37章 出張先、銀河連邦 08
『ウロボロス』の客間でだらっと過ごしていると、2時間はあっという間に経った。
青奥寺たちは、前に新良の実家がある惑星に行ったことなどをレアに話したりして過ごしたようだ。女子が4人いると話が止まらないようで、彼女たちは2時間ずっと楽しそうに話をしていた。
『艦長、そろそろラムダジャンプアウトしまっす。「統合指揮所」にお願いしまっす』
と『ウロボちゃん』から通信が入り、俺たちは『統合指揮所』へ向かった。
俺は艦長席に座り、青奥寺たちはそれぞれ空いている席に座る。
正面の大型モニターは現在タイマーの数字だけが大きく表示されている。ジャンプアウトまで5分ほどだ。
『「ウロボロス」、ラムダジャンプアウトしまっす。ジャンプアウト成功、座標確認。予定宙域への到着を確認しました~』
タイマー表示がゼロになり、『ウロボちゃん』が報告をすると、モニターに宇宙空間が表示されるようになる。
『ラムダ空間』なるところから通常空間に戻ったということだ。そしてこれは、確かに『ウロボちゃん』やイグナ嬢が進めている技術革新の一部が成功しているという証拠でもあった。
それを理解してか、新良が席から俺を見上げてくる。
「先生、本当にラムダ航行の高速化が成功しているようですね。もし議長と取引をするなら、この技術も強力なカードとなりそうです」
「そうだよなあ。あまりやりすぎるとちょっと後が怖いが」
と話していると、『ウロボちゃん』が俺のところにやってくる。
『艦長、周辺宙域の偵察を行いまっす。よろしいでしょうか~?』
「やってくれ」
『ではドローンを射出しまっす』
モニター上に『ウロボロス』の船体側面が映し出され、ハッチが3つ開いたかと思うと、そこから円筒形の機械が次々と飛び立っていった。どうやらそれが偵察用のドローンらしい。
その映像を食い入るように見ていた双党が、ふと気づいたように新良に話しかけた。
「ねえ璃々緒、『ウロボロス』って『銀河連邦』からすると正体不明の戦艦だよね?」
「そうなると思う」
「正体不明の戦艦がいきなりリゾート惑星の近くに現れて偵察とか始めて大丈夫? 海賊船とかの判定受けない?」
「もし探知されれば間違いなく怪しまれる。けど、いきなり攻撃されることはないから大丈夫」
「まあそうか~。でも見つかったら言い訳が大変だよね」
「向こうが指定してきた宙域だから、一般の航路からは外れているはず。探知される可能性は低いと思う」
などと話をしているところでピコーンという音がスピーカーから響いてきた。
モニターに『遭難信号受信』の文字。すぐに座標らしき数字がずらずらと表示される。
『艦長、銀河連邦標準遭難信号を受信しました~。大型の客船が海賊に襲われているようでっす』
「あ~、やっぱりなあ……」
と俺がボヤくと、耳聡くレアが聞き返してくる。
「アイバセンセイ、やっぱりというのはどういう意味でぇすか?」
「いや、俺って旅してるとこういうトラブルにはしょっちゅう出くわすんだよ。たぶん勇者の呪いだな」
「なるほどぉ、アイバセンセイはそうやって色々な人を助けてきたのでぇすね」
「助けたっていうか、助けざるを得なかったっていうか、そこは微妙なんだけどな。まあいいや、新良、こういう時は助けるのが普通なんだろ?」
「そうですね。もっとも、こんな狙ったような状況になることは稀ですが……」
「そこは勇者の業みたいなものだからな。ともかく助けにいく。『ウロボロス』、すぐに船を出してくれ」
『了解でっす。本艦はこれより海賊船に追跡されている客船の救助に向かいまっす』
『ウロボちゃん』が敬礼してクルーに指示を出す。
船内に微振動が走り、『ウロボロス』は通常空間航行を開始した。
と思ったらモニターにはすぐに現場の映像が映し出された。
白いなだらからな紡錘型の大型宇宙船が、5隻の、黒く武骨な、楔形の中型宇宙船に追われている。海賊船と思われるその黒い船にはいくつかのドーム状の砲塔が見えるので武装をした船のようだ。勇者の宇宙戦艦コレクションで言うとミッドガラン級駆逐艦とかいうのに近い。
「どうする? ビビらせて追い払えばいいか?」
「標準回線で呼びかければ、普通の海賊なら『ウロボロス』を見て逃げだすとは思います。ただあの海賊船は……」
と新良がモニターに映った5隻の武装船を睨む。
するとモニター上に新たな情報が表示された。『ウロボロス』が武装船をデータベースで照合して正体を確認したようだ。
そこには『A級海賊 ― ルベルナーザ一家』などと表示されている。
しかしA級海賊って……モンスターみたいな扱いだな。もしかして賞金首だったりするのだろうか。
「ルベルナーザ一家ってのは有名なのか?」
「ええ、非常に悪辣なことで有名な集団ですね。船ごと連れさって金品を奪うほか、人身売買などまで行う海賊です」
「じゃあ全滅させた方が世のためか」
「A級というのは見つけ次第撃沈していいという意味ですので。ただし練度は高いはずです」
「すごいな銀河連邦」
これだけ科学技術が進歩していても地球より荒っぽいところがあるのは面白い。
宇宙に進出するということは、そういった無法地帯が増えるということでもあるのだろう。
「まあ一応は呼びかけるか。『ウロボロス』、標準回線をひらいてくれ」
『了解でっす。標準回線オープン……つながりました~』
「邪魔ヲスルナラ殺スゾ!』
船内スピーカーからいきなり剣呑な宇宙語(?)が飛び込んできた。
随分と威勢がいいが、こちらが巨大戦艦だということがわかってないのかそれとも見境なく噛みつくタイプか。
「あ~こちら『ウロボロス』、そちらはルベルナーザとかいう奴らってことでいいのかな?」
『知ッテンナラサッサト消エナ! 銀河連邦ノ犬ガ!』
「了解、当方はそちらを敵とみなし攻撃する。『ウロボロス』、適当に兵装使って撃ち落としてくれ」
『了解でっす。ソリッドキャノン20門開放、発射しまっす』
なんか『ウロボちゃん』まで適当になってる気がするが、『ウロボロス』の上部甲板に100×4列でずらっと並ぶハッチのうち20門が開き、そこからミサイルみたいな『ソリッドキャノン』が飛び立っていく。
それらは5隻の武装船に見事命中すると思われたが、武装船は巨体に似合わぬ軽快な動きですべてを回避してのけた。なるほどさっきの態度にはキチンと裏付けがあったようだ。
「機動力に特化した船のようですね。なるほど、ルベルナーザ一家の強さはこれが理由ということですか」
新良が分析している間に武装船は方向転換して散開を始めた。
逃げるのかと思ったのだが、なんとすべての船がこちらに向かってくる。
『単独航行ノ「リードベルム級」ダト!? 最高ノ獲物ジャナイカ! ソノ船ハ俺タチガイタダク!』
5隻の武装船は巧妙な連携を見せながら、『ウロボロス』の周囲を旋回し始めた。確かにその動きは船というより戦闘機のそれに近い。
武装船の砲塔からバババッと連続で光が発せられる。どうやら攻撃を始めたようだ。レールガンやパルスラムダキャノンといった兵器だろう。しかしその攻撃は『ウロボロス』のシールドに完璧に弾かれる。
『艦長、現在稼働しているのは「魔力ドライバ機関」を使ったシールドでっす。ソリッドキャノンまでなら完璧に防御することが可能でっす』
「すごいね」
要するに魔力を使ったシールドということなのだろうが、それが本当なら通常の物理攻撃に対しては絶大な効果を持つはずだ。というかそんなものまで開発してるとか驚きなんですが。
『艦長、同じく新開発の「マギレーザー」を試していいでしょうか~?』
「よくわからないけどいいよ」
『了解でっす。「マギレーザー」スタンバイ~』
『ウロボロス』の船体上下左右に新設されたらしい円形のハッチが開き、そこからドーム状の砲塔がせり出してくる。さらにそのドームから砲身がニョキッと伸びると、双党とレアが興奮したように叫ぶ。
「うわ~! すごいカッコいいよ『ウロボちゃん』!」
「これはオトコゴコロをくすぐりまぁすね!」
「レアは女でしょ」
青奥寺の冷静な突っ込みをよそにモニター上では照準のようなマークが現れ、5隻の武装船すべてをロックオンした。
『「マギレーザー」発射~!』
『ウロボちゃん』の掛け声とともに、砲身から赤黒いレーザー光が伸びた。
そのレーザー光は5隻の武装船をあっさりと貫き、そしてスパッと両断した。本当に一瞬の早業で、数秒遅れて武装船は次々と爆発を起こして四散した。
双党が目をまん丸にしながら『ウロボちゃん』の方へ振り返った。
「えっなに今の!? レーザー光線で切ったの『ウロボちゃん』?」
『そうでっす。「マギレーザー」は「魔力ドライバ機関」を使った兵器なので、従来型のシールドではまったく防げないのでっす』
「それって……すっごく危険なものなんじゃない璃々緒?」
質問された当の新良は、目をつぶって額のあたりを手で押さえていた。
「宇宙船を輪切りにできるレーザー兵器なんて聞いたことがない。恐ろしい艦載兵器だと思う」
「だよね~。普通に『ウロボロス』一隻で銀河連邦の全軍相手に完勝しそう」
「それは会議の場で絶対言わないで」
うん、どうも新良的にかなり問題のある兵器だったようだ。
と、スピーカーからピコーンと音が流れてきた。
『艦長、客船から標準回線で通信が来てまっす。映像ありでつなげますがどうしましょうか~』
「音声だけで頼む」
『ウロボちゃん』に頼むと、落ち着いた男の声で通信音声が入ってくる。
『こちらアドマイヤ・クルーズ所属の1級客船トライセン、船長のバク・ラズト、貴艦の救援に感謝する。可能ならば貴艦の所属を明らかにされたし』
「あ~、こちら『ウロボロス』。極秘任務遂行中のため所属等は伝えられない。そちら航行に支障はないか?」
『極秘任務遂行中とのこと了解した。当方被害なく航行に支障なし。このまま惑星シラシェルへの航行を継続する。シラシェルの当局には貴艦のことはどう報告すればよいだろうか』
「艦名を伝えれば先方で理解すると思われる。貴艦の安全を祈る。……新良、このまま行かせていいのか?」
「救難信号を受けてすでにシラシェルから救援が向かっていると思います。彼らが護衛をするはずです」
「ならいいか」
通信が切れ、客船はそのまま飛び去っていった。
『ウロボロス』はもといた宙域まで戻っていく。
『客船トライセンは、シラシェル軍所属と思われる艦艇とランデブーしたようでっす』
『ウロボちゃん』の報告に一安心しつつ、アンドロイド少女が持ってきてくれたコーヒーを飲む。
しかしさっきの海賊、たぶん『フィーマクード』がいなくなって出てきたみたいな感じなんだろうな。ライドーバン局長もそれっぽいことを言ってたし、そうすると会談の場でなんか言われたりするのだろうか。
勇者の業の深さはもう慣れたものだが、行く先々でなにか起こるのは本当に迷惑だよなあ。