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38章 出張、未だ終わらず  03

 ホテルのロビーに戻ったのは午後の3時過ぎだった。


 俺たちも部屋を引き払って帰途につくタイミングである。


 メンタードレーダ議長ら一行は少し前に出発したようだ。


 ライドーバン局長は俺たちの案内役としてまだホテルに残っていて、たまたまロビーの受付で話をしていた。新良の話だと、局長は新良の『フォルトゥナ』と同型の個人宇宙船を所有していて、それでシラシェルまで来ているのだそうだ。


 俺たちがロビーに入ると、毛むくじゃら紳士が気付いて声をかけてきた。


「十分に楽しめたかね?」


「ええ、おかげさまでいい宇宙旅行になりましたよ」


「旅行という割にはトラブルが多かったようで申し訳なかったがね。メンタードレーダ議長からもくれぐれも礼を言っておいてくれと頼まれたよ」


「トラブルは誰のせいでもありませんから。それで、帰りは来た時の基地から軍港に上がるわけですよね」


「うむ、そうなる。すでに車は用意できているので、部屋を引き払ったらここへ集まって欲しい」


「では20分後でどうでしょう」


「結構だ」


 というわけで、自分たちの部屋に戻って荷物をまとめる。といっても、大きな荷物は俺の『空間魔法』に入っているので、忘れ物がないかどうかの確認がメインだ。もっとも忘れ物があるとAIが感知して連絡してくれるらしいのだが。


 20分後に6人でロビーに下りると、ライドーバン局長の後について玄関前に横づけされた車に乗り込む。


 車が音もなく発進し、窓に離れていくホテルの姿が映ると、寂寥感のようなものが俺の胸によぎった。


 どんな感覚を持っているのか、青奥寺は敏感にもそれを察したようだ。


「先生、少し寂しそうですね」


「ん? ああ、青奥寺は旅行の終わり際とか寂しくなったりしないか?」


「ああ、それは私も感じます。同時に普通の生活に戻れることに安心したりもしますけど」


「あ~、それもあるかもな。俺もすっかり平和に慣れてしまったということか」


 と口にしたら、『ウロボちゃん』以外の4人が変な顔をした。ライドーバン局長は興味深そうに耳を傾けているのみだが。


「なんか変なこと言ったか?」


「先生にとって色々あっても今は『平和』なんですね」


 と少し呆れたような調子で言ったのは新良だ。双党とレアもコクコクとうなづいている。


「ああ済まん、確かに平和ではないか。でもまあ、勇者やってた時は本当に休みがなくてな。常にどこかが魔王軍に襲われてて助けに駆け回ってたから」


「今もあまり変わりがない気もしますが」


「あ~、いや、こんなものじゃなかった……違うな、移動が楽になってるのも大きいかもな。『ウロボロス』のおかげか」


 と口にすると、『ウロボちゃん』が反応して嬉しそうな表情を向けてくる。


『艦長のお役に立てて嬉しいでっす。これからもどんどん命令をしてくださいね~』


「おう、これからも頼む」


 無人島の件を頼もうかと思ったが、双党とかが行きたがるだろうからやめておく。後でこっそりお願いしよう。


 しばらくすると車は軍事施設の敷地に入り、建物の前で停車した。


 局長の後をついて建物に入り、来たときに使用した『ラムダゲート』に入ると、すぐに宇宙に浮かぶシラシェル軍の軍港まで転送された。


「これは……ちょっとものものしいですね」


 青奥寺が真っ先にそう口にしたが、軍港の『ラムダゲート』を出ると、港の施設内に慌ただしい空気が流れているのはすぐにわかった。


 行き交う軍人たちはカエル頭が多くて表情はわからないが、明らかに緊張感をもって早足で動いている。


 遠くで『巡洋艦「イングス」「ラリミリオ」「ドルガーナ」出航完了。後続の「ミルドナ」「ザースー」は……』というアナウンスが聞こえる。「ラリミリオ」はこの軍港に来る時に先導してくれた宇宙戦艦だ。それらが一斉に出航するというのは、大事が起きたことを十分に予感させる。


 ライドーバン局長もすぐに気配を感じ取ったらしく、俺に顔を向けてくる。


「状況を聞いてこよう。ミスターアイバたちは先に転送ゲートから『ウロボロス』へ戻ってくれたまえ」


「わかりました」


 部外者どころか例外的(イレギュラー)な存在である俺たちは軍港内をうろつくわけにはいかないので、局長の指示に従って、来た時の逆ルートを辿って転送用の部屋へと向かう。


 部屋の入り口にはニワトリ頭の整備員姿をした宇宙人がいて、壁にあるパネルを開いて点検をしていた。


 彼は俺たちの気配に気付くと急いで作業をやめ、慌てたように近づいてきた。確かこの軍港に来たときにも声をかけてきた、ジラなんとかという技術将校だ。


「あ、すみません、『ウロボロス』の乗組員の方ですよね。以前お声がけした技術大尉のジラトトです」


「はい、なんでしょうか?」


「現在緊急事態が起きておりまして、『ウロボロス』の出港を少々お待ちいただくことになりそうなんです。許可が出しだい連絡が入ると思いますので、それまでは待機をお願いします」


「わかりました」


「よろしくお願いします」


 敬礼をすると、ジラトト大尉はそのまま去っていった。


 部屋の前に立つと扉の上に『使用許可 ただし「ウロボロス」の出航は指示を待て』と表示された。


 ジラトト大尉の言う通りということだろう。まあ俺たちはイレギュラーだから仕方ないだろうと思いながら部屋に入る。


「『ウロボロス』、転送してくれ」


『了解でっす』


『ウロボちゃん』の声と共に、俺たちは『ウロボロス』の『統合指揮所』へと転送された。


 少女型アンドロイドクルーが一斉にこちらを向いて敬礼をしてくる。ここに戻るとわずかにホッとするのは、俺にとって『ウロボロスがもう家みたいなものだからだろうか。


 俺が艦長席に座り、青奥寺たちも近くの椅子に座る。少しすると扉が開き、猫耳獣人族エンジニアのイグナ嬢が入ってきた。


「ハシルさんお帰りなさいませ~」


「ああお疲れ。こっちはなにもなかったか?」


「昨日の地上でのオーバーフロー以外はなにもなかったんですけど、さっきちょっと動きがあったみたいです~」


「それは?」


「なんか、重要人物を乗せた高速船が海賊に捕まっちゃったみたいです」


「はあ?」


 あまりに覚えがある緊急事態に変な声が出てしまった。


 いや、勇者の体質的には十分あり得る事態ではあるんだが、まさかという感情が先にきた。


「『ウロボロス』、確認は取れるか?」


『え~と、高速船が正体不明の船に襲われたのは本当のようでっす。拿捕された高速船の船名は「サジタルキス」。メンタードレーダ議長が搭乗していた船であるかどうかは確認できません~』


「先生、『サジタルキス』は議長の船で間違いありません」


『ウロボちゃん』の報告にそう付け足したのは新良だ。こちらに向けた顔には焦りが見えるが、状況からいえば当然だろう。


「そうくるとはなあ」


 俺が溜息をついていると、モニターにライドーバン議長が現れた。向こうも宇宙船の操縦室にいるようだ。


『状況の確認がとれた。どうやらメンタードレーダ議長の乗る高速船「サジタルキス」が、正体不明の海賊船に襲われて連れ去られたようだ。護衛もついていたのだが、そちらは全艦航行不能にされている。現在シラシェル軍の船が出動して捜索を始めたが、恐らく近くの宙域にはいないだろう』


「議長が乗った船自体は無事なんですね?」


『不思議なことに、戦闘を行ったような反応はなかったそうだ。とすれば、一瞬で制圧されてしまったか、無駄な抵抗をしなかったかのどちらかだろう』


「戦力差が大きかったのでしょうか、だとしたら賢明な対応ですね。ところで海賊が偶然議長の乗った船を襲った、ということはありませんよね?」


『護衛までついている船を無理に襲うことはありえんだろうな。やはり議長がシラシェルに来ているという情報が漏れていたのだろう』


「目的はやはり議長を人質にして銀河連邦に対してなんらかの取引をもちかける、みたいな感じでしょうか」


『普通に考えればそうだ。だが今回、議長は重要な情報を持ち帰っているところだった。それを狙われた可能性もある』


「ああなるほど……。もしそこまで情報を握られていたのなら面倒ですね」


『うむ。そこまで漏れていたとは考えにくいのだが……む? すまん、緊急の連絡だ』


 通話の途中でライドーバン局長のほうに連絡が入ったようだ。


 その連絡を聞いている局長の顔が、だんだんと険しくなっていくのがわかる。どうやらかなり面倒な話になっているな、これは。


 そちらの通信が切れると、局長は険しい顔のままこちらを向いた。


『先ほど海賊から連絡が入ったそうだ。簡単に言うと、先方は議長の乗った船『サジタルキス』と、シラシェル軍港に停泊しているリードベルム級戦闘砲撃艦との交換を要求してきた。つまり狙いは「ウロボロス」だったということらしい』


 おっと、それは少し驚きの話になってきたな。『ウロボロス』が狙われること自体は想像していたが、まさかこういう形でくるとは思わなかった。


 さすがにこれは勇者的にも初めての展開である。銀河連邦あなどりがたしといったところか。

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― 新着の感想 ―
まさか海賊のネーチャンも連邦勢力圏外に所属してる個人の所有物だなどと判るわけもなく…… 力関係とか込み込みで「脅迫されても私らのモンじゃないんですけど」と言うしかないのに要人はきっちり質に取られてると…
転移してシビれさせて終了では?
なんで、この手の敵って、わざわざ地雷を踏み抜きに来るんでしょうね? これが勇者の持つ運命力というものなのか
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