38章 出張、未だ終わらず 02
俺が玄関を出た時には、ルベルナーザ一家の構成員は門をなんらかの手段で開いて庭に入ってくるところだった。
全員がすでに拳銃を手にしていて、最初から正体も目的も隠すつもりはないようだ。ずいぶんと雑な仕事だが、それが通用するというのだから、この星の防犯体制もそこまで厳重ではないということだろうか。リゾート惑星としては致命的だと思うのだが、海賊がのさばっている時点で銀河連邦自体が想像より緩いのかもしれない。
なんて余計なことを考えながら、俺はルベルナーザ構成員の方へと歩いて行く。
人数は6人、彼らは俺に気付いて銃を向けてきた。勇者の目に殺意は明らかなので問答無用のようだ。
六つの銃口が一斉に光を放つ。が、もちろん放たれた光の弾は俺に届く直前弾けて消える。『アロープロテクト』はこっちの世界に戻ってから一番使っている魔法かもしれない。
「携帯シールドだと!? こっちの警察はまだ動いてないはずだが」
「一人ならなんとかなるだろ。銃がだめならコイツの出番だ」
一人が腰に下げたナイフを引き抜いた。その刃が薄く赤熱したのはなんらかの特殊な機構が作動しているからだろう。魔法剣みたいなものか。
他の5人も揃ってナイフを抜いた。同じ服に同じ銃、同じナイフまで装備しているとなると海賊というより軍隊のようだ。
「死ね」
まずは2人がナイフを閃かせてかかってくる。驚いたことにかなり訓練を受けた者の動きだ。一人がフェイント、一人が攻撃、連携も堂に入っている。
『拘束』魔法で片づけるつもりだったが、少しだけいたずら心が湧いた。無辜の一般人を害そうとする連中なんだし、捜査局に突き出す前に少しくらい痛い目を見てもらってもいいだろう。
俺は突き出された2本のナイフをひらりと躱し、一人づつの腹にパンチをお見舞いした。軽いパンチだが魔力を込めているので、食らった瞬間全身に激痛が走るはずだ。俺も食らったことがあるのでよくわかる。
「ガッ!?」
「ゲッ!?」
2人はその場に崩れ落ちるように倒れて全身痙攣を始めた。触角のように飛び出た目が白目を剥いているのはなかなか面白い。
「なに!?」
残り4人が一斉に赤く光る刃を走らせてくる。やはり手練れの動きではあったが、勇者の体に届くことはかなわない。全員腹に一撃を食らい、白目を剥いて重なるように倒れ込んだ。
さて、門の方はと見ると、停まっていた2台の車は動き出そうとしていた。運転手が残っていたのは最初からわかっている。実行部隊がやられたのを見て逃げ出そうというのだろう。
俺は車2台に『拘束』魔法をかけて動けなくしてそちらに近寄っていった。運転手たちは車が動かないと気付いてドアを開けて逃げようとしたようだが、そのドアも開かず半ばパニック状態になっているようだ。
俺は片方の運転手に『睡眠』魔法をかけて眠らせ、もう片方の運転手を運転席から引きずり出した。
「な、なんなんだお前は……!? 俺たちがルベルナーザ一家とわかってるんだろうな!?」
「ルベルナーザ一家だからやってるんだよ。さて、『精神魔法』は得意じゃないんで後遺症が残ったら勘弁な」
まあルベルナーザ一家は即射殺OKみたいな扱いなので問題ないだろう。
俺はカタツムリ頭の前に、『精神魔法』の魔法陣を想起した。
「アルマーダ独立判事が言うように、ミスターアイバと共にいると飽きることがないな」
「自分としてはこの体質には少々嫌気がさしてはいるんですけどね。そのおかげで助かった人がいるからまだいいんですが」
ホテルの一室で、俺は毛むくじゃらエリートのライドーバン局長と対面をしていた。
ルベルナーザ一家の構成員については、あの後局長に連絡をすると、地元警察がやってきてすべて連行していった。
身柄を狙われたグザリロ氏の周囲にはしばらくの間護衛が手配されるらしいので、そちらも一安心である。
問題は、俺が『精神魔法』を使って入手した情報にあった。
「ミスターアイバの持つ力には我々も大いに助けられることになりそうだ。しかしシラシェルにルベルナーザ一家の手の者がこれだけ入り込んでいるというのは問題だな。しかしあの青年の関係者を皆殺しに来たというのは腑に落ちんな」
「あのポーションを奪い返しに来ただけかと思ったんですが、どうもそれも怪しくなってきましたね。グラメロ氏は他になにか知っていることがあるのかもしれません」
そう、実は尋問の結果、あのルベルナーザ一家の連中は、グラメロ青年の家族を皆殺しにする命令を受けていたということがわかったのだ。プロみたいな連中だと思ったが、その通り専門の人間だったというわけだ。
「その『なにか』が、単に連中がダンジョンを秘匿している程度のものならいいのだがな。それだけでシラシェルの有力者を害する暴挙に出るとも思えん。なにかもっと大きな裏がありそうだ」
「彼らがダンジョンを秘匿しているとして、そのボスをどう倒しているのかも気になりますね。それとこちらの星に工作員を潜り込ませているという話も対応が必要かと」
「そちらはこの星の当局に任せるしかない。が、多少緩んでいる可能性は否定できんな。ともかく工作員について情報が得られたのはよかった。しかしそうなるとルベルナーザ一家が議長の動きを把握している可能性もある。それと『ウロボロス』の存在もな」
「言われてみれば『ウロボロス』は一度ルベルナーザ一家に狙われていますから、もう一度狙われる可能性もありますね。一応警戒をしておきます」
「さすがに軍港の内外でなにか仕掛けてくる可能性は低いだろうが、注意はしておいて欲しい。さて、時間をもらいすぎてしまった。ミスターアイバは教え子たちのところへ行ってくれたまえ」
「あ~そうですね。そうさせてもらいますよ」
必要な情報は渡したので、俺ができるのはとりあえずここまでだ。
ルベルナーザ一家の話がここで終わるとは思えないが、今はどうしようもない。約束を破るのもマズいので、俺は青奥寺たちが遊んでいるだろうビーチへと向かうことにした。
ホテルを出て歩いていくとすぐにビーチが見えてくる。
白い砂浜と青い海。人間の数は多くなく、かなり余裕をもって美しい砂浜を楽しめるようになっている。このあたり人数を制限したりもしているのだろうか。
魔力を探ると青奥寺たちはすぐに見つかった。
4人で海に入って楽しくじゃれ合っているようだ。
水上スキーやパラセーリングっぽいアトラクションもあったのだが、そちらはさすがに昨日の騒ぎで一時休止になっていると朝言っていた。海上の方に複数のドローンが飛んでいたり海に浮いているのが見えるので、警備だけはしっかりやっているようだ。ビーチも閉鎖になっていておかしくはない騒ぎだったのだが、俺があっさり解決したせいで半分アトラクション扱いになっているところもあるらしい。
「あ、アイバセンセイ!」
俺が近づいていくとレアが気付いて、それを合図に全員がこちらに走ってきた。
もちろん全員水着であるわけだが、なんと4人ともビキニなので非常に驚いてしまった。
レアや双党あたりはまあ性格的にギリギリ着ていてもおかしくはないのだが、まさか青奥寺や新良までが露出の高い水着を着るとは思わなかった。
ざっと見て青奥寺が白、双党はオレンジ、新良は紺、レアは黒という色分けで、全員スタイルが良いので目にまぶしい。
特に新良とレアは背が高めなこともあって強烈だ。青奥寺も平均からはかなり離れているし、その3人と比べると双党は普通だが、そもそも運動万能型訳アリ女子なのでよく引き締まっている。
俺が目を逸らすべきなのか迷っていると、真っ先に駆けてきた双党が口を尖らせて見上げてきた。
「あっ、先生、今失礼なこと考えてましたね?」
「全然考えていなかったが」
「絶対嘘です~。私だけ胸が小さいとか思ってる顔してました~」
「微塵も思ってないしお前は普通だろ」
「あっ、やっぱり美園とかは大きいって思ってるんですね。璃々緒とレア、どっちが大きいと思いますか?」
「訳のわからない質問をして、さも俺が話題を出したみたいな雰囲気を醸すのはやめろ」
とかやっているうちに3人も近づいてきた。
俺が見ると、さすがに青奥寺は多少恥ずかしそうな表情をした。
「お疲れ様です。少し時間がかかったんですね」
「実はひと悶着あってな。そっちは地元に任せる感じになったけど」
「先生はいつもなにかを引き寄せていますね」
「勇者の業だからな」
頭を掻いていると、新良がいつもの無表情で俺の全身とじろじろと見ているのに気付いた。
「ん? なにかあるのか?」
「いえ、先生は水着にならないのかと思いまして」
「一応下は水着だけど、まあここでは俺は引率みたいなものだから」
「生徒に合わせることも必要だと思います。上は脱ぎましょう」
「そうか……?」
うむ、なんか新良の眼力が強いな。まあ海は入って泳いでみたいし脱ぐのは構わないんだが。
一方でレアが、
「そうでぇす。ワタシたちも見せたんですからアイバセンセイも見せるべきでぇす」
と言いながら、両腕を頭の後ろで組むセクシーポーズを披露してくる。
高校生でありながらそういう仕草があまりに自然かつ似合うので驚くばかりである。
「とりあえずビーチパラソルみたいなものは立てて場所取ってるんだろ? そこへ案内してくれ」
「オウ、その前に、私たちの水着姿を見ての感想をお願いしたいでぇす」
「えぇ……」
そんなの下手なこと言ったら処刑を通り越して軽蔑されるまであるしなあ。
「あ~、まあ、全員似合ってるんじゃないか。ただちょっと露出が……ああいや、なんでもない」
教師的に注意をしようと思ったが、それ自体も危険な気がしてやめた。というか青奥寺と新良の眼光が少し怖かった。前に新良の宇宙船で私服を注意したら、逆に女の子のことが全然わかってないとか散々怒られたからな。
俺が学習しているところを見せておくと、レアがさらに追撃を仕掛けてくる。
「ではワタシのスタイルはどう思いまぁすか?」
「はい……? いや、その、まあいいんじゃ……ないかな?」
青奥寺と新良の視線がさらに厳しくなった気がしてこちらは気が気じゃない。双党はいつもの通りニヤニヤ笑っているだけだが。
「具体的にはどこがいいでぇすか? アイバセンセイの注目点を聞きたいでぇす」
「それは……まあ、筋肉の付き方……とか?」
「それは鍛えているので自信ありまぁす。アイバセンセイは筋肉質な女子が好みなんでぇすね?」
「好みとかの話じゃなくてな……」
とにかく話を切り上げないと俺の社会的地位がピンチなので、青奥寺と新良に目くばせをして、荷物置き場に連れていってもらった。
少し砂浜を歩くと、備え付けのビーチパラソルがあり、そこにいくつかのビーチチェアが置いてある。ビーチチェアは一見地球のものと似ているが、マッサージ機能とかまでついているらしい。
そのチェアの一つに『ウロボちゃん』が水着姿で横になっていた。荷物番ということだろうか。ワンピースの水着は、いつもの服よりむしろ露出が減っているくらいである。
「はいはい、じゃあちゃっちゃと脱ぎましょうね~」
双党が両手をワキワキさせて迫ってくるので、上着を脱いで海パン一枚になる。そういえば海水浴なんていつぶりだろうか。異世界でも船に乗って呪われた島に行った時に海に出たことはあるが、遊ぶ余裕はなかったからなあ。こっちの世界に来ても休みなしだし、青奥寺たちと一緒だということはこの際目をつぶって少し遊ぶことにしよう。
と心の中で言い訳をしていざ海へ、と思ったら、青奥寺たち4人が俺のことを凝視していることに気付いた。
「どうした?」
「いえ、その、やはりとても鍛えているんだなと思いました」
妙に頬を赤くしているのは青奥寺だ。
新良も光のない目でじっと俺の胸や腹のあたりを観察しているが、こっちは能力分析でもしているのだろうか。
双党はよだれを流しそうな顔になって両手をワキワキさせているのだが、まさか筋肉フェチしぐさをするつもりだろうか。さすがに上半身裸の水着状態でそれはNGである。
「さすがアイバセンセイ、見事な肉体美でぇす! このような筋肉を隠していたのでぇすね」
レアは両手で自分の胸を抱くようなポーズをとって目を見開いている。う~ん、まあこの年頃の女の子からすると俺の身体はもの珍しいのかもしれない。我ながら鋼のような身体だとは思うし。
「男でもあまりまじまじと見られると恥ずかしいもんだな。とりあえず俺は海に行くぞ」
「あっ行きましょう行きましょう! 生徒と海辺で戯れるなんて教師失格ですけどねっ」
「いや俺はガチで泳ぐ派だから」
と言ったら双党だけじゃなくレアも青奥寺も、新良までも不満そうな顔をした。
そしてそのまま前後左右を4人に囲まれながら水際まで連行され、そして無理矢理一緒に遊ぶことを強制された。
せっかく遊びで海に来たのだから勇者パワーでどこまで泳げるか試したかったのだが……。
よく考えたら『ウロボロス』で無人島とか行き放題なんだよな。地球に帰ったらどこか泳ぎに行ってみるのもいいかもしれない。
大変申し訳ありませんが、次回28日は一回休載となります。
少し前に一回お休みさせていただいたところなのですが、先行して書き溜めてある部分を大幅に変える必要がでてしまいまして……。
次回は7月1日掲載になります。
よろしくお願いいたします。