38章 出張、未だ終わらず 09
姿を消しつつ『機動』魔法で飛行しながら、メンタードレーダ議長が連行された首都へと向かう。
首都の位置は研究所の所長の端末で調べたのだが、補佐官らが乗った護送用バスだと2時間くらいかかるらしい。そこで俺は全速力で先行して、さっさと議長を救出して往還機を確保することにした。
といっても、それらはこっそりやるのはかなり無理がある。総統のお膝元から重要人物を救出、さらに往還機を奪って逃走なんて、どう考えても大騒ぎにならないはずがない。
まあもともと力ずくでやるつもりではあるが、それはそれで効率的なやり方というものも存在するものだ。
「一番簡単なのは人質をとって相手の動きを封じることか。もともと向こうから仕掛けてきたやり方だし、お返しをしても恨みっこなしってことでいけるか」
と勝手な理屈をつけつつ、さらに詳細な作戦を練る。
「人質として一番簡単なのは総統とかいう奴本人だな。だけどそういう奴ってたいがい影武者使ってたりするからなあ」
異世界でもそうだったが、特に圧政を敷いているような独裁者は当たり前のように自身の影武者を使っていた。中には表に一切出ない奴なんかもいて、蓋を開けたら影武者が10人くらいいたなんてこともあったんだよな。
勇者にそんな奴の相手をさせるなってのが勇者パーティの賢者の口癖だったんだが……まあそれはいいか。
「とすると、次に狙うべきは総統の家族か? そういえば軍港にいた将軍が、娘がいるとか言っていたな」
確かあのルベルナーザ一家のボスに、海賊狩り遊びに付き合えとか言っていたはずだ。
とすれば、その娘が往還機で宇宙に上がる可能性は高そうだ。そこをまとめて捕まえられれば一石二鳥になるかもしれない。
そんな感じで雑な予定が決まったところで、前方に巨大な都市が見えてきた。
まず目に入ってくるのは、中央にそびえたつ100階以上ありそうな巨大ビルである。地球で言うとドバイあたりにありそうな前衛的なデザインの建物で、周囲にはそのビルにかしずくように、20棟以上の高層ビルが並んでいる。
更にその外側にも多くのビルが立ち並び、しかもしそれらは中央の巨大ビルから離れるほど背が低くなるので、遠くから見るとビル群が一つの超巨大ピラミッドを形成しているようにも見える。
その裾野には広大な市街地が広がっていて、嫌でもその都市が最高権力者のお膝元だとわかるようになっていた。
ちなみに当然ながら、中央の巨大ビルがアークパレスという名の総統の城らしい。俺の経験上最高権力者はビルではなく宮殿みたいなものを作ってそこに住むものだが、ドーントレスの総統は少し違う感性をお持ちのようだ。
首都の上空にさしかかると、首都の内外3カ所に空港が存在していることがわかった。1つは大規模なもので、未来の旅客機のようなものが多数駐機したり滑走路を走っていて、こちらは惑星上を移動するための、一般人が利用する通常の空港に見える。
もう1カ所は郊外にあり、周囲が厳重に防壁に囲われていて、軍事施設の空港であることがわかる。こちらは宇宙に出るための往還機も戸澗って駐機しているようだ。
そして最後の一つは先ほどの巨大ビル群の近くにある小規模なもので、いかにも最高権力者用のプライベートなものであると感じられた。
そこには往還機が一機駐機しているのだが、純白に金色と青のラインが入り、翼には紋章みたいな模様の入った、いかにも支配階級が乗りますという雰囲気のものだった。
「見るからにお嬢様の乗るシャトルっぽいな」
まずは偵察がてらそちらを見に行くことにする。
姿を消して近づいていくと、その往還機は大型旅客機くらいの大きさがあった。国家の代表が乗るものなのだからそれくらいは当然なのだろう。
空港には管制塔と一体化したターミナルビルがあり、そのビルから往還機まで橋渡しの通路でつながれている。
雰囲気としては乗客が搭乗するのを待っているといったところだが、その乗客が何者なのかを確かめないとならない……と思っていると、俺の耳にかすかに女性の声が聞こえてきた。しかも少し苛立ったような、焦ったような声である。
興味をひかれてそちらへ飛んで行ってみると、ターミナルビルの出入口から、一人のエルフ少女が出てくるところだった。
一目見て上等なものだとわかる簡易宇宙服を着ているところ、そして少女の後からいかにもお付きの世話役メイドと護衛みたいなエルフたちがついてきているところから、俺はその少女が目的の娘であることを確信する。
「ちょっと、車がいないじゃない! すぐに迎えを呼びなさい! 早く!」
そう叫ぶ少女はやはりエルフっぽく、金髪緑眼の美しい見た目をしていた。長い髪を後頭部でまとめているのはこれから宇宙へ行くところだったためか。気の強そうな目つきがどことなく青奥寺をほうふつとさせるが、全体としては九神のような育ちの良さも感じられ、エルフのお姫様といっても十分通用する雰囲気がある。
ただ今は、その顔に浮かぶ表情はかなり険しく、癇癪を破裂させる寸前といった感じであった。
ターミナルビルを出たところで立ち止まった少女に、追いついてきた美人のメイドエルフがなだめるように言葉をかける。
「お嬢様、お待ちください。今総統閣下の元へとお戻りになっても、お会いすることはできないと思います」
「そんなのわからないでしょ。だいたいなんで皆メンタードレーダ議長が来ることを黙っていたの!? 私がメンター人に興味があるって、リ・ザは知っていたでしょう!?」
「存じておりますが、今回はお忍びの来訪にて、総統閣下のみとの対談を望まれているとのことなのです。ですからお嬢様が願っても、それは叶えられないのでございます」
「なんなのそれ! メンタードレーダ議長がこの星に来るなんて、そんなこともう二度とないでしょ。こんな機会、絶対に逃せないんだから!」
「ですがお嬢様……」
何度か言い合いをしていたが、結局リ・ザと呼ばれたメイドはお嬢様に押し切られて迎えを呼んだようだ。
しばらくすると黒塗りのザ・高級車と護衛の車が現れて、エルフお嬢様とメイドを乗せて空港を出発していった。
うん、どうやら色々とやりやすい状況を、お嬢様が自ら作り出してくれたようだ。
「……しかしこういう時は勇者体質に感謝したいところなんだが、だいたいは後で面倒が起こる前兆だったりするんだよな」
などと我ながら不吉なことを口にしつつ、俺はお嬢様が乗った車の後をついていった。