38章 出張、未だ終わらず 13
装甲車が空港まで行くのに道路上で妨害があると思ったが、俺の動きが予想外に早かったのか、意外にもなにもなかった。
むしろこちらは普通ではない様子で高速走行する装甲車なので、一般車両は次々と道を開けてくれる。
結果として装甲車は15分ほどで空港に到着し、ターミナルビル入口に横づけに停車した。
俺たちが装甲車から降りると、タイミングよく補佐官らを乗せた護送バスも到着して近くに停車した。
すぐに補佐官たちもバスから出てきて、これで誘拐された人間は全員無事に合流完了である。
俺はメイドエルフの方を議長のボディーガードに担いでもらい、俺自身はエルフお嬢様を肩に担ぎ、ターミナルビルへと入っていった。
しかしこれ、外から見たら完全に誘拐犯である。空港の近くで歩いていた一般エルフ住民が驚いた顔をしたりどこかに連絡をしたりするのは当然だろう。
総統専用の空港らしくターミナル内に一般客の姿はない。こちらにはまだ兵士たちは来ていないようだが、遠くからいくつもの重々しい装甲車のエンジン音が響いて来るので殺到してくるのは時間の問題であろう。
とはいえ、まだターミナルの職員たちは総統のお膝元でなにが起こったのか知らされていないようだ。まだ『洗脳チップ』をつけていなかったエルフの男性職員が俺たちのところに駆け寄ってきたが、俺の肩の上にいるお嬢様の姿を見て目を丸くして固まってしまった。
「このお嬢様が乗るはずだった往還機まで案内しろ。今すぐだ」
「ひ……っ!? わ、わかりました、こちらです……っ!」
『威圧』スキルを強めに使うと、職員は半分腰を抜かしながら俺たちを奥へと案内した。
予想通り白い往還機はまだターミナルビルとつながったまま待機していた。機長と、ターミナルの責任者に『洗脳チップ』を取り付けておいたので予定通りである。
俺たちは連絡通路を通って往還機内へと入っていく。
『これはかなり高級な往還機ですね。私もこれほど飾られた客室は見たことがありません』
とメンタードレーダ議長がつい口にするほど、往還機の客室は豪華なものであった。白一色の内装で、金の刺繍が施されたシートが余裕をもって並び、さらに主賓用のシート周りにはジュースサーバーなどいくつかの装置が並んでいる。
俺はお嬢様をシートに置くと、そのまま操縦席の方へと向かった。
操縦席への扉は閉じていたが、機長たちは『洗脳チップ』取付済みなので、マイクを通して開くよう言うとあっさり開いた。中にはエルフの機長と副機長が無表情で席に座っている。
「往還機を出せ。目的地は軍港だ。拿捕されたリードベルム級戦闘砲撃艦が停泊している、将軍とやらがいる場所だ」
「了解」
と機長と副機長は答えたのだが、機材を操作し始めたところでなぜか動きがぎくしゃくしはじめた。
俺が「どうした?」と口にしたところで、メンタードレーダ議長から念話が飛んでくる。
『ミスターアイバ、少しいいでしょうか?』
『なんでしょう』
『補佐官の話によると、「洗脳チップ」によって操られている者は、高度な処理ができなくなることがあるようです。バスの運転くらいなら大丈夫なようですが、「洗脳チップ」によって操っている状態で往還機の操縦をさせるのは危険かもしれません』
『ああなるほど、それは確かに』
言われてみれば『精神魔法』で操った相手に高度な作業をさせないというは常識だった。命令そのものはできるのだが、ミスが明らかに増えるのだ。『洗脳チップ』も同じ弱点があるということか。
仕方ないので『洗脳チップ』を外してやると、機長たちは頭をぶるぶると振った後、俺に気づいて腰を浮かせた。
「な、なんがお前は!?」
「簡単に言えばハイジャックだ。客室を見てみろ」
「なに!?」
「機長、客室にお嬢様が!」
副機長が客室を映し出すモニターを見て叫ぶと、機長も捕らえられたお嬢様の姿を見て目を丸くした。
「お嬢様!? 貴様、なにが目的だ!」
「往還機を出せ。目的地は軍港だ。拿捕されたリードベルム級戦闘砲撃艦が停泊している、将軍とやらがいる場所だ」
「誘拐犯ということか!?」
「お前に余計な詮索をする自由はない。言うことを聞かなければお嬢様もお前も命はないと思え」
強めの『威圧』スキルを乗せてやると、機長と副機長は顔を青くして首を縦に振った。
「ではさっさと出せ。それと時間稼ぎなど妙なことは考えるなよ。いや、それよりこれがあったか」
俺は『ウロボちゃん』から受け取った大型ブレスレットを、操縦席正面に設置されたモニターにくっつけた。
『インターセプト開始しまっす』という女の子の声がブレスレットから聞こえ、すぐに『インターセプト完了でっす』と続いた。
え、このブレスレットも『ウロボちゃん』仕様なの? と一瞬だけ腰が砕けそうになったが、これでこの往還機システムは乗っ取ったはずだ。
「な、なにをした?」
機長エルフの声には不安とともに多少の苛立ちが交じっていた。まあ彼にとってはこの往還機は愛機となるし、命にもかかわることだからいじられて怒るのは当然か。
「この往還機のシステムはこちらで把握した。妙なことをすればすぐにわかるということだ。余計なことは考えず、すぐに出発しろ」
「く……っ。しかし往還機を飛ばすには手続きが必要だ。他の航空機ともニアミスなどは避けなければいけない……」
「総統の身内が乗る往還機は最優先のはずだろ。お嬢様の命がかかってることを忘れるな。お前の指一本くらいなら落としてもいいんだぞ」
「ま、待ってくれ! 指示には従う」
「さっさとしろ」
俺がいかにも凶悪ハイジャック犯みたいな態度を取ると、機長らは発進の準備を始めた。
管制塔とやりとりをし、航路も強引に確保できたようだ。この辺りは独裁国家さまさまである。
もしダメならイチかバチかで『ウロボちゃん』ブレスレットに往還機を操作させようかと思っていたが、それには及ばなかったようだ。
『往還機「ブリューナク」はこれより第一ドーントレス軍港へと向けて離陸を開始する。乗客は各自シートベルトを着用のこと』
機長がアナウンスを始めたので、俺もキャビンへと戻った。変な操作をすれば『ウロボちゃん』ブレスレットが感知をするので見張る必要もないだろう。
やがて往還機は滑走路へと入り、短い滑走の後大空へ向けて飛び上がった。