる様子はない。とりあえずこちらを圧迫して、この後の交渉を有利に進めようなどと考えているのだろうか。
往還機のキャビンには、メンタードレーダ議長以下補佐官やボディーガードたち、それから一部『拘束』をかけたままのエルフお嬢様と、エルフメイドがいる。
彼女らはしきりに俺の方を睨んでくるのだが、声を出せないようにしてあるのでそれ以上なにもできることはない。
ただお嬢様の方がすごくなにか言いたそうにしている上に、議長が、
『ミスターアイバ、こちらのご令嬢が話したいことがあるそうです。聞いていただけませんか?』
と提案をしてきたので、俺は彼女の口の『拘束』を解いてやることにした。
「これで話ができるはずだ。なにを聞きたい?」
俺がハイジャック犯モードで少し厳めしく聞くと、お嬢様はキッと睨みつけながらも、存外静かに話し始めた。
「まず貴方は何者なの?」
「見ての通り、メンタードレーダ議長を救助に来た人間だ。銀河連邦捜査局の協力者と考えてもらえれば間違っていない」
「メンタードレーダ議長を救助に来たということはどういうことかしら?」
「議長は君の父上の子飼いの海賊に誘拐された。取引の上で解放されるところだったんだが、君の父上が約束を破ってドーントレスまで連れて来るよう命令した。だから俺が救助に来たというわけだ」
「父がやらせたと証明できて?」
「それは議長に聞いてくれ」
俺の答えを受けて、お嬢様は議長と念話を始めたようだ。どうやら真実を知ってしまったようで、その眉がだんだんと寄っていく。
「……わかりましたわ、父が議長を連れてくるよう命じたというのはひとまず真実としましょう」
「そっちのメイドは真実を知ってるだろ。後で聞いてみるんだな」
とちょっと余計なことを言ったら、メイドさんが視線で射殺さんばかりの目を向けてきた。お嬢様に疑いの目を向けられて慌てて目を逸らしていたが、主従の信頼関係継続のために今後頑張っていただきたい。
「リ・ザ、後でお話を聞かせてもらうわ。それでアイバさん、貴方は私をどうするおつもりですか?」
「君のお父上が俺の船を返してくれて、その上で安全な場所まで逃げるのを許してくれれば解放する。こっちは君の身柄には興味はないんでね」
「他の星に連れて行ったりはしないのですか?」
「俺はそんな面倒なことをするつもりはない」
と言い切ったが、俺はそこで議長の方を見た。
「メンタードレーダ議長はどうしますか? 今回の件でなにか仕返しでもしてやりますか? 賠償金とか請求してもいいと思いますが」
議長は白い靄をゆらゆらさせながら少し考えていたようだが、やがて脳内に語り掛けてきた。
『彼女たちをドーントレス政府との交渉の材料にすることも可能ですが、逆にこちらを糾弾する材料にされる可能性もなくはありません。それに家族を人質に、というのも私としては本意ではありません。こちらの安全が確保されたのちに解放してください』
「わかりました。ということだ。理解したか?」
俺が確認を取ると、お嬢様は「わかりましたわ」と答えたが、そのまま何事か考え始めてしまった。
言動からすると、いわゆる箱入り娘的な雰囲気のあるお嬢様だが、今回の件について事実関係を知らされていないあたり、父親が何をしているのかも知らされていないのだろう。
意地悪して『洗脳チップ』のことなどを伝えてしまうのも面白いのだが、俺がそこまで深入りするようなものでもないかと思ってやめておいた。
『魔王』がなんの目的で惑星ドーントレスに手を貸すような真似をしていたのかは知りたいところだが、ゼンリノ師のコピーは倒してしまったし、真実を聞くことは難しいかもしれない。それこそこのお嬢様をダシにして総統とやらと話をするのもアリではあるが……そこは銀河連邦側と歩調を合わせた方がいいだろう。
とそんなことを考えていると、『軍艦に進路を妨害されている。対応を指示してくれ』と機長から放送が入り、俺は操縦室へと向かった。
操縦席の正面モニターには三隻の宇宙戦艦が行く手を塞いでいるのが見えた。そのはるか奥に、目的地である円筒形の軍港が見える。
「通信をつないでくれ」と機長に指示すると、すぐに男の声が入ってきた。
『こちらドーントレス宙軍、第一艦艇団所属の駆逐艦トロア。『ブリューナク』は進入禁止宙域に入りつつある。速度を落とし、こちらのガイドビーコンに従い航路を変更せよ』
「こちら『ブリューナク』。その指示は断る。こちらには総統のお嬢様が乗っている。このまま航行することを要求する」
『それは許可できない。進入禁止区域に入った場合は強制的に進路を変更させる』
「時間稼ぎなら無駄だ。お前たちがなにをしようがこちらはまっすぐ進む。邪魔をするなら実力で排除する。無論その場合お嬢様の無事は保証できない。責任を取りたくなければ余計なことはするな」
『こちらは総統閣下の指示で行動をしている。そちらの要求を飲むことはない』
「冷たい親父だな。そのまま娘に伝えておくと総統には報告してくれ」
俺はそう言い捨てて通話を切らせた。
すると機長が深刻そうな声を出した。
「駆逐艦に進路を塞がれたら進むのは不可能だ。衝突すれば破壊されるのはこの往還機だぞ」
「俺が守るから安心しろ。とにかくこのまま進め。それとこの往還機に宇宙服はあるか?」
「もちろんあるが、なにをする気だ?」
「外に出て駆逐艦とやらを追い払う。外に出る気密室とかもあるよな?」
「あるにはあるが、正気とは思えん。死ぬ気なら我々を巻き込むな」
「見ていればわかるさ」
宇宙服はキャビンの後方に格納されていた。俺がそれを補佐官たちに手伝ってもらって装着していると、エルフのお嬢様が怪訝そうな顔を向けてきた。
「いったいなにを始める気ですの?」
「君のお父上が軍艦を使って邪魔をさせているので追い払う」
「私がいるのだから無理にこちらを邪魔することはないのではありませんか」
「どうやらそうでもないようだ。君の命よりも、メンタードレーダ議長を拉致したことがバレるのが怖いんじゃないか?」
「そんなことは……」
とお嬢様が絶句している間に宇宙服の装着は完了した。
気密室の扉はさらに後方にあった。
「議長、そういうわけで少し外に出てきます。このシャトルのシステムはこちらが乗っ取っているので妙なことはしないと思いますが、機長たちがなにかしたら対応をお願いします」
『承知しました。お任せください』
「一応なにをしているのかはモニターに表示しておきましょうか」
ブレスレットを通して指示をすると、キャビンの前に設置されたモニターが、前方の宇宙空間を映し出した。さきほどと同じように駆逐艦が三隻、行く手を阻むように飛んでいる。
もちろん映らない範囲にも数隻の駆逐艦がいて、こちらを囲んでいるはずである。
「ではちょっといって参ります」
俺は気密室を通り、宇宙空間へと身を躍らせた。