38章 出張、未だ終わらず 11
ところで作戦決行の時間だが、補佐官たちがまだこちらに到着していないのですぐにとはいかない。
それとメンタードレーダ議長もドーントレスの総統とは話をしたいらしい。
さっきのエルフお嬢様とメイドのやり取りからすると、30分後に議長と総統は対談をするようだ。
なのでそれまで大きな動きは待つことにして、まずは補佐官たちを運んでいるバスを、例の総統用プライベート空港の近くまで行かせて待機させることにする。ついでにあのエルフお嬢様が乗るはずだった往還機を確保しておくことにした。
といっても、うまく総統ビルを抜け出して、まずはバスの兵士や運転手(『洗脳チップ』付き)に指示を出し、そして空港にいって、まだ待機状態にある往還機に侵入して、機長たちに『洗脳チップ』をとりつけるだけである。
もちろん空港や往還機に出入りするのにも、空港の責任者らしきエルフに『洗脳チップ』をつけて操るだけである。いやこれ便利すぎるな『洗脳チップ』。カーミラに魔法陣を改良してもらって後遺症が出ないようにして、『ウロボちゃん』に量産させようか、なんてちょっと危険なことを考えてしまう。
さてどちらも手配できたら、再び総統ビルに戻るが、丁度いい時間になっていた。
やはり少しだけ偉そうな奴に『洗脳チップ』を付けて、総統とメンタードレーダ議長が対談する場所まで案内させる。
対談の場は議長が軟禁されていた70階で行われるらしい。
その階までエレベーターで上がる途中で、エルフお嬢様がメイドを連れて入ってきた。
「リ・ザ。なにをそんなに警戒しているの?」
エレベータの中で、お嬢様がメイドにそんな質問をする。
「いえ、メンタードレーダ議長がお嬢様を対談の場に呼ぶというのが釈然としないのです」
「私のお願いを聞いてくれただけなのよ。気にするようなことではないでしょう」
「それはそうですが、なにかを企てているような気がするのです」
「いくらメンター人でも超人というわけではないわ。それに対談の場にはゼンリノ師もいるという話よ。得体の知れない客人だけれど、腕は確かなのでしょう?」
「そうなのですが……」
依然として訝しそうな顔をするメイドエルフ。よく見ると、どことなく雰囲気が宇佐さんに似ている気もする。ボディーガードも兼ねているというのは最初に見た時からわかっていたが、勘の鋭さも持ち合わせているらしい。
さてそれはともかく、対談の場にゼンリノ師――魔王の手下がいるのはちょっと面倒だな。最悪一戦やらかさないとならないだろうが、今回はよその星でもあるし、遠慮なく倒してしまってもいいかもしれない。
などと考えていると、エレベータは70階で止まった。エルフお嬢様とメイドが出て行くのに俺はついていき、今まで案内してくれた奴は元の場所まで戻るようこっそりと指示をしておく。
70階はさっきも来ているので部屋の配置はわかっている。お嬢様が向かう先には大きめの扉があり、そこには警備の兵士が4人立っている。
彼らはお嬢様に気付いたが、お嬢様が途中で近づくのをやめたので、それ以上の反応はしなかった。
扉の向こうだが、確かに複数の人間がいるのが『気配探知』でわかる。
議長と総統らしき気配がひとつずつ、それから総統のボディーガードらしき気配が6つ、そしてやはり、魔王軍四天王に匹敵する気配が一つ。まだ向こうはこちらに気付いた様子はない。
さて、これで俺は配置についた。後はメンタードレーダ議長の合図を待つだけである。
しかし10分ほど経ってから脳内に聞こえてきた声は、切羽詰まったものであった。
『……ミスターアイバ、この魔王の気配を持った人物は危険……です。私の精神を侵食しようと……しています。至急救助を……』
おっと、ゴツい体格の男だったと記憶していたが、見た目に反して精神攻撃を得意とするタイプだったか。
俺は急いでエルフのお嬢様とメイド、そして警備兵4人に『拘束』魔法をかけて動けなくすると、扉を『掘削』魔法でぶち抜いて部屋の中へと突入した。
部屋に入ると、まず俺を歓迎してくれたのは6人の護衛だった。
躊躇なく放たれる拳銃の射撃をいつもの通り『アロープロテクト』で防ぎ、『拘束』魔法で動けなくした上で風魔法で部屋の奥に吹き飛ばした。
豪華な応接の間にいるのは他は3人。
一人はソファから立ち上がってこちらを睨むエルフの男だ。見た目は人間で言うと40くらいか。エルフ型宇宙人の寿命が本家(?)エルフと同じかどうかはわからないが、将軍や研究所の所長は若く見えたので、地球人よりは長い気がする。とすればこの男はかなり長生きしている宇宙人だろう。
銀髪を短く刈り揃え、鋭い眼光、厳しく結ばれた口元は戦士のそれだ。体格もかなりよく、一見してただものではない雰囲気を醸し出している。
もちろんこいつが総統ということだろうが、先にも言った通り、影武者という可能性は低くない。つまりこいつ自身を相手にするのはここではあまり意味がない。
そしてもう一人、こちらはまだソファにかけたままの人型をした白い靄、メンタードレーダ議長だ。顔色も表情もわからないので状態は不明だが、脳内に響いてくる声は依然苦しそうだ。
その2人の間に立ちこちらをじっと見ているのはスキンヘッドの大男である。前に見た時は赤い鎧に大きな曲刀を背負った戦士風の見た目だったが、今日は黒いローブを着ている。顔が菩薩みたいなイメージがあるので、その格好をしていると確かに『ゼンリノ師』と呼ばるのも納得できる。
問題はそのゼンリノ師が、左手を議長に向けて魔法を発動していることだ。手の先に浮かび上がる魔法陣を見る限り、やはり『精神魔法』の一種を使っているようだ。
ゼンリノ師は俺が誰に気付いたらしく、細い目をわずかに広げ、魔法を中断して後ろに飛びのいた。そのまま動かなければ『ディアブラ』で真っ二つだったんだが、そこはさすがに四天王クラスだ。
「貴様は何者か」
拳銃を構えた総統が、俺から微妙に距離を取りつつ鋭く誰何してくる。
俺の勘がこいつは只者ではないとささやいてはいるのだが、それが『本物の総統』であるのか、『実力のある影武者』であるのかはやはり不明だ。
「アンタッチャブルエンティティ、と名乗っておこうか」
「連邦の犬めがふざけたことを。銀河連邦の未来を左右する対談を邪魔するとは、相当に躾がなっていないようだ」
「総統閣下、そやつは銀河連邦とは関係のない存在ですぞ」
総統が拳銃を構え直したところで、ゼンリノ師が静かに口を開いた。
「ゼンリノよ、この無礼者を知っているのか?」
「ええ。わが導師の仇敵にして、因果の綻びともいえる存在。この人間が現れると、すべての計画が無に帰すのです」
「そのようなオカルト的存在など認めぬ」
「認めようが認めまいが、この人間はすべてをねじ曲げます。事実導師は一度すべてを挫かれたとおっしゃっておりましたゆえ」
「それは導師とやらに力が足りなかっただけであろう」
総統のその言葉を受けて、ゼンリノ師の細い目にほんの一瞬、凄まじい殺意がこもった。
傾倒している相手をけなされれば当然の反応だが、逆に言えば、やはりこいつも魔王に心から服従している奴だということだ。
「いずれにせよ、老師の指示がありますので一応この場は私があの人間の相手をいたします。その隙にこの場から逃げるといいでしょう」
「言われずともそうする」
「では」
そう言うやいなや、スキンヘッドの大男・ゼンリノ師はローブの肩の部分を掴むと、腕を振ってローブをはぎ取った。どういう手品だろうか、その瞬間ローブは刃渡りが身の丈ほどもある大きな三日月刀に変化していた。