38章 出張、未だ終わらず 06
『ウロボロス』がジャンプアウトした先は、とある惑星の近くだったようだ。
海賊船と『ウロボロス』はしばらく通常航行を続け、その惑星に向かっていった。
俺は相変わらず『ウロボロス』の『統合指揮所』の端に身をひそめて見守っているだけだ。
『ウロボロス』に乗り込んできた海賊たちはほとんど私語をすることなく、全体的に非常に統制が取れていて練度は高いように見えた。今『ウロボロス』で指揮を取っているモーザーという男も言葉のはしばしに切れる奴という雰囲気を漂わせていて、ルベルナーザ一家というのが並の海賊ではないことを感じさせる。
犯罪組織とはいえある程度規模が大きければこういうものだと言えなくもないが、もしあの惑星が背後関係にあるなら胡散臭い話になりそうな気もする。
『ドーントレス第3軍港ヨリ入港許可ヲ確認。本艦ハ7番ドックへト進入シマス』
どうやらあの惑星は「ドーントレス」と言うようだ。だが残念ながら、それがどんな星なのかは聞く相手がいない。
もっともモニターに映った円筒形の軍港は、惑星シラシェルのそれより倍以上の規模がありそうで、しかも表示によると同規模の軍港が全部で10以上あるようだ。周囲を飛んでいる宇宙戦艦の数も見えるだけで十数隻はいる。ということは、惑星ドーントレスはかなりの力を持った星だということになる。
そして更に、海賊船たちがその軍港を当たり前のように使っているということも重要だ。このことは明らかに海賊と惑星政府が深くつながっていることを示している。いや、海賊たちの練度の高さを考えれば、あの星の兵士が海賊のふりをしているという線まで考えられる。
とそこまで『高速思考』スキルを使って考えて、俺ははあと溜息をついてしまう。どうやら銀河連邦も『フィーマクード』以外にいろいろと問題を抱えているようだ。
円筒形の軍港の側面に開いた穴に『ウロボロス』が入っていくと、周囲からアームが伸びてきて船体を固定する。さらに太いチューブが伸びてきて、『ウロボロス』の側面ハッチに接続された。
どうやらそのチューブを伝って軍港に入る形になるようだ。これは少しラッキーかもしれない。シラシェルと同じ『転送』を使う方式だったら面倒になっていたところだ。
『入港完了シマシタ。ブリッジチューブ接続完了。乗員ノ上陸許可ヲ確認シマシタ』
AIがそう報告すると、艦長席に座っていたモーザーが立ち上がった。
「よし、各自艦内のチェックを続けろ。ヤン、ラーモは私について来い」
「はっ!」
モーザーが2人の海賊兵をつれて『統合指揮所』を出て行く。当然俺はその背後にぴったりとくっついて後をついていった。
さて、俺のここでの目的は議長たちの救出と『ウロボロス』の奪還だが、彼らがどこに収容されているのかがわからない。まずはそれを突き止めなければならないのだが……
『そこにいらっしゃるのはミスターアイバですか?』
という声が脳内に響いてきた。聞きなれたメンタードレーダ議長の声である。
『ええ、相羽です、メンタードレーダ議長。離れていても話ができるんですね』
『ある程度なら可能です。しかしミスターアイバにご迷惑をおかけしてしまいますね。まさかルベルナーザ一家の背後に惑星ドーントレスがあるとは思いませんでした』
『ドーントレスというのはどのような星なんですか?』
『銀河連邦に所属はしていますが、基本的に他の惑星とは一切交流を持たない、閉ざされた星です。強力な独裁政権が統治しているそうですが、その内情は銀河連邦でもほとんど把握されておりません』
『それはまた厄介そうというか、何があってもおかしくなさそうな星ですね』
『ええ。しかしこれは是が非でもここから逃げ出さなくてはならなくなりました。私をここまで連れてきたということは、帰すつもりがないということでしょうから』
『ああ確かに。そんな秘密を教えて帰すはずはありませんね。自分も『ウロボロス』を渡すつもりはありませんので、なんとか議長たちを連れて帰れるように算段しますよ』
『今回もミスターアイバに頼らせていただきます』
『ちなみに議長は今どちらに?』
『私が乗ってきた船におります。ミスターアイバとそう離れていませんので、同じ軍港に入ったはずです』
『ではすぐに助けに行きます』
正直なところ、この軍港くらいなら俺一人で制圧することも不可能ではない。
俺がそう請け合うと、メンタードレーダ議長は少し考え事をするように沈黙し、そして再度声を送ってきた。
『少しお待ちくださいミスターアイバ。惑星ドーントレス上に複数のダンジョンの存在が確認されます。それからこれは……恐らくですが、「魔王」の気配に近いものが存在するようです』
『は……?』
『ミスターアイバとしては確認が必要ではありませんか?』
『ええ、それは確認しないとなりませんね』
いやこれはまた驚きの展開、と言いたいところだが、実は多少は予想していた。
なにしろルベルナーザ一家のボスは『オメガ機関』という、魔力を扱う技術の存在を示唆していたのだ。その技術がどこから来たのかを考えれば、『魔王』の存在がでてきてもおかしい話ではない。
その後議長から情報を聞きつつモーザーの後をついていくと、彼らは軍港の通路を歩いて行き、大きめの会議室のような部屋に入っていった。
そこにいたのは、さきほどモニターに映ったルベルナーザ一家の推定女ボスと、それから階級章をゴテゴテをつけた軍服を来た男と、その副官らしいこちらも軍服の女だった。軍服組の男女は、なんと異世界のエルフに似た(地球人基準で)超絶美形な宇宙人で、俺としては少し驚いてしまった。
ただのそのエルフ型宇宙人の男は、緩いウェーブのかかった金髪ロングヘア、切れ長の目に光るエメラルドの瞳という浮世離れしたハンサムなのだが、顔つきが非常に悪い。ここまで一目見てロクな性格じゃないことがわかる顔の人間も珍しいというレベルである。
「モーザー参りました。鹵獲したリードベルム級はここまで問題ありません。現在技術員にさらなる精密解析をさせております」
「お疲れさん。将軍、こいつがワタシの右腕のモーザーだよ。今回の作戦じゃ大手柄の男さ」
女ボスがそう言うと、エルフ将軍はもったいぶった動きでうなずいて、モーザーの方へ眼を向けた。
「うむ、銀河連邦評議会議長の身柄確保とリードベルム級の鹵獲ご苦労であった。総統閣下もこの度のお前たちの働きには大変お喜びだ。おってルベルナーザ全体に褒賞が下されようが、お前にも個人的に下賜があろう」
「ありがとうございます。大変光栄に存じます」
「うむ、今後も我らドーントレスのために精励するがよい。さてイジェス、次の任務を言い渡す」
エルフ将軍は女ボスに向き直って一枚の紙を渡した。そういえば銀河連邦に来て紙は初めて見た気がする。
「お嬢様がいつもの海賊狩り遊びを御所望だ。お相手をせよ」
「またかい? さすがお嬢様、偉い人のお勉強とはいえ熱心だねえ」
「お嬢様は次期総統でいらっしゃる。その素養を身につけるのに熱心でいらっしゃるのだ」
「昔みたいに奴隷に船使わせて狩る方が実戦的じゃないのかい? 実際に命とらなきゃ訓練にはならないと思うけど」
「お嬢様がお前たちをご指名なのだ。お前たちは黙って従えばよい」
「へいへい。じゃあ準備を始めるよ。議長と『ウロボロス』は渡したからね。報酬は弾んどくれよ」
「総統閣下のなさりように注文をつけるのか?」
「あ~あ~、悪かったよ、ただの社交辞令じゃないか。まったく頭が固いねえ」
顔を歪めて怒りを見せるエルフ将軍と、それに手をひらひらと振って去っていく女ボス・イジェス。右腕らしいモーザーがその後をついていくと、部屋はエルフ将軍と俺だけになった。
「海賊風情が……。だが今回はよくやったと言うべきか。ト・ナ」
「はっ!」
副官らしい女エルフ型宇宙人が反応する。
「メンタードレーダ議長を往還機に乗せて首都までお送りしろ。総統の客人だ。丁重にもてなすように」
「はっ。他の乗組員はいかがいたしましょうか?」
「議長付きなら全員優秀だろう。洗脳して使えるようにしておけ」
「ではそちらもシャトルでドパル研究所へ送ります」
「そうしてくれたまえ」
おっと、このエルフ将軍にくっついてもう少し情報収集したいところだが、ちょっと不穏な話が聞こえてしまった。
『メンタードレーダ議長、聞こえますか』
『ええ聞こえますよ』
『どうやら議長はドーントレスの総統の元に連れていかれるようです』
『なるほど、予想通りですね。私もドーントレスの首長には非常に興味があります。是非会って話をしたいところです』
『それと乗組員は洗脳して使うなどということを言っています。ドパル研究所というところに連れていかれるようです』
『そちらは不穏ですね』
『なので、まずそちらを先にどうにかしようと思います。研究所というのも少し気になりますし』
『可能ならばお願いいたします。私の方はすぐに害されるということはないでしょう。色々と調べ終わったら救助にきていただければと思います』
『そういえばシャトルで送るとか言っていましたね。どういうことでしょうか』
『シャトルは往還機、この軍港と惑星を行き来する船のことです。つまりこの軍港から惑星までは、船で向かうということになるようですね』
『転送を使わないということですね』
『そういうことです。独裁制をとっている惑星では、保安上の理由から時折見られる方法ですね。ドーントレスも独裁制の星ですから、転送を使うことを厳しく制限しているのでしょう』
『なるほど。しかしこちらにとってもその方がやりやすいかもしれません。わかりました、私はドパル研究所行きのシャトルに潜り込みます。議長もお気を付けて』
『ふふっ、承りました。こういうのは楽しいですね。心が躍るのを感じます』
なんとなく靄のような身体をゆらゆら揺らしている議長の姿が思い浮かんでしまった。
まあ議長の方もまだ力を隠しているようだし、本人が大丈夫というのだから心配はしなくていいだろう。
さてそうなれば早速行動開始だ。
俺は女エルフ副官の後ろをこっそりとついていって、将軍の部屋を後にした。




