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5章 謎の初等部女子  03

 翌日は休日だったので、久しぶりに街に繰り出すことにした。といっても単に日用品が足りなくなってきたから買い出しに行くというだけで、別段心浮き立つような用事があるわけでもない。


 買い物を済ませると悲しいことにどこにも行く当てがなかった。そういえば社会人って休日は普通なにをするものなんだろうか。


 やはり一人だとやることも限られる……などと考えていると心の中が殺伐としてきた。


「……仕方ない、いつものトレーニングをするか」


 悲しい決断だが、今の俺にできることはそれしかなかった。そうと決まればどこか人気のないところで『光学迷彩』を使いつつ採石場まで飛ぶとしよう。


 感知スキルで人のいない路地を選び、そちらに入っていく。


 ここならいいだろうと思ってスキルを発動しようとすると、


「ちょっとおじさん、もしかして変質者ってやつ?」


 と路地のさらに奥から声が聞こえた。


 俺が目を向けると、そこにはいつの間にか一人の女の子が立っていた。


 10歳少しくらいだろうか。ちょうど山城先生の娘さんの清音ちゃんと同じくらいの年格好の女の子である。


 褐色の肌で、長い髪を片側で束ねており、歳の割にはっきりした目鼻立ちはやたらと気が強そうな印象を受ける。ちょっと露出が多めな格好も気になるのだが、それ以上にその女の子には気になるところがあった。


 そう、彼女は俺の感知スキルをすり抜けるようにして急に現れたのだ。


「おじさんっていうのは俺のこと?」


「他に誰がいるの?」


「百歩譲って俺がおじさんだとして、なんで変質者扱いなんだ?」


「は? その目つきはどう見ても変質者だし。今わたしのことエロい目でジロジロ見てたでしょ」


 そりゃ感知スキルを抜けてくる女の子はよく観察する必要があるからね。とは言えないのがもどかしい。


「いや、君が急に現れたからビックリしただけだよ。誰もいないと思ってたから」


「ふ~ん、それじゃ誰もいない所でなにをしようとしていたの?」


「いや、普通に通り抜けようとしただけだよ」


 と俺が答えると、彼女は急にニヒッと笑った。面白いいたずらを思いついたような笑み、というよりはいくぶん邪な感じが強すぎるが……。


「ここを通り抜けた先には小学校があるんだよね~。おじさんそこが目当てでしょ」


「なんで?」


「だから、そこではじめの質問に戻るワケ。覚えてる? 最初の質問」


「え~と、変質者って……ああ、いや違うからね」


 俺が否定すると、その女の子はニヤニヤ笑いながら近づいてきた。俺の目の前で少し前かがみになりつつ上目づかいで俺を見る。生意気そうなその態度は、明らかに相手を挑発する意図を感じさせる。


 というか一連の動作がすごく慣れている感じがするな。色々と警戒が必要な娘かもしれない。


「否定するところがすご~く怪しいよね。おまわりさんを呼んだ方がいいかな~」


「いやなにもしてないしする気もないし、呼んでも仕方ないと思うよ?」


「でも今の状況だけ見ると、おじさんがわたしをここに連れ込んだようにも見えるよね。それって否定できなくない?」


「それは無茶だろ。そもそも君がいるなんて知らなかったし」


「わたしが言ってるのは誰かが見たらどう思うかってコト。おじさん話分かってる?」


 その言い方が本当に人をバカにしたような言い方で、俺が勇者じゃなかったらかなりイラッとしているところだ。


 しかしこの娘、いったい何が目的なんだろう? 


「それで、君は俺に結局なにを求めてるんだ?」


「はぁ? 別になにも求めてないけど。だってなにか求めたらこっちが悪いみたいになっちゃうじゃない。おじさんバカなの?」


 あ、分かった。これ俺をキレさせるつもりなんだな。俺がキレたところで悪者だという既成事実を作ってハメる、みたいな感じか? 感知スキルをすり抜けてきたところからしてこの娘ただ者ではない感じだし、こっちが手を出そうとしても負けない自信があるんだろう。


 だったら解決策は一つしかないな。


「オッケーじゃあこうしよう」


 と俺は両手を上げて一歩下がりつつ、『高速移動』スキルを発動。


「えっ、はや……っ!」


 とはるか後ろの方で聞こえたが、俺はそのまま路地を抜けて『光学迷彩』を発動しつつ風魔法で飛び上がる。


 状況的に不利な時は逃げるに限る。勇者といえども前に進むだけでは勝てない時もあるのだ。


 しかしさっきの娘、なんだかよく分からなかったが、どこかでまた会う気がすごくするなあ。勇者の勘は悪い方には本当によく当たるのである。




 翌週は定期テスト一週間前ということで部活もなくなり、その分俺はテスト作りに追われることになった。といっても素案はすでに考えてあるので特に問題はない。まあ恐らく山城先生にはかなりダメ出しされるだろうが……そこは勉強だから仕方ない。


 というわけで放課後職員室でPCとにらめっこをしていたのだが、どうも廊下がちょっと騒がしい。


 どうやら2人の生徒が廊下で話をしているようだ。声の感じからして初等部の子のようだが、一人は清音ちゃんな気がするな。


「相羽先生はそんな人じゃないから、ね?」


 とか言っているのだが、いったい何の話だろうか。


 どちらにしろ初等部の児童が高等部の職員室前に来ること自体ほぼない。気になったので廊下に顔を出してみた。


「そんなこと言っても、清音にヘンな術かけたんだし、一度ちゃんと話を聞いておかないと危ないって」


「そんなこと言って、リーララちゃんはまた先生に変なことして困らせる気でしょ? ダメだよああいうのは」


「それは別にいいじゃない、面白いんだし。それに清音もなにされたか気になるでしょ?」


「わたしは悪いことがあったわけじゃないし……、あ、相羽先生、こんにちは」


 職員室前で言い合いをしているの一人はやはり清音ちゃんだった。俺に気付くと礼儀正しくお辞儀をする。


「え、この先生が相羽先生なの……って、あっ、おとといの逃げたおじさん!」


 もう一人は、なんと一昨日俺をハメようとした(?)生意気系褐色少女だった。勘の答え合わせが早すぎるなこれ。


「おじさんじゃなくて先生と呼びなさい」


「なに急に先生ぶって。わたしのことエロい目で見てたのがバレて逃げだしたクセに」


「リーララちゃん、ちゃんとした言葉で話さないと失礼だよ」


 たしなめる清音ちゃんの言葉からすると、この生意気褐色少女は『リーララ』という名前らしい。いったいどこの国の名前だろうか。


「それで清音ちゃん、山城先生を呼んだ方がいいのかな?」


「あっ、違います。この間やってもらったおまじないのことで、リーララちゃんが相羽先生に聞きたいことがあるって来たんですけど……すみません」


「清音が謝ることないでしょ。ヘンなことしたのはこのおじさん先生なんだし」


 そう言いながら下から生意気感全開な視線で俺を見上げるリーララちゃ……リーララでいいなこいつは。


「それでなにを聞きたいのかな。その前にここは職員室前だからあっちの廊下に行こうか」


 ちょっと離れたところの廊下に移動すると、リーララは腰に手をあてて胸をそらした。


「清音にかけたっていうヘンなおまじないとやらをわたしにかけてみて。どうせインチキだろうけど」


「これはいい子にしか効かないから君にかけても意味ないよ?」


「わたしがいい子かどうか決めるのは先生じゃないでしょ。さっさとかけて」


「かけるかどうかを決めるのは君じゃないからかけないよ」


「むっか! 小学校に忍び込もうとしてたクセに」


「おとといは土曜だから小学校誰もいなかっただろ。その前に証拠もないし」


 なんか初等部の子と言い合いをしていると俺までガキになった錯覚に陥るな。ちょっと疲れる……と思ったらピンときた。


「もしかして君、松波先生によく絡んだりしてない?」


「してるけどおじさん先生には関係ないでしょ」


 あ~こいつか、同期の松波君の心労の原因は。まだちょっとしかしゃべってないけどこんなのに付きまとわれたら確かに病むわ。


 どうやらおしおきが必要なようだなあ、この娘さんには。


「そういうことならおまじないをしてあげよう。いい子になるおまじないだけどな」


「うわバカっぽい。高等部の先輩にもそんなこと言ってるワケ?」


「ちょっとリーララちゃん、言いすぎだから。それにいつもより言葉が汚いよ」


 清音ちゃんの健気さにくらべて、挑戦的な顔をするリーララの可愛くなさが天井知らずだな。顔の造作だけ見りゃ同じくらい可愛いのに、中身でここまで差がつくんだから泣けてくる。


 俺は構わず手のひらをリーララの鼻面につきつけてやる。


 魔力を練って『ナイトメア』の魔法を準備。なあにちょっと怖い夢を10日ばかり見るだけの魔法だ。日本じゃ問題になりそうだが、『あの世界』では親が子どもをしつけるのに使っていた。


 しかし魔法を発動しようとした瞬間、リーララが素早い動きで後ろに跳んだ。ああそういえばただ者じゃなかったんだっけ。まさかこいつ魔力を感知できるのか?


「ちょっ、アンタ何者!? 今ホントになんかしようとしたでしょ!」


「おや、インチキだとか言ってなかったかな?」


「とぼけないでよ。怪しい力使おうとしたのは分かるんだからねっ」


「あら、ずいぶん騒がしいわねえ。清音、なにかあったの?」


 リーララが俺に指を突き付けて睨んでいるところで、背後から聞こえてきたのは山城先生の艶々ボイスだった。


 さすがにこれ以上は廊下でやれる話でもないからちょうど良かった。


「あ、お母さん、ごめんなさい。ちょっと相羽先生にお話があって来たんだけど……」


 清音ちゃんが謝っていると、さすがにリーララもバツが悪そうな顔をした。そのくらいの常識はあるようだ。


「すみません、騒いでたのはわたしです。用事は終わりましたので失礼します」


 リーララは頭を下げると、清音ちゃんの手を取って去っていった。もちろん去り際に俺をキッと睨みつけて「また後でねっ!」と言い残していった。


 2人の後姿を見送って、山城先生は首をかしげるようなしぐさをしつつ溜息をついた。


「ごめんなさい相羽先生、清音が迷惑をかけちゃったみたいね。あの娘相羽先生のこと気に入っちゃったのかしら」


「いえ、もう一人の子のつきそいみたいでしたよ。山城先生はあのリーララって子のことはご存知ですか?」


「ええまあ、ね。神崎リーララ、彼女もちょっと訳ありの子なのよね」


 意味ありげな流し目でドキッとさせる妖艶系美人先生。もちろんその目の意味は「彼女も裏がある女の子だ」という意味だろう。初等部にもそんな子がいるとは驚きだけど。


「でもなぜ彼女は相羽先生に興味を持ったのかしら?」


「どうやらこの間自分が清音ちゃんにかけたおまじないが怪しいと思ったみたいです」


「まあ、おもしろい娘ねえ。清音と仲がいいことは知ってたけど友達思いなのね」


 あ~、確かにそういう面もなくはないのか。言動からすると単にいちゃもんつけてイジりに来ただけみたいな感じだったけど。


 間違いなく後でまた接触してくるだろうし、なんかめんどくさいのに関わってしまったなあ。

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[一言] 教育の時間だ、、妥協はするな。。今だけは勇者じゃない導師だ
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