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5章 謎の初等部女子  02

「あっ、相羽先生、いいところに!」


 日が落ちきったころ仕事を終えて校門から出ようとすると、俺を後ろから呼ぶ声がした。


 振り返ると同期の白根陽登利(ひとり)さんが手を振っていた。声は元気そうだが、自転車に寄りかかるようにして歩いて来る足取りには力がない。どうもかなりお疲れのようだ。


「白根先生お疲れ様です。ちょっとお疲れですか? 歩き方がちょっと頼りない気がしますよ」


「えっ、そんなに分かるほどですか?」


「ええ、慣れた人なら分かると思いますよ」


「うう、生徒にバレてたらカッコ悪いですね。実はこのところ眠りが浅くて……。今度の土日バレー部の大会なんですけどそれも心配なんです」


「ああ、生徒の指導もそうですけど、熱心な保護者さんもいらっしゃいますからね。ありがたいんですけどどうしても気疲れはしますよね」


「そうなんです。それでですね……」


 白根さんが少し恥ずかしそうな顔をする。まあその理由は分かっているが。


「この間の元気アップのおまじないですね。いいですよ」


「はい、よろしくお願いします!」


 なんか本当に信じているところがちょっと心配になってしまうが……勇者を信じるのはセーフなのでいいか。


 俺は白根さんの胸の前あたりに手をかざして癒しの魔力を送る。そういえば今日は2回目だな。


「んふぅ……。え……? すごい、身体が本当に軽いです。こんなにはっきり分かるんですね。ええっ、これって本当にすごくないですか!?」


 目に見えて白根さんの姿勢が良くなり目に力が戻ってくる。


「これは同期だけの秘密ですよ。大会頑張ってください」


「はい、これなら大丈夫そうです。相羽先生ってやっぱり変……不思議な人ですね。セイジョさんみたい」


 なんか勇者の心をえぐる言葉が聞こえた気がするが……いやそれよりもまた「セイジョ」の言葉を聞くことになるとは。


「その『セイジョ』さんって誰なんですか? 初等部の子が言っているのも聞いたんですが」


「あっ、中等部にいる生徒のことなんですよ。なんか癒しの力があるとかで、性格もすごく優しいので皆から『聖女』って呼ばれてるんです。でも本人はちょっと恥ずかしがってるみたいなので、さっきそう言ったことは秘密にしてくださいね」


「分かりました。でもやっぱりその『聖女』なんですね。癒しの力……なるほど」


 眉唾物の話といいたいところだが、正直眉に唾つけすぎてふやけるくらいの生徒が周りにいるのできっと本当のことなんだろうなあ。癒しの力は俺ですら使えるんだし、こっちの世界に1人2人使える人間がいてもおかしくはない。


「相羽先生、この礼はあとで必ずさせてもらいますね」


「気にしないでください。暗いですからお気をつけて」


 挨拶をすると白根さんは自転車に乗って坂道を下っていった。


 じゃあ俺もスーパーに寄って半額弁当を……と思った所でいいことに気付いてしまった。


「新良の弁当は夜食えばいいんじゃないか? 空間魔法に入れとけば腐らないし。おお、素晴らしい思いつき」


 やはり今日食べた弁当の味が一週間で味わえなくなるのは惜しい。俺は坂道を下りながら、どうやって新良に引き続き弁当を作ってもらうかを算段し始めるのだった。




 翌日放課後、部活を一通り見つつ、『総合武術同好会』の組手の相手をしてやった。


 新良、青奥寺、そしてようやく参加する気になったらしい双党の3人が相手である。


 双党も新良には及ばないものの女子としては破格の格闘能力を持っていて、この武道場に地球最強クラスの女子が集まってるんじゃないかと錯覚する。まあ新良は地球人じゃないんだが。


「先生、今日は私の弁当を食べていなかったようですが?」


 汗を拭きながら、新良がいつもの光のない目を向けてくる。無表情なのも変わらないが、ちょっとだけ(とが)めるような目つきである。


「実は職員室で食べてると山城先生とかが気にしてくるんだよ。だから空間魔法に入れておいて夜食べることにした。弁当自体はメチャクチャ美味しいからありがたくいただいてるよ」


「気にするというのは、詮索されるということですか?」


「そう。一人暮らしだというのは言ってあるから言い訳するにもちょっとね」


「それなら恋人に作ってもらっていると言えばいいのでは?」


「ちょっ、璃々緒(りりお)大胆すぎないっ?」


 新良の爆弾発言に、双党が目を丸くして食いつく。


「大胆? 上手い言い訳だと思うけど」


「そうじゃなくて、それだと璃々緒が先生の恋人にしてくださいって言ってる感じになるからっ」


 双党に指摘されても新良はしばらく無表情のままだったが、なにかに思い至ったのか、急に顔を赤くして目を泳がせ始めた。


「もち、もちろんそんな意味ではあり、ありませんので勘違いはしないでください。ただ言い訳の例として挙げただけで……」


「あ~大丈夫、その辺は勘違いしないから安心してくれ。これでも慣れてるから」


「勘違いして失敗するのに慣れてるんですか……あぁ~、痛いですぅ~」


 古傷をえぐるツインテ小動物系女子のこめかみをぐりぐりしていると、もだえている双党を見て青奥寺が溜息をついた。


「先生すみません、かがりも悪気があったわけではないと思います」


「悪気があったら勇者式拷問やってるから」


「勇者式拷問って……勇者でも拷問したりするんですか?」


「美園そこは今どうでもよくない!? あっ、強くしないでください~」


「きれいごとだけじゃ勇者は務まらないんだ。やな話だけどな」


 と答えつつ離してやると、「あふぅ~」とか言って座り込む双党。


 それを見てちょっとだけ表情を緩めた青奥寺だったが、すぐに鋭い視線を俺に向けてくる。


「ところで璃々緒のお弁当は続けてもらうつもりなんですね」


「一週間は絶対続けるって言われてるからな」


「先生としては女子生徒にお弁当を作らせるのは平気なんですか?」


「平気じゃないから隠してるんだって。そこまで非常識じゃないから安心してくれ」


「先生分かってないですね。美園が言いたいのは、どうして自分にも頼まないのかってことで……ああ~ごめんなさい~」


 今度は青奥寺にぐりぐりされ始める小動物系少女。


 それを横目に、まだちょっと頬の赤い新良が真面目な顔になって俺に言う。


「ところで、夜食べるということなら先生のお部屋にお邪魔して作ることもできますが。その方が美味しいと思います」


「いやそれは美味しいだろうけど無理だから。俺一発でクビになるから」


「先生の部屋に直接転送で移動すれば誰にも知られることはありません」


「いやだから……っていうかそんなことできるの?」


「問題なく可能です」


「問題しかないからダメです」


 なんかどこまで本気なのか分からないな新良は。ただ横で殺人的な視線を送ってくる青奥寺はガチで本気っぽい。ヘタなこと言ったら目から冷凍ビームが出そう。


 その視線を避けるようにして俺は武道場の入り口に目を向けた。感知スキルが2人の来訪者を告げたからだ。


 扉を開けて入ってきたのは山城先生とその娘の清音ちゃんだった。


「相羽先生、ちょっと失礼していいかしら。この娘がどうしてもお礼を言いたいっていうので聞いてあげてもらえる?」


「あ、はい。今日は元気になったんだね、よかったね」


 俺が話しかけると、清音ちゃんはお辞儀をして、


「昨日はありがとうございました。昨日の熱もそうなんですけど、ちょっと前からお腹が痛かったのも治ったんです。きっと先生のおかげだと思います」


「そうなの? おまじないが効いたのならよかったけど、一度お医者さんに見てもらった方が……」


 俺が山城先生の方を見ると、山城先生はいつもの妖艶な笑みを漏らした。


「それは大丈夫よ。神経的なものらしくて、時間が経てば収まるって言われてたんだけれどちょっと長引いてたみたいで。でも相羽先生のおまじないのおかげで治ったって言ってるのよね。おまじないってなにをしたのかしら?」


「ああ、ちょっとした暗示というか、自分の家に伝わってる奴なんです。俺も親にしてもらって治ったことがあったので真似しただけです」


「ふぅん。でもそんなに効くのなら今度私にもやってもらおうかしら?」


「その時があればやりますよ」


 と上手く誤魔化しておいて、清音ちゃんに「お礼を言ってくれてありがとう」と言ってその場を流す。


「こちらこそ、母をよろしくお願いします」


 と再びお辞儀をする初等部女子の姿に、俺は自分の子供時代を思い出して悲しくなってしまった。どういう育て方をすればこんなパーフェクトな子どもになるのだろうか。


「ごめんなさいね部活で忙しいところを。皆もごめんなさいね」


 と新良たちにも気を使いつつ、山城先生は清音ちゃんを連れて去っていった。


 振り返る清音ちゃんに手を振っていると、後頭部に冷たいなにかが刺さってくる。


 振りむけばそこにはジト目で俺を睨む3人娘が。


「先生って本当に常識はあるんですよね?」


 う~ん、この娘たちは今のやり取りからなにを思ったのだろうか。確かに俺みたいのが小さい女の子に声をかけるだけで事案扱いされる世の中ではあるが……勇者なんだから子どもに優しいとか思ってくれてもいいよね。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 勇者の割にタラシじゃ無い。。足りない、魅力が足りない。。
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