37章 出張先、銀河連邦 13
いや、銀河連邦一のリゾート地を舐めてたわ。
自動運転タクシーに乗ってやってきたショッピングセンター『グランドーレ』だが、なんと東京ドーム15個分とかいう敷地を誇る、目も眩むような恐ろしい場所だった。
普通に全部歩くだけで3日かかるというトンデモセンターで、敷地内に自動運転カートがバンバン走り回っていたり、動く通路みたいなものも張り巡らされていたりと意味がわからない。
雰囲気としては、一時期日本のあちこちにできたアウトレットモールが近いだろうか。
ただ建物の大きさとか豪華さとか、そもそもの規模が違いすぎて似ているとは口が裂けても言えないものである。
俺たちはエントランスから敷地内に入ってすぐ、完全お上りさん状態なって周囲を見回していた。
しかし女子4人はすぐに回る店を吟味し始めたようだ。新良がブレスレット端末で画像を空中に表示させていてあれこれ話を始めている。『ウロボちゃん』も時々アドバイスを求められて答えているようだ。
その様子は非常に楽しそうで、微笑ましくなると同時に、だいぶ前にリーララとデパートに行った時のことを思い出す。
その経験を活かして、
「すまん、俺このエントランスで待ってていいか?」
と提案したのだが、
「だめです~」
と一瞬で双党に蹴られた上に、青奥寺に「なに言ってるんだコイツ」的な目で見られてしまった。
「なぜそんなことを言うんですか?」
「だって、絶対女子だけのほうが楽しいだろ」
「そんなことありませんし、お土産も買うんですから。先生もほかの先生たちに買うんじゃないんですか?」
「いやそんないっぱい配らんしそもそも配れんわ。銀河連邦土産なんて渡せる相手なんて校長先生くらいだ」
まあ熊上先生とか山城先生あたりも配れなくはないが、向こうもそんな極秘の宇宙土産なんて持たされても処分に困るだろうしなあ。
「どっちにしても先生は荷物持ちの任務があるんですっ」
などと敬意が微塵も感じられないことを言う小動物系女子をこめかみグリグリの刑に処し、仕方ないので先導する新良について行くことにする。
自動操縦カートに乗って着いた先は、小中の店舗が立ち並ぶアーケード街のような通りだった。とはいっても未来的かつ高級な装いの店ばかりで、庶民は気後れするような場所である。
見るとアクセサリー店、服飾店、アンティークショップや菓子屋、レストランやらカフェやらが並んでいる。
「銀河連邦のリゾート地にもこんな場所があるんだな」
という感想は、技術が進歩すれば店頭で物を買うなんてことは少なくなるのだろうと考えてのものだったのだが、新良はそれに対して首を横に振った。
「その辺りは惑星ごとに違うのもありますが、やはり店頭で物を買うという行為が完全になくなることはありませんね。ただこの通りに関してはレトロなところが売りのようです」
「レトロ、ね。なるほどそういうことなら納得だ」
しばらく歩いて気になった店の商品を見て回ったりするが、やはりそこに表示された値段はなかなかに庶民感覚から外れたものが多かった。
例えば『シラシェル産の天然フルーツジュース』がコップ一杯で日本円換算で3,000円である。さすがに青奥寺たちも絶句していたが、まあそういうものだと思って全員分頼んで飲んでみた。
「これは……味わったことのないフルーツですが、確かにとても美味しいでぇすね」
「ホテルの調理サーバーのもので十分と思ってましたけど、ここまで違うんですね」
レアと青奥寺が言う通りで、別の文明出身者が飲んでもすぐ美味いと感じる味なのは驚きであった。相手によって味を変えている可能性もあるのだろうか。
ちなみに残念ながら『ウロボちゃん』は飲み食いはできない。
というわけで他にもちょっとしたシャツ1枚10万円とかそんな感じの店を冷かしたり買い物をしたり物陰に隠れて『空間魔法』に荷物を入れたりしつつ、アーケード街を端から端まで歩いたのだが、それだけで3時間近く経ってお昼になってしまった。
そこでホテルの予約枠があるというレストランに行ったのだが、予想通り店構えから品の良さと格式の高そうな雰囲気がプンプンする店だった。
といっても尻込みしても仕方ないので入って、案内された席に着いた。俺はなるべく平静を装っていたのだが、双党とレアがキョロキョロするので俺の努力は無駄になった。
メニューは実物が空中に立体表示されたりと凝っているものでそれにも驚いたが、一番安いセット(というかコース)が円換算で20万円からでございます、とか言われるともはや笑うしかない。
「あ~、もうあきらめて好きなの頼もう」
「いいんですか?」
青奥寺の気遣う視線に俺は苦笑いを返す。
「どうせ金はあるし、他に使うあてもないから使ってくれ」
さすがに2億円相当は使い切れないだろうしなあ。
結局5人で軽自動車一台買えるんじゃないか? くらいの飯を食ったが、確かに美味かったのでそれはよしとする。新良の話によると、どんなに技術が進んでも料理人はいなくならないし、一流の料理人はむしろ地球より評価が高くなるのだということだった。
レストランを出るともう1時だ。3時前にはホテルに戻らないといけないので、ショッピングセンターを出て、ホテルの近くの小さな絵画のギャラリーに行くことにした。青奥寺が、九神に可能なら絵画を一点買ってきてくれと頼まれたらしい。俺が買えば九神がそれを買い取ってくれるとか。
ある意味銀河連邦の金を地球の金に換えてくれるという話なので、互いに利益のある話である。
自動操縦タクシーで向かった先の、大通り沿いにあるそのギャラリーは、どうやら新進気鋭の作品を集めているもので、要するに金持ちが芸術家の卵のパトロンになるなどの話にもつながるようなところらしい。
ワンフロアに並ぶ絵画はおよそ300枚ということだが、さすがに全部を詳しく見て吟味する時間もなく、青奥寺によさそうなのを選ぶように言った。そもそも青奥寺が頼まれた話だし。
俺は適当にギャラリーを見て回ったが、絵画の中身そのものは一部前衛的なものを除けば地球のそれとそこまでは変わらない気はした。
さて青奥寺が選んだ絵だが、複雑な図形が複雑な色で描かれたアヴァンギャルドな一枚と、オーソドックスな風景画で、その2枚で悩んでいるらしい。
「両方買えばいいんじゃないか?」
「いいんですか?」
「どうせ金を出すのは九神だろ」
「まあそうなんですけど」
両方買うと結構な額だったが、スタッフに言って購入をした。モノはホテルに届けるよう伝えて外に出る。
大通りは車と人が行き交っているが、自動操縦車の走行音は静かで、人々も大声で騒ぐような者はいないため、意外なほどに静かである。
「ん……?」
その時俺の耳に、このリゾート地には似つかわしくない、かすかな物音が入ってきた。
俺の勘が正しければ、それは勇者的には放っておけない音であった。
俺が妙な物音がする方に歩き出すと新良が後ろから声をかけてくる。
「先生、どちらへ行くのですか?」
「ちょっと妙な音がした。多分荒事の音だ」
「荒事? 喧嘩かなにかでしょうか」
「もっと切羽詰まった感じのなにかだな」
音の先を辿って裏路地に入っていく。華やかで上品な場所にも薄暗い湿った場所というのはどうしても存在する。
いかにもな感じになってきたところで、俺の鋭敏な聴覚に声がはっきりと聞こえてきた。
「……何度も言わせるな。盗んだものはどこにやった?」
「だから知らないって言ってるだろ。俺はなにも盗んでない」
「薬をテメエが盗んだのはわかってるんだグラメロ。さっきどっかに連絡してたのもな。正直に言えば一発で殺してやる。ゴネるならわかってるだろうな?」
「知らないものは知らない。なぜ俺をそこまで追いかけてくるのか理解できない」
「強情な奴だ。仕方ねえ、連れ帰ってお薬だ。ルベルナーザ一家を裏切った罪はしっかり償ってもらわないとな」
おっと、聞き捨てならない固有名詞が出てきてしまった。さすが勇者のトラブル体質、我ながら自画自賛したくなってしまう。
ともあれ少し切羽詰まった感じなので、俺は『高速移動』スキルを使ってダッシュ、角を曲がるとそこが現場だった。
いたのは4人。
壁を背に尻を付けて座り込んでいるのは、カエル頭の青年(推定)だ。
それを取り囲むように立っているのは、カタツムリの頭部に似た、目玉が突き出た頭を持つ、茶色い作業服のようなものを着た男たち(推定)。1人が銃を持ちカエル青年に向けていて、2人が青年に近寄ろうとしているところだった。
彼らは俺に気づいて、一斉にこちらに顔を向けた。
もちろん銃口もこちらを向く。
「なんだお前……その見た目はエルクルド人だな」
エルクルドは新良の母星である。その星の住人は地球人に非常によく似ている。
「俺は通りすがりの者だ。どうも見逃せない場面のようだから見に来た」
「そうか、それは災難だったな」
銃を持ったカタツムリ頭は、そう言うと躊躇なく引き金を引いた。
が、銃口からほとばしった光弾は、俺の手前で拡散して消えていった。『プロテクトアロー』の魔法は本当に有用だ。
「携帯シールド!? まさか軍か!?」
残りの2人も銃を抜き、3人で高速連射を始めた。明らかにこっちを殺しに来ている時点でコイツらは敵決定である。
俺は『拘束』魔法を発動、3人の手足を動けなくしてから『睡眠』魔法で眠らせる。宇宙人に効くかと思ったが、よく考えたらモンスターにも効くので問題はない。まあ相手が眠らないアンデッドとかだと効かないのだが。
眠ったのを確認して『拘束』を解くと、3人はその場に崩れ落ちた。
銃にプラスしてジャケットの内側などをまさぐり、手に当たったものは全部取り上げた。といっても、ブレスレット端末とナイフみたいな武器を隠し持っていただけだ。
遅れて青奥寺たちがやってくる。地面で寝ている3人に気づき、新良が隣にやってくる。
「彼らは? なにがあったのですか?」
「こいつらはさっき自分たちを『ルベルナーザ一家』と言っていたな。で、俺を攻撃してきたので眠らせた。これがこいつら銃と端末な。あとは捜査局で対応してくれ」
新良は銃を受け取りながら、俺の顔をじっと見てくる。
「それだけですか」
「いや、もう1人、こいつらに連れていかれそうになった奴がいた。どさくさに紛れて逃げたみたいだな」
そう、カエル青年は目端の利く男だったようで、好機と見て逃げ出していたのだ。
「わざと逃がしましたね?」
「わかるか?」
「先生が逃がすはずありませんから」
「どうやら訳アリだったみたいでな。ちょっと後を追ってみるから、悪いがここは任せた。終わったら先にホテルに戻っててくれ」
俺はそう伝えると、『光学迷彩』『隠密』『機動』を発動、空へと飛びあがった。
5月25日に「勇者先生」の3巻が発売になります。
改稿、エピローグ書き下ろしあり、個人的に絢斗君のイラストがお気に入りです。
歩くR18さんもついにビジュアライズされた一冊になります。
是非よろしくお願いいたします。