37章 出張先、銀河連邦 14
カエル青年――グラメロ青年は、大通りを早足に歩いていた。
さっき聞こえていた話からすると、彼自身『ルベルナーザ一家』に所属していた海賊で、そして『ルベルナーザ一家』からなにか重要なものを盗んでこの星までやってきたということなのだろう。
一応あの場では俺が彼を助けたみたいな形にはなってしまったが、もともと彼も海賊ということなので、助けるべき奴だったかどうかは微妙なところだ。本来ならさっさと捕まえて捜査局に引き渡すべきなのだろうが、彼が何を『ルベルナーザ一家』から盗んできたのか少し興味が湧いてしまった。もっと正確に言えば、勇者の勘がなにかあると告げていた。
しばらく青年の後ろを空から追いかけていると、彼は大通りから脇道に入り、そして路地を抜けて公園の裏手に出た。
その足取りには迷いがなく、彼がこのあたりの地理に明るいことが分かる。
その公園はもちろん東京ドーム何個分なんて表現で示せるほど広大なもので、川が流れていたり湖があったり森があったり複雑な形状に水が噴き出す噴水があったりと、空から見て圧倒されるものだ。
彼はその公園に入っていくと、やはり迷いなく森に入っていき、さらに奥の方まで進むと、とある木の下で立ち止まった。周囲を警戒しているので、そこが目的地なのだろう。
彼はその場にしゃがみこむと土の地面を掘り始めた。なにかを掘り当てたのだろう、ほどなくして彼は掘る動きを止め、地中から小さな包みを取り出した。
彼はその包みから小瓶を取り出してうなずく。どうやらそれが『ルベルナーザ一家』から持ち出したという物のようだ。
俺は『光学迷彩』を解きながら、グラメロ青年の背後に着地をした。
その時に俺が溜息をついたのは、青年が後生大事に懐に入れたモノがなんであるか分かってしまったからだ。
「あ~すみません。今あなたが持っているモノについて、どこで手に入れたのか教えてもらえますかね」
俺が声を掛けると、グラメロ青年は振り向かずに、そのまま走り去ろうとした。
意外と場数は踏んでいる感じだが、俺の『拘束』魔法から逃れるにはスピードがあまりに足りなかった。
「なっ!? なにが起きて……、くそ……っ、こんなところで……!」
「失礼しますよ」
走るフォームのまま固定されている青年に近づき、その懐から小包を取り出す。
袋の中に入っていたのは、色のついた液体が満たされた小瓶。
それは、俺が勇者になったばかりのころにお世話になりまくった回復アイテム、『ポーション』に間違いなかった。
「なるほど、この薬を実家に届けたかったということですね?」
「そうだ。俺は病気の母を助けたかった。それだけだ」
「こちらに実家があるということは、あなたの家はそれなりに裕福なのではないのですか。なぜあなたは海賊などになったんです?」
「俺は一家の鼻つまみものだったんだ。落ちこぼれで、兄妹のなかでも飛びぬけてなにもできなかった。それで家を出て、気づいたら『ルベルナーザ一家』に入ってた。だが別に親も兄妹も恨んじゃいない。ただ少しくらい、自分も家のためになにかできるってことを示したかった」
「ふむ……」
その場で事情聴取をすると、青年は意外にもすらすらと喋りだした。
まあその前に、俺が海賊とは関係ないこと、銀河連邦捜査局とも関係があること、そして絶対に逆らえない人間であることなど、実演込みで教え込んだからでもあるが。
彼の話はあまりに出来過ぎな内容ではあったが、ここで嘘をついても意味がないと理解できる人間には見える。彼が周辺の地理に明るいことから考えても、彼がこのあたりの出身であることは間違いなさそうだ。
「その薬は、『ルベルナーザ一家』がどこかで作ってる、まるで魔法の薬なんだ。今の医療技術では完治が難しいものも治しちまう。それを使えば母も治ると思ったんだ」
「多少は効果があるでしょうが、これで完治まで行くかどうかは微妙ですね。『ルベルナーザ一家』がこれをどこで作っているかは分かりませんか?」
「それは極秘扱いになってる。知ってる奴は誰もいなかった。知ってるのは恐らく幹部くらいだろうな」
「そうですか……。わかりました、とりあえずあなたは捜査局に引き渡します。『ルベルナーザ一家』追われている以上、それがもっとも安全でしょう」
「しかしその薬は母に……」
「これは証拠品ですからこちらに預からせていただきます。代わりにもっと効く薬を、あなたからのものだと伝えて渡しておきましょう」
「もっと効く薬? アンタ、さっきもこの薬のことを知ってるみたいな口ぶりだったな」
俺は『空間魔法』から『エクストラポーション』を取り出して青年に見せた。
「こちらはこの薬の上位版です。こちらを渡しておきますから安心してください」
「なっ!? 今どこから取り出した!? それのその薬は……アンタ一体何者なんだ!?」
「アンタッチャブルエンティティ……と呼ぶ者もいますね」
「はぁ!?」
「冗談ですよ。さて、そろそろ次の予定の時間なので、ちょっと失礼しますよ。すぐ着くので安心してください」
俺は青年を肩に担ぎ上げ、姿を消しながら、ホテルへと飛んでいくのだった。
ホテルに戻ると、青奥寺たちやライドーバン局長の姿がロビーに見えた。
さすがに青年を担いで高級ホテルに入るわけにもいかないので、手前で下ろして一緒にロビーに入っていく。
「先生!」
新良が気づき、女子全員が早足で近づいてくる。局長は顔を少し歪めているが、あれは多分苦笑しているんだろう。
「お疲れさん。さっきの3人はどうなった?」
「捜査局に引き渡しました。『ルベルナーザ一家』の工作員で間違いないそうです」
「だろうな。ああ局長、こちらの人間の保護もお願いします」
俺は遅れてやって来た局長の前に、グラメロ青年を押し出した。
「彼はどのような人間なのかね?」
「もと『ルベルナーザ一家』の一員で、そこから重要な証拠品を持ち出して逃げてきた勇敢な人間ですよ」
「証拠品?」
「これです」
俺がポーションのビンを包みごと渡すと、局長は取り出して首をひねった。
「これはなにかね?」
「それは『ポーション』といって、ダンジョンから取れるアイテムです」
「ダンジョンだと? それは本当……なんだろうな。ミスターアイバが言うのであれば」
「この件の重要性はそれだけでお分かりかと思います。ということで、こちらのグラメロ氏は非常に重要な人物ですのでご注意ください」
と言うと、局長はまた顔を歪めて、「くくっ」と笑い声を漏らした。
「ルベルナーザ一家がダンジョンを利用しているということ……つまりすでにダンジョンが銀河連邦内に存在するということか。しかしミスターアイバの周りには色々なトラブルが寄ってくるようだな。しかもそれらはすべて非常にクリティカルなものばかりだ。それもミスターアイバの能力なのか?」
「体質……でしょうかね。ところでそろそろ事前打ち合わせの時間だと思うのですが」
「ああ、そうだったのだが、この件があるので1時間遅らせることになった。とりあえず部屋で一休みしてくれたまえ。用意ができたら迎えを送る」
「わかりました。じゃあ戻ろうか」
俺は青奥寺たちに声を掛け、エレベーターへと向かった。
5月25日に「勇者先生」3巻発売になっております。
よろしくお願いいたします。
10日に発売された「おっさん異世界最強」2巻ともどもよろしくお願いいたします。