5章 謎の初等部女子 01
「うまいなコレ……」
俺が今職員室の自分の机で食べているのは、新良の手作りらしい弁当だ。
朝起きたらアパートのテーブルの上にあってメチャクチャビックリしたんだが、直後に新良から「お礼のお弁当です」という言葉が足りなすぎるメッセージがスマホに送られてきた。
もちろん断ろうとしたのだが、「一週間は続けます」と聞く耳を持たないので、とりあえずバレないように気を付けるということで了承した。
それはまあいいのだが、いつも食べているコンビニ弁当と比べて格段に美味く、ヘタするとずっと続けて欲しくなってしまうレベルである。
いやさすがに「ずっと俺の弁当を作ってくれ」とかあまりに危険すぎて口にできるセリフではないが。
「あら相羽先生、手作りのお弁当なんて珍しいわねえ」
背後からの艶っぽい声は学年副主任の山城先生だ。後ろを振り向くと顔が近くてビクッとなってしまった。美人なのにちょっと防御力が低いんだよな山城先生。攻撃力も高いんだが。
「え、ええ、いつもコンビニ弁当だと味気なくて……。身体にも悪いと思いますし」
「そうね。野菜が少ないし塩分が多かったりするから、毎日はやめた方がいいわよね」
「山城先生もいつもお弁当ですね」
「ええ、前の夜の残り物ばかりだけどね。女2人だからおかずがあまるのよね」
どうも山城先生は娘さんと2人暮らしをしているらしい。旦那さんは今はいらっしゃらないらしいのだが、理由は不明である。というかそんなこと聞くこともできないが。
「でもそのお弁当随分と手が込んでない? 先生はお料理上手なの?」
「得意というほどではありませんが、一人暮らしが長かったものですから……」
実際にはカレーぐらいしかマトモにつくれないけど。あ、モンスター肉の串焼きは得意かもしれない。
しかし女性にかかると手作り弁当の不自然さはバレてしまうものなのか。やはり一週間でやめないと危険だな。
などとちょっと悲しく思っていると、職員室の扉が開いて生徒が入ってきた。
いや、生徒ではなくて児童、か? 初等部の女の子だ。黒髪をおさげにした可愛らしい女の子なんだが、なんとなく誰かに似ている気がする。
「失礼します」
「あら清音、どうしたの?」
なるほど山城先生の娘さんだったのか。どうりで初等部なのに謎の色気が……いやなんでもない。
「お母さん、わたしちょっと熱がでちゃったみたい。先生が早退しなさいって……」
「まあ、それじゃ家に帰らないといけないわね。でもこの後授業があるし、一時間くらい横になって待っててもらおうかしら」
「山城先生、俺次空いてますから自習させときますよ。4組ですよね」
娘さん……清音ちゃんはよく見ると顔色がかなり悪い。早く帰って寝かせてやった方がよさそうだ。
「相羽先生、それじゃお願いできる? あ、この単語の小テストはやってもらっていいかしら?」
「分かりました、やっておきます」
山城先生は「助かるわ」と過剰な色気付きの微笑みを残して教頭へ早退の申請をしにいった。残された清音ちゃんがペコッと頭を下げて「すみません」と言う。さすが山城先生の娘さんだ。
近くにあった丸椅子を引っ張ってきて清音ちゃんを座らせてやる。
「ありがとうございます。あの、先生が相羽先生……ですか?」
「ん? そうだけど、どうして知ってるの?」
「母がときどき先生のことをお話するので。若いけどしっかりした先生だって」
「あはは、それは嬉しいね」
「生徒とも距離を取ってるって褒めてました」
それ多分教員としては褒められてるけど、本人的には生徒に異性として見られてないみたいな意味もありそうで微妙なんだよなあ。まあいいんだけどね、その方が。
ともあれしっかりした対応ができる娘さんだなと感心してしまうが、やはりちょっと気分が悪そうだ。いい娘だから楽にしてあげよう。
「清音ちゃんだっけ、ちょっとだけ楽になるおまじないをしてあげるよ」
「え……?」
顔の前に手のひらをかざして癒しの魔力を浴びせる……と、清音ちゃんの顔色が少し良くなったようだ。
「あれ……? 頭痛いのがなくなった気がします」
「でも治ったわけじゃないから家でしっかり休んでね」
「はい、ありがとう……ございます?」
清音ちゃんが首をかしげていると、山城先生が戻ってきて帰り支度を始めた。
「あ、相羽先生すみません椅子を出してもらって。じゃあ清音帰りましょう。お昼は食べたの?」
「うん、少し。でももう少し食べられそう」
「そう、帰ってなにか作ってあげるわね。それじゃ相羽先生、申し訳ないけど次の時間お願いしますね」
「はい、大丈夫です」
俺が答えると山城先生はニコッと笑ってから、清音ちゃんを連れて職員室を出て行った。
去り際に清音ちゃんが「セイジョ先輩みたい」と言っていたが……「セイジョ」ってなんだ?
勇者的には「聖女」かと思ってしまうが、そんな生徒がいるはずないか。いないよな?
自習監督として俺が2年4組に行くと、生徒たちはちょっとだけ「えっ!?」みたいな反応をした。このクラスは担当してないので当然ではあるが、自習だと瞬時に察知して単語帳とかを取り出す女子がいるのがちょっと怖い。
「山城先生が急用でこの時間は自習になります。単語テストはやりますので筆記用具以外はしまってください」
と通り一遍の話をして単語テストをやり、残りは自習にする。どうせ放っておいてもしゃべったりする生徒はほとんどいないが、一応教卓に椅子を持ってきて監督はする。
さて問題は、このクラスが山城先生担任のクラスということで金髪縦ロールのお嬢様がいらっしゃることだ。
そのお嬢様……九神世海は廊下側の後ろの方に座っていて、時々俺の方に視線を送ってくる。俺に関しては身辺調査くらいはしてるだろうし、こういう時に観察するのも分からなくはない。
分からなくはないのだが、わざわざ俺のところに来て、
「先生、古文の質問をしてもよろしいですか?」
と言ってくるのはなかなかに度胸があると思う。
まあ本当に質問したいだけなのかもしれないが、彼女が聞いてきたのは今授業でやっている範囲ではないので俺を試そうとしてる感じもある。
「これはちょっと長くなるから廊下で話そうか」
自習している空間なのでさすがに小声でも話すのはためらわれた。廊下に出てロッカーの上で教科書などを開いて九神の質問に答える。
ちなみにかなり高度な質問だったが、着任して早々自分の教科力に危機感を持ち、勇者スキルを全開にしてあらゆる参考書を暗記しまくった俺に死角はない。
「ありがとうございます、よく分かりました。先生は文法のテキストを全部暗記しているのですか?」
「だいたいはね。しかし九神さんもよく難しいところに気づくね」
「古文が好きなんですの。実家には古い書物も多くありますので。ところで先生は古い書物などはそのまま読めたりはできますか?」
「あ~、書体によるけど……いや、多分読めるかな」
国語の能力とは関係なく『全言語理解』スキルのおかげで、だけど。
「もしよろしければ一度私の家へ来ていただくことはできませんか? 読むのに苦労をしている書物がございますの。もちろんお礼はいたしますわ」
いきなりな提案だが、恐らくは俺を探りたいということなんだろう。とはいえ書物があるというのも嘘というわけではなさそうだ。これでも一応は国語教師を目指した身だから、読める能力がある今、人の目に触れたことのない書物というのに興味もなくはない。
「日時を指定してもらって、その日に急用が入らなければお邪魔するよ」
「ふふ、急用ですか……多分起きる可能性は低いと思いますわ。では後日正式にお話をさせていただきます」
あれから『深淵獣』も『深淵窟』も、一度も出現していない。彼女が何か手を打ったのは確かだろう。
ただ九神のお嬢様も、俺が言う『急用』の中に『宇宙人の攻撃』とかが入っているのまでは気づかないだろうなあ。